19―決着と黒幕
「か…ぐ…」
こみ上げてくる苦味に耐えながらマントを翻し立ち上がる。
何が起きているのだろうか?倒したはずの余根倉は黒い巨人となって暴れ出し…先ほどまであったHPは消え、MPだけが表示されている。
(…これは…ゲームの仕業なのか…?)
ブラックゲームはHPが0になった者をあんな姿に変えるのか?秀久は舌打ちをしながら魔法陣を出現させ、双長剣『シンリュウ』を取り出す。
「…マジックポイントがなくなったらほぼ勝ち目はなくなるか。なら、その前に倒さねえと」
ちらりと兎耳にドレスのノーマルアバター姿のつぐみを見つめ、体に気合いを入れ直す。
『ツブレロオオ!』
「…はっ!…逆に食らえ!」
巨大な足から繰り出される踏みつけ避け、素早くシンリュウで足のくるぶしを斬りつける。
巨大は痛みに悲鳴を上げつつも拳を振り下ろす。
「…ぐっ……うぅう」
『フンッ!』
「がっ…!うぐぁ…」
シンリュウをクロス状にし拳を受け止めるが巨大は桁外れの力で秀久ごと地面に叩きつけ、拳を上げると潰され、地面にめり込んでいる赤い魔法使いが居た。
「ヒデくん…!!」
「つぁ…っくそ」
つぐみの悲鳴と同時にぐらりと立ち上がりシンリュウを構えなおす。
「…はぁはあ…」
「ヒデくん…」
強い…。今までゲームで戦ってきたボス達はこんなに大きくはないし攻撃パターンも大体読み取れていた。
しかし、今回の巨大は憎しみだけで動いているため動きも読めない。そして一番厄介なのはあの並外れた力だ。
後二、三発でも受ければ体中の骨や臓器が危ないだろう。
「でやぁあ!」
考えていても仕方がない。攻撃をしなければ始まらないのだ。
秀久は傷ついた体に無理力を込め、地面を蹴って向かっていく。
『ごがあああ!』
「ふっ…!…おらぁ!」
『オオオオ!』
巨大の拳を足を上手く使い弾き、すかさずシンリュウを腕へ斬りつけ、もう片方で頸動脈を斬ると黒い血が飛び散る。
「…やっぱ巨大でも人間と似ている…。だとすれば頸動脈か心臓、脳を狙えば…倒せる!」
後ろへと跳ね上がるように飛び、距離を取る。
500だったマジックポイントは減少し、魔法陣が出現する。
「はあああ!」
『ガアアアア!』
「…ドラゴンブレス!」
『ごがあ!』
460(減少40)
巨大の拳をギリギリ避け、赤いバイザーの下に隠された黄色い瞳が光る。秀久の体の鎧が龍の頭部へと変わり、広範囲に渡る炎を吐き出し巨大の顔面へと直撃し燃え上がる。
魔法技の一つ『ドラゴンブレス』は鍵山の事件でレベルが上がったため習得したのだ。
「はあはあ…。少しは顔面が焼けて不細工面が良くなったろ!」
魔法の発動を終え、龍は再び鎧へと戻る。秀久はシンリュウの片方を地面に突き刺し巨大へと向かっていく。
「一本だけにして…心臓か脳を確実に狙う!」
『ガァアア!』
「っ!…あぶねえ」
後ろへと回り込み、首を狙うが巨大の裏拳が邪魔をし、シンリュウで防ぎつつ火花が飛ぶ。
「ちっ。…厄介だな」
『キエロ!』
「どわっ…ぐ…」
地面に着地する間にも巨大の拳は秀久を狙い、それをよけるが落ちるような形で地面に叩きつけられる。
「…がふ…。くそ。やっぱあのパワーがな…。龍星さん…のような物理系専門属性な…ら簡単なんだけど…俺は火属性だしな…あ……がっ!?な…に!?」
『ツブレロオオツブレロオオツブレロオオツブレロオオツブレロオオツブレロオオツブレロオオオオオオ!』
「がはっ!」
速い……。いつの間に…拳を振り下ろしたんだ。
防ぐ間もなく巨大の拳ラッシュの餌食になり、とこどころで嫌な音が響き、全身に激しい痛みが襲う。
「ぐ…ぁあああ!」
「…そんな…ヒデくうううん!!」
「つぐ……み。ぐはっ!」
力が抜けていくのがわかり、秀久は潰されながらも弱々しく右手を今にも泣きそうなつぐみへ伸ばす。
だがその距離は遠く、拳の圧力により、一撃で地面へとめり込み力無く落ちていく。
