29―マシュマロ
…はい。まあそんな題名
「……あ、綾人…こいつ誰?」
「ちょっ…ヒデくん失礼だよ!」
状況について行けない秀久はとりあえず今綾人にぷんすか怒っている女子生徒が誰かを尋ねると綾人はしばらく間を置いてから口を動かす。
「………火織ななか。最近転校して来た俺の幼なじみだ」
「……え。こいつがか?」
「ああ」
ちらりとななかに視線を移すとこちらに気づいたのかスカートの端をつまみ淡々と頭を下げた。
「初めまして。火織ななかです。…神薙さんと仲良くしていただきありがとうございます」
「い、いえ!そんな…頭を下げなくても…」
「お気持ちですから」
「で、でも…スカートの端なんて持ったたら…その」
「問題でも?」
恥じらいという心を彼女にはあるのだろうか?秀久は必死に説明しているつぐみに苦笑しながら綾人へと視線を向けずに話しかけた。
「まさか、お前に幼なじみがいるなんてな…」
「まあかなり昔の付き合いだけどな。…龍星やお前のような関係じゃないさ」
「…ん?龍星さんは確かに芹香さんと付き合っているから分かるけど…なんで俺も?」
「相変わらず無自覚だな」
「は?」
こてんと首を傾げる秀久に綾人と龍星は苦い笑みを浮かべつつ呆れた表情で女性陣を眺める。
『………(ななかちゃん可愛いね♪綾人君とはどういう関係?)』
『へう!?…い、いえ…ただの幼なじみですよ!』
『でも綾人君のこと…好きなんだよね?』
『雨宮さんまで!?…違います!…私は幼なじみとして彼が心配で……だから今回もペアを組んだだけですよぉ……。』
向こうでは顔面真っ赤な、ななかが二人の質問に悶えているが、当然綾人達に聞こえてはいない。
つぐみは困ったように笑うななかを見つめると自然と口の端が上がる。
(…そっか…。似てるんだ…あたしと火織さん)
同じ身長…いや、ななかの方が少し低いが彼女も自分と同じで恋をしている。そう考えると彼女を無性に応援したくなり、気づけば彼女の手を握っていた。
「雨宮さん?」
「つぐみでいいよななかちゃん。改めて…ううんこれから…よろしくね!」
「……はい!よろしくお願いしますねつぐみちゃん!」
「うん!」
「………(私もよろしくね♪ななかちゃん)」
「よろしくお願いします!芹香ちゃん!」
さっきまで新鮮だった雰囲気はいつものように和やかで平和なものへと変わっていく。ちらりとその様子を眺めていた秀久は静かに微笑し、ぐっと伸びをした。
「んじゃ…鬼ごっこ再開と行きますか」
「ゆっくりしている暇は無さそうだしな」
「「え?」」
つぐみとななかが振り返った先には怒号を撒き散らしながら向かって来る鬼達もとい男子生徒が数十名。龍星の拳で沈まらなかったのだから取る手段は一つ。
「逃げるぞ!」
「「きゃああああ!?」
「…(~♪)」
秀久の号令と共に男子陣は各ペアを姫抱きしその場から全力で逃げ出した。つぐみとななかは突然のことに叫んでいるが、芹香だけは楽しんでいるのか龍星の胸元で喉を鳴らす。
『『羨ま……くたばれえええ!!』』
『生きて逃がすかああ!』
『雨宮さーん!』
「ひう!?…ひ、ヒデくん。凄く寒気がする…」
「耳塞いでろ!……俺まで鳥肌が…」
人数を拡散するためにバラバラ行動を取った六人は離れ離れになり、秀久はつぐみを落とさないように膝の裏をしっかりと支えつつ、体を身震いさせる。
「てか…やけにこっちが多い気が…」
「ヒデくん!前前!」
「前?前がどうし…ふぐっ!?」
秀久の顔←in大量のマシュマロ
「……こ…の…ふぐ…」
「わわっ!口の中に大量のマシュマロが!」
「う…」
突然目の前から波のように転がってきたマシュマロ。幸いにもつぐみは無傷だったが、鬼を流して行った大量のマシュマロの一部は踏ん張って立っている秀久の口の中へとこれでもかという位まで流れ込む。当然ではあるが苦しいだろう。
「………ごっ!げほ…!」
「な、なんでマシュマロが流れて来たんだろう?」
「……生徒会の…野郎…げほげほ!!」
「大丈夫?」
「………うー気持ち悪い」
背中をさすってもらいながらも秀久は大量のマシュマロを胃の中に押し込んだためか顔を真っ青にしつつ下を向きながら唸る。
つぐみは心配そうに覗き込み顔をしかめた。
「ふーー。サンキューつぐ…っだあ!?」
「いきなり何するの!」
深く息を吐き出し楽になったのか彼の表情はいつも通り静かになるが、一瞬赤い瞳がキラリと光った。
が、つぐみはピコピコハンマーで彼が抱きつくのを阻止すると頬が朱に染まる。叩かれた箇所を押さえながら秀久は涙目でつぐみを軽く睨みつける。
「…いてて…叩くことはねぇだろ!」
「ヒデくんが抱きつこうとするからだよ!」
「お前が可愛いからだ!そんなことも分からねえのか?」
「……ふえ?」
「……あ」
荒げてまで言った意味を理解するのに時間はかからなかった。先に頬を染めたのはやはり最初に気づいたつぐみであり、目もとが熱くなり思わず下を向く。
一方、無自覚な秀久でも流石に彼女の反応と自分の言葉で何を意味しているかを察し目を見開いた。
「…い、いや…別にやましい気持ちとかじゃなくて…」
「…うん。…分かってるよ…で…でも……ありがとう…」
「……あ、ああ」
見ていてむず痒いような空間の中で二人は照れるように笑いつつ耳を赤く染める。
と、ちりんと鈴が揺れ、つぐみが彼の胸元に顔を埋めた。精一杯爪先立ちをしているのが分かるくらいプルプルと震えていた。
「つぐみ…」
「…ちょっとだけ…このまま」
「仕方ないな…。(ほんとっ…可愛いよなぁ。…お前が彼女だったらどんなに幸せなことか)」
――有り得るわけが無いことだ。
秀久は一度苦笑すると幼なじみを抱き寄せた。