22―謝罪
学園へ続く道を走る影が二つ。
その影は周りを歩いている生徒達を釘付けにしている。…良い意味ではない。寧ろ、哀れみや嫉妬のようなギトギトした視線がぶつけられるのだ。
無論、二人ではない。その二人のうち男子のみが軽く身震いをする。
一般の生徒よりも低い身長を持つ女子は男子の前を早い足取りで歩いていた。
「…ご、ごめんてばつぐみ」
「…ふん!」
制服で隠しきれていない場所、顔や首などを包帯や湿布が施され、いかにも怪我人を思わせるほどボロボロな『吉沢秀久』はそっぽを向きさっさと歩く幼なじみに必死に謝りながら歩いていた。
「まさか着替えてるとは思わなくて…」
「だからと言って…普通は入らないよね?」
「…はい…」
彼女が怒る原因はただ一つ。勝手に入った挙げ句、着替えを見られてしまったことだ。
同じことをしてしまった自分が言えることではないが、秀久が起きないのが悪いため、つぐみの場合はある意味仕方がない。
「はあ…普通なら許さないけど…朝たっぷりとお説教したし、何よりあたしだって悪いんだし…。ちゃんと来るからヒデくんは家で待っててね?」
「わ、わかった。……次からは気をつけるよ」
「うん。…じゃあこの話はもう終わりだよ?」
「はい…」
ロックを忘れていたことも原因の一つである。つぐみは決まり事を決め、秀久が反省したのを確認し、これ以上責めるのをやめた。
「…あと、髪を解いてくれてありがとう」
「いや…まあこのくらいはさせてくれ」
「……そうだね♪」
ちりんとカチューシャに付けられている鈴が鳴り、満足げに頬を赤らめた。
秀久によって整った髪は癖毛が無く、つぐみが願っていたサラッとした艶のある茶髪へと変身を遂げている。
お尻まで伸びた髪は歩くたびにゆらゆらと揺れ、道を歩いている生徒達の目を奪う。
「なんだかちょっと…お洒落した気分かな」
「俗に言う、イメチェンってやつだろうな。つぐみ…俺は好きだぞ?」
「ふえ!?…ひ、ヒデくん!?い…いいいい、いきなり何言ってるの!?」 告白なのか?だが唐突過ぎて心の準備も出来てない状態だ。
つぐみのあたふたと手を振り、顔がピンク色に近い赤に染まっていく。
「…ん?いきなりって……。まあ…そうだよな」
「っ!」
「――けどさ、下ろした姿すげぇ似合ってるよ」
「え…。髪のことだったんだ」
さっきまで一気に上昇していた体温と熱はあっという間に冷めていき、同時に何かに期待していた自分に恥ずかしさを覚え、静かにため息を吐いた。
「どうしたつぐみ?」
「ううん。ありがとう…」
「?…おう」
首を傾げながら返事を返し、ペースを上げ、つぐみの隣を歩く。
つぐみは特にペースを上げることもなかったが落ち込んではいた。そんな彼女の表情を眺めつつ秀久は話題の切り替えに入る。
「そういや今日の学園祭…何だろな?…もう去年みたいなイベントはやめてほしいよ」
「あはは…そういえばヒデくん悲惨だったよね」
「ああ…。…まさか後輩からも追い掛けられるなんて…」
「仕方ないよ。イベントが『借り物競争鬼ごっこ』っていう変わった内容だったから」
「…借り物は逃げなきゃ駄目って…あれは地獄すぎるぞ…!」
つぐみを明るくしようと話題を変えたのはいいもののトラウマが蘇り、逆に秀久が落ち込むように俯いてしまった。
つぐみは軽く苦笑すると横へと近づき距離を埋め、秀久の腕に軽くぶつかっていく。
「!…つぐみ?」
「怪我には気をつけてね?」
「~っ!!」
身長の差からどうしても上目遣いになってしまう彼女である。しかも若干瞳が潤んでいるため秀久の限界値が一気に突き破られてしまうのはもうお約束でもある。
「ごめん……限界かも」
「みゅ?」
きょとんと小首を傾げるつぐみの仕草が彼にスイッチを入れ、秀久は気づかれるより早くつぐみを自分の腕の中に収めた。
「?…みゅーー!?」
「つぐみっ!!」
「ひ、ひひひひヒデくん!?」
「みゅーって可愛すぎるだろ!」
「ふえ!?…ひ、ヒデくん!此処通学路だよ!?」
「可愛すぎるつぐみが悪い!」
茹で蛸よりも赤く頭からは湯気が吹き出す。しかし秀久は離すことはせず、抱きしめる手に力を加えていく。
「…も、もしかしてヒデくん壊れちゃった!?」
「そうだとすればつぐみが悪いな」
「恥ずかしいから下ろしてよ!」
「俺だって恥ずかしいよ!」
「ふえええ!?」
何を言っても秀久は聞く耳を持たないどころかつぐみを責める。
周りからの視線を感じたくないのかつぐみは恥ずかしさを忘れ秀久の胸に顔を隠すようにうずめた。
「つぐみ?」
「…学園まで走って!ダッシュッ!!」
「え、ああ…」
叫ぶようにつぐみは命令し、秀久はいきなり過ぎたのか言われるがまま走り出す。
「……嫌がらねえのか?」
「……」
「つぐみ?」
「…すぅ…」
寝ている…。
きっと慣れないことが急過ぎて…周りの視線が多すぎて疲れてたのだろう。
姫抱きをしたまま、秀久は正気に返っていた。だが、離すことはせず、眠っている彼女と共に学園まで走り抜けて行く。
ふとおり、彼女の桜色の唇に視線が行き、慌てて逸らしたが。