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20―約束の印

 学園祭だったはずの今日は誘拐事件及び、川口を捕まえ明日へと変更された。

 誘拐とあれば呑気に学園祭などしている場合でもないしましてや生徒誘拐に動かないほど、王立学園はおかしくはない。

 余根倉の事件に関しては場所がオンラインだったため秀久は軽い処罰で済んだ。

 いくら余根倉が悪いとはいえ秀久は殺人と似たようなことを行っているのだ。オンライン支援部というものや王立学園が優しくなければ彼はとっくの昔に退学処分となっている。

 ただし、オンラインの内容を知っているのは学園長と校長、そして顧問だけだ。故に処罰を下すのは彼らであり、ある意味秀久は優遇されていた。 ということで今日は何も無く終わり、一麻と深紅は秀久とつぐみを除くオンライン支援部メンバーと共に帰路に着いていた。

「全く。秀久の奴、考えて行動してほしいよ」

「ふふ。そうは言っても本当は心配やったんやろカズ?」

「……よしてくれ。考えるだけで気持ち悪い」

「「ははっ!」」

 皆が笑う中龍星と芹香は腕を組みながら夕日に染まる王立学園を見つめていた。

「………(ねえりゅうくん)」

「ああ。少しは前進できてると幸いだが」

「………(つぐちゃんのためにも…秀久くんのためにも…だね)」

「おう。……(ん?だが…なんか嫌な予感がするのは…何故だ?)」

 見守るように見つめていたが、何故だが軽い寒気を感じ苦笑いへと変わる。

 …願わくば問題がないことを祈りたい。龍星は芹香を肩に寄せると皆の方へと歩き出す。

「ま。何にせよ男を見せろよ秀久」

「………(行こっりゅうくん)」

「そうだな」

 踵を返し、王立学園を後にするメンバー達に夕日が照らし、大きな影を作った。




「……つうう…!…流石に今回は…痛いな」

 学園の屋上、吹き渡る風を感じつつ秀久は痛みに顔をしかめた。

 王立学園の医療は凄いもので、潰れた臓器や折れた骨を完全ではないが、治してしまったのだ。  勿論、すぐにはよくならないのでしばらくは安静が必要らしく、あちこち包帯まみれの自分に軽く失笑した。

「…さて、どう言おうか」

 この姿を見れば彼女は間違いなく激怒する。だが、今の秀久にとってそれは嬉しいことでもあり、悩みを抱えた表情は何処かに消えていた。

「にしても…深紅の奴…いつの間に動いてたんだ。しかも…クラスメイトを連れて…」

 彼女にはまだ不思議な面が多い。秀久はそういうことも知り、受け入れたいと考えるがすぐさま顔を横に振る。

 深く関わった時、その人の本当の思いを知る。

 その時絆というものは壊れやすいことを彼は忘れていない。

「だけどさ…じゃなきゃ…救えないんだよ。…そうだろ?理奈」

 フェンスに寄りかかり軽く呟く。

 一度軽く笑い、秀久はクラスメイトが謝ってきたのを思い出しながら赤い夕日の空を見上げる。


「ヒデく…ん」


 屋上の扉が開かれ、愛しげな彼女の声が響く。

 秀久はフェンスからゆっくりと立ち上がると彼女へと振り向いた。

 ――そして、硬直した。


「つぐみ?」

「うん……」

「…………」

 言葉を失った。いや、出ないのだ。

 彼女の姿は夕日が照らしキラキラと輝いているようにも見えた。思わず問いかけ、返ってきた笑みはいつもより、とても綺麗で華やかだ。

 ゆっくりと開かれた緑色の瞳と視線がぶつかり思わずふいっと逸らす。

「は、話しってなんだ?…いっ…!!」

「駄目だよ!あたしがそっちに行くから」

「ーーっ」

 胸を押さえつつ、彼女がこちらへ向かうのを見る。

 一本一本が綺麗に櫛でとかれている茶糸がゆらゆらと揺れ、夕日に反射していた。

 ドクッと秀久の心臓が跳ね上がり、頬が朱に染まっていく。

「(……つぐみってこんなに…綺麗だったんだ)」

「ヒデくん」

「!!…」

 気づけば距離は靴一足分も無い。心臓の激しさが増し、秀久は思わず彼女へと手を伸ばす。

「みゅ?」

「………」

「ひ、ヒデくん?」

 一本一本がさらりとして、そして気持ち良い。

 つぐみは首をこてんと傾げるがその顔は若干赤かったりもする。

「……くせ毛直したんだな」

「へ?…う、うん。…芹香ちゃんに…ね」

「…そうか。…なんつーか…すげえ似合ってるな」

「……ひへ?」

 思わずおかしな言葉が口から出たがそれを気づかないくらいつぐみの頬が真っ赤に染まっていく。

 初めて…初めてそんな言葉を彼から聞いた。つぐみの中に温かい何かがゆっくり広がっていく。

(だけど…その笑顔は反則だよぉ)

