18―赤い龍と頼ること…
赤い龍は秀久のことです
「早く…早く行かなっ…ぐが!?」
走り出そうとした突如、痛みと激しい吐き気にみまわれ思わずうずくまる。
徹夜を繰り返し疲労が溜まった体に追い討ちをかけるように受けたクラスメイトからの傷。何カ所か打撲までしており、殴られた時の頭痛が酷いのだ。
「…ぐ…。こんな…時に…」
フラフラと立ち上がり、それでも壁をつたって走ろうとする。
――ポンッ
優しく…本当に優しく肩に腕を乗せられ、ゆっくり後ろを振り向く。
「何やってんだシュウ」
「大体理由は分かるえ」
「……カズ…深紅」
心配そうに覗きこむ二人が何故だか大きく見える。
そうだ…。今回は…一人では無理なんだ…。
(…つぐみ。……そうだよな…お前が言ってたことようやく分かったよ)
NOW lording
「ふん。随分と早いな。こっちは準備をしていたのに」
「準備?ふざけんな」
体育館の扉が盛大に開かれ、目に入った光景は白いブレザーに赤いチェックのスカートの少女と同じ高校の制服を着用している男子。
マットに押し倒されている“つぐみ”はブレザーごと剥がされ、白い肌が露わになり、スカートを押さえている。抵抗したのだろう…。
「ヒデくん…!」
「悪い。…遅くなった」
「なんだよ。いきなり見せつけやがって」
「余根倉。つぐみを離せ」
「はいわかりました。って言うと思ってんのかよ?」
秀久は何も返させず赤い瞳で睨みつけると、ゆっくりと歩き出す。
「ヒデくん来ちゃ駄目!」
つぐみの悲鳴よりも先に数十人の不良がぞろぞろと現れ行く手を阻む。
「来てみろよ!…その前に命がもつか?」
「はっ。イケメンさんが王子様気取りですか?」
「お前みたいな奴は一番嫌いなんだよ」
「メリケンサックの餌食にしてやる」
「ひひひひ!」
バットやら鈍器やらメリケンサックやらスプレーやら…。 不良達は秀久を囲みくちゃくちゃとガムを噛みながら威嚇する。
だが、秀久にとってこんなものは子供の遊びでしかない。
「……あいにく。俺もお前らみたいな奴らは気持ち悪いよ」
「やれ」
「「「死ねやあああ!」」」
「――けどな。簡単に命を語るんじゃねえよ」
「うげっ!?」
「「な?」」
秀久に目掛けてバットを振り下ろした不良は奇妙な声をあげ地面へと叩きつけられていた。
素早く後ろを振り向くと強力な殺気が不良達へと降り注ぐ。
「お前ら…覚悟しろよ…つぐみをさらった罪…償ってもらうぜ」
「龍星さんが出れば俺達意味ない気がするけど…今回は頼まれてるしな」
「親友に手を出すことがどういう意味か教えてあげるわ」
「……初音…笑みが怖いよ」
狂気のオーラを放つ龍星、棒を片手にため息を吐く一麻、黒い笑いを見せる初音、それに苦笑いする優一。
しかし全員からは怒りの殺が飛び交い不良達は逆に威嚇されていた。
「な!?榊!千原に御中まで!?」
「…来れればなと言ったよな余根倉?」
「!?」
「…来てやるよ」
背中を四人に任せ秀久は歩き出す。だが不良も黙って見てはおらず、殴りかかろうとするが…
「お前らの相手は俺達だ」
龍星を筆頭に四人がそれを制する。
構うもんかと突っ込む不良達。だが、龍星の拳、一麻の棒術、初音と優一の拳法を相手にするのがどういう意味なのかを彼らは知らない。
「よう…」
「ぐ…!!」
「お約束通り来たぜ。つぐみを離せ」
「ヒデくん…」
余根倉の元へたどり着いた秀久は涙をポロポロと零しながら嬉しそうに見ている彼女に微笑みかける。
「くそがああああ!なんでだ!なんでだ!…こんな屑!こんな屑に負けるわけ」
「それはあなたが最低だからだよ!」
「いたっ!」
つぐみはバシッと頬をひっぱたくとマットから抜け出し、すぐさま秀久の元へ走る。
「ヒデくんっ…!」
「つぐみ!」
自分の胸へと飛び込んできた彼女を優しく抱き、頭を撫でる。
「来てくれるって…信じてた…よ」
「ごめんな。…遅くなっちまった」
涙で声が霞んでいるが、頬を朱に染め笑みを作り彼を見上げる。
守れた…。彼女の瞳からそれが理解でき、秀久は抱きしめている手に力を加えた。
「…っ」
「!…わりいっ!…痛いよな?」
「ううん…。ごめんね?」
「え…?」
呟かれた声に一瞬声が漏れるが怒号がそれをかき消した。