『シネエエエ!』
「…………か!!?」
グチャリ。
聞くだけで吐き気がこみ上げてきそうな音が地面から聞こえる。
次第に辺りが真っ赤な血で染まっていき、つぐみは顔を蒼白の色を浮かべた。
「…ヒデ…く…。いや…いやあああああああああああああああああ!?」
「………」
絶望の色の表情と瞳を潤わせ、つぐみはかん高い悲鳴を上げる。
しかしその叫びは悲しみは彼に届くことはなくただダランと潰されるたびに力なく揺れる腕だけだしか見えない。
「…ヒデくん…ヒデくん…ヒデくん!」
「…………」
「何か言ってよ!」
「……………」
「……うっ…ひうっ」
「…………」
何も出来ない無力さと恐怖から瞳に溜まっていた冷たい水が頬を通過し、地面へと落ちていく。
…………………死んだ?そんなはずがない。泣いてたら駄目だと自分に言い聞かせ、つぐみは涙を拭い、唇を結ぶ。
「…帰って来るんでしょ?…あたしが居るから帰って来るって…言ったじゃん…」
「………」
「…お願い……返事をして…ヒデくん…」
……………
……………何かが見える…。
………大切な…何かが…見える…。
“――関係ないよ。だって…あたしは
……そうだ!…秀久君のことヒデくんって呼んでいいかな?
…あっ…別にその特別な意味じゃ…。ううん…なんでもないよ♪”
「うぉお…お」
『!?』
「うぉおぉおお!」
『ガッ!?』
「うぉおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおおぉおお!!!!だぁああああああああっ!」
『グガアアアアアアアア!??ガハッ!』
巨人の拳は徐々に持ち上げられ、気合いと叫びの声と共に秀久は拳ごと巨人を投げ飛ばす。
壁を巻き添えにし、地面に叩きつけられたことで地震のように大きく揺れ、その勢いで体育館が一気に崩壊していく。 天井はおろか屋根ごと壊れ、静かに光が差していた。
「はあ…はあ…はあはあ…」
「ヒデくん…!!」
「…今度こそ終わりだ」
マジックポイントゲージから一気に数値が減り、秀久はマントを翻し後ろへと下がる。
魔法が発動し、秀久の右足に強力な魔力と炎が蓄積されていく。
「はあああああ!!はっ!」
ギリギリまで力を溜め、一気に解き放つように走り出す。
側転や月面返りを加え、地面に足がつくたび炎の勢いは上がっていく。
背中から後ろへと空高く飛び上がり、体を捻り飛び蹴りの構えを取る。
「でやぁあああああああああ!」
空から急降下して行き、速度が上がり体中が赤い炎に包まれ隕石のごとく巨人へと突っ込んでいく。
巨人は逆に潰そうと拳を出すが赤い炎が腕を溶かし始め、思わず引っ込める。
それを見た秀久は一気に臓器へと向かい右足が巨人を貫き、心臓を燃やし尽くしていく。
『が…がああああ!?』
「はっ…はっ…」
360(減少100)
地面へと着地すると同時に残りのマジックポイントが表示される。
胸を押さえつつ、ゆっくりと振り返ると心臓から内部へと炎が伝わり、火柱を放ちながら溶けていく巨大が居た。頭上には【GAME OVER】としっかり表示されている。
「は…っ…はっ……う―――」
「ヒデくん!」
今度こそ倒した。
安心から今まであった緊張感がプツンと途切れ、秀久はズシャリ土煙を上げながら地へと伏した。
勝者が決まったことでブラックゲームの『バトルモード』が終了し壊れていた体育館や回りの校舎のビジョンが消え、先ほどいた現実の体育館の中に変わった。
「帰ってきたか!」
「終わったようね」
龍星と初音は安堵の息を吐き、不良の首を思いきり捻り床へと投げ捨てる。
一麻と優一も丁度不良を片付け終わり、二人と一緒につぐみ達の元へと走る。
「つぐみ!大丈夫か?」
「お兄ちゃん!…ヒデくんが…ヒデくんが…」
「凄い怪我じゃねえか…また無茶しやがって」