「つぐみ」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「怒ってくれて…ありがとな」

「え…?」

 秀久は笑みを浮かべたまま、はっきりと彼女へそう伝えた。

「…危うく大事なことを忘れる所だった」

「ううん!あたしも喧嘩して初めて分かった。…あたしとヒデくんに何が足りなかったのか…」

「……足りなかった?」

「うん。あたしは…何処かでヒデくんを信じていなかった」

「……」

「いつも無茶するヒデくんを…ずっと疑ってた。……だから…あんな酷いこと」

「言うな」

「え…」

「それ以上言えば泣くだろお前?…なら言うな」

「でも……っ!」

 どうか自分を咎めないでほしい。秀久には十分に伝わっていたのだ。

 自分も似たようなことを考えていた。そして、そこで行き詰まっていたのだ。

 だから――


「……え…?…」

「お前が無茶する俺をいつも止めてくれる。…だから俺は今を生きれるんだ」


 ローファーがコツコツッと二度と速く地面に響き、気づけば、背中に腕を回され彼の優しい匂いが鼻を伝わって感じる。

 彼女の心臓の高鳴りが強くなり、追い討ちをかけるように、耳元でそっとそう呟かれ、つぐみは首から頭までが赤を通り越してピンクにまで染まり、頭から煙が立ち上げる。

「…し、信じたい…あたしヒデくんを…」

「俺もな…。…だから…さ。…」

「え?…わ…」

 秀久はつぐみを離し、手早く彼女の頭に何かをすっと差した。

 突然のことに困惑の顔を浮かべ、そっと頭にある“何か”に触れた。

「え…これって…」

「新しい約束。………ごめんな。ちょっと色々あって…リボンが破れたんだ」

「…っ」

「だから…クラスメイトに手芸が出来る奴がいたから…教えてもらって…速攻で作ってみた。…色とかオレンジで悪いかもしれないけど……」

 必死に説明する秀久を見つめつつ、再び“赤色のカチューシャ”へと触れる。左にはオレンジ色のリボンと前と変わらない鈴が付いていた。

「…そんな体で…作ったの?」

「え?ああ、…そうでもしなきゃ…無理だって思ってたんだ。……もうポニーテールが出来ないかもしれないけど…」

「…………」

「…ごめんなさい!」

「……ヒデくん」

 頭を下げていると、静かに名前が呼ばれ、硬直したように体がギシリと起き上がった。

 勝手なことをしすぎたのか…。


「また無茶して…。罰として、来週の土曜日映画館ですからね!」

「……え…」

「…た…たまには…生徒らしく…楽しまなきゃ。…それに、学校以外で…会うことって殆どないから…その……」

「つぐみ?…何言ってるんだよ」

 彼女が何を言っているのか理解できていないのか秀久は困惑していた。

 真っ赤に染めぶつぶつと言っていたつぐみだが、鈍感な彼に呆れたようなため息を吐くと、一気に距離を縮め……。


「…じゃあ…あたしからも…約束の印…」

「え――――――」


 ゆっくりと彼から離れ、つぐみは恥ずかしそうに笑い、屋上の扉へと向かって行く。

 秀久は唇に触れたまま再び硬直し、そんな彼にくすりと笑う。


 ――ありがとうヒデくん。

 …リボンをずっと手放さないで……あたしを信じてくれてたんだよね。


 静かに言い残し屋上から消える。きっと伝わっていないだろう…。

 だけどそれで良い。

 彼がくれた約束の印がある限りきっと自分達はいつまでも一緒だから。

 …帰路の途中、清らかな鈴の音が響き渡たり、二羽の鳥が羽を広げ飛び立った。


『君。おい!君!』

『………』

『参ったな…もう閉めなきゃいけないのに…唇触れたまま固まってるよ…』


 今夜は星が綺麗に輝いていた。

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