「…ぁ……りゅ…せ…さん」
「シュウ君起きたら傷が悪化するよ」
「今は救急が先ね」
優一は体を無理やり起こす秀久を優しく倒し、初音はサイバーネットを出し、コールモードに切り替え保健室へと連絡をする。
「…あ…が…う…ござ……ました。俺……」
「馬鹿。お礼は後から言え!」
「そうだよ!ほんっとに…!…心配したんだからね!馬鹿あ!」
「……へへ……ばかっ……て…い…すぎだ…」
つぐみは詰め寄るようにそう叫び、秀久は笑って返す。
ゆっくりと手を伸ばしつぐみの頬をそっと触れ、つぐみの顔が徐々に歪んでいく。
龍星はため息を吐きながら口の端を上げ、背を向ける。
「後始末は俺達に任せろ秀久」
「ええ。…そうね」
「俺達もオンライン支援部だって忘れんなよ?」「部長はそこで休んでなよ♪」
倒れた不良を担ぎ、縄で縛り引きずりながら四人は笑みを秀久に見せる。
流石に体が痛いな…。
お言葉に甘えるとしよう…
秀久は苦笑いを浮かべつつもゆっくりと頷いた。
「んじゃ行くか」
龍星に三人は同意し、体育館からさっさと出て行く。入れ替わるように響と綾菜がナース服で入って来、秀久は思わず吹いた。
「な、なんだ!?その格好…いだだ…」
「しゅーくんを手当てするためだよー」
「お姉さん達にお任せ~♪」
「…いや、待て…担架はわかる…。で、でもその図太い注射器はなんだあああ!?」
「…わわ!駄目だよ!ヒデくんが死んじゃうよ!」「大丈夫♪ちょっとチクリってするだけだよん」
「麻酔だから問題ないよ♪」
「………そ、そうなんだ」
「頷かないでつぐみ!?」
安心したように肩から力を抜くが、今の秀久には冗談じゃない。
実際麻酔だが、かなりどでかいためいくら秀久でも恐怖するレベルだ。
「じゃーつぐちゃんにやってもらう?」
「え?あ、あたし?わっ……あれ?軽い」
「いやいやつぐみでも無理だからああ!!」
あちこちから血が流れてようが、体中の骨が折れてようが、臓器が潰れてようが関係ない。秀久は体を必死に起こし逃げようとするが、ガシリと羽交い締めされる。
「駄目だよ!注射しなきゃ!」
「あ、綾菜離せ!…わ、待てつぐみ!待ってくれ!」
「ごめんなさい。ちょっとチクリとするだけだから!…ね?」
「上目遣いしても嫌なもんは嫌だああ!」
「……えい!」
体育館に響く悲鳴と叫び。
しかしこれも一人無茶した彼の自業自得である。
呪いのような悲鳴は廊下まで伝わり、龍星達は苦笑いするしかなかった。
『ちっ。役立たずが…失敗に終わりやがって』
学園内のとある空き教室では一人の男性がぶつぶつ呟きながら備品を蹴り飛ばす。
制服を身につけてはおらず、教師といった身なりをしていた。
『……これで奴らに気づかれでもしたら』
「残念やけどもう気づいてるんよ」
『!?』
扉がゆっくりと開かれ、仁王立ちしている深紅が目に映る。
「おかしいと思ったんや。…なんでゲームに参加していないはずの余根倉がブラックメモリーを持っているんや…てね」
『く…。そうか…こいつは確か、オンライン支援部でも情報通やプログラムハッカーが出来たんだった』
「あらまあ…。とんだ失態やったなあ…。川口先生。…そうやな…わっちはオンライン支援部認定のプログラムハッカーの資格あるんや。忘れている割にはよく調べてるなあ」
舌打ちをする川口に深紅は暗い笑みを浮かべながらナイフを取り出し、見えない速度で投げつけ、頬をかすめる。
「ひっ…!」
「次はちゃんと狙うで?」
「くそがああ!」
川口はギリギリと歯を食いしばり、逆の扉へと逃げ出す。
深紅は特に追いかけようともせず、口を開く。
「あーそうや。そっちの扉はなあ――」
「覚えてーーっ!」
「「逃がすかよ」」
「――わっちよりも怖いクラスメイト達がいるから気をつけるんやで?」
秀久が治療を受けている頃、無人の空き教室では男性の叫びが絶え間なく響いていたとか……。