「吉沢ぁ…吉沢ああああああ!」
「余根倉。絶対許さねえ」
「ヒデく…!!」
ゆっくりと離され、不安そうに彼を見ると先ほどまで気づかなかった傷や包帯が目に入り、言葉を失った。
余根倉は秀久へと近づき黒いメモリーカードを見せる。
「お前なら分かるよな!」
「……やっぱお前にも来てたんだな。『ブラックゲーム』の招待状」
「そうだよ!俺はこいつでお前を殺してやる!」
黒いメモリーカードを『サイバーネット』を出し読み込ませる。すると、周りが輪を作り、気づけば秀久と余根倉を囲んでいた。
「…これって…まさか」
「ああ。…オンラインの中だ」
「どうして!?あれは家や活動室にあるサイバーモニターを使わなきゃ…」
「いや、あの黒いメモリーカードは…イベント用だ。…しかも俺らが使っているサイバーネットだけでアクセス可能な全くふざけたシステムだ」
「そんな…ヒデくん…」
「心配すんな。…すぐ終わらせる」
ゲームの中、つまりこの場に居るのは秀久、つぐみ、余根倉だ。
心配をするつぐみに秀久は笑みを見せ、つぐみの頬が赤く染まった。
「帰ってこなかったら許さないからね!」
「お前が待ってんだから…帰ってくるに決まってんだろ」
「~////」
恐らく無意識に言っているのだろうが今の台詞はつぐみの胸キュンポイントを一気に上げる。
「いいよ。お前本当にムカつく」
「奇遇だな。俺もすげぇ苛ついてんだよ」
「「…マジックチェンジ」」
赤い魔法陣が現れ、秀久をくぐり抜けていく。火炎に包まれ火柱が立ち上げ一瞬にして綺麗に弾け飛ぶと、腰にマントを付けた赤い魔法使のアバターに変わる。属性と龍を旋律にイメージされ、黒いスーツのまるでヒーローのような姿だ。
「いくぜ…」
秀久は黒い姿をした騎士を見据え歩き出す。
「なんだ…。ナイトとかじゃないのかよ」
「ああ。…こっちの方がしっくりくるんでな」
マジシャンアバターは必ず魔法使いというわけではない。
ナイトやビースト、ウィザードやウィッチなど複数のジョブが存在している。
秀久の場合、ウィザードということになる。
秀久 HP 100
余根倉 HP 100
「殺してやる!」
「…はああ!」
同時に走り出し、先手を打った余根倉はソードを突き出し、秀久はそれを右にいなし片足で肩を蹴りつける。
怯み、後ずさるのを見逃さずすかさず回し蹴りを打ち込み余根倉は地面へと叩きつけられる。
「ぐはっ!」
「…殺すんじゃなかったのかよ。」
「ちい!」
「ふっ!」
打ち出された拳を片手で払い、腹部へと右足を蹴り上げズドッと鈍い音がする。
「う…っ」
「はっ!」
吐き気がこみ上げるのを我慢しながら後ろへ後退する余根倉に秀久はすかさず片足を叩きつけ蹴り飛ばした。
「…ぐ…」
「手応えがねえよ。よく挑んできたな」
「黙れ!」
「っ…やっ!」
「がうっ!」
ソードで切りかかるが片足を引っ掛けられ止められ、無防備な鎧に包まれた顔を体を回転させながら片足を打ちつけ、そのまま体育館のステージに押し付け、もう片足を使い、後ろへと一回転する。
余根倉 HP65
「さて、そろそろか」
秀久の550あったMPが減り、技条件を満たし、右足を突き出す。
赤い炎が右足に吸収され、爪の形へと変わっていく。
500(減少50)
「ドラゴン…ネイル」
「…!?」
「はああ!」
爪のような形となった炎は激しさを増す。
秀久は腰を落とし一気に加速。
走る途中で爆転や爆宙を加え、空高く跳躍する。
「はっ!」
「…くそ!魔法を…」
「はあああああ!」
引っかくように放った爪は鎧へ突き刺さり、炎が舞い上がる。
余根倉はソードを落とし悲鳴を高く体育館に響かせ、宙へと吹き飛ばされていく。
余根倉 HP0
「…終わりだ…」
着地した秀久は腰マントを翻しながら後ろを向き、余根倉は爆発に飲み込まれていく。
HPが0になった者は死ぬ運命なのだ。
爆発音が響く中、秀久は自分の手のひらを見つめる。
『マダ…ダ』
「…!…何!」
『キエテ…タマルカアアァアアアアアアアアアアアアア!』
「きゃ!」
「く…。なんだ…この暗い気配は…」
輪が突き破られ、黒い騎士アバターの姿は無く、黒い巨人のような不気味なアバターが出現した。
秀久とつぐみが見上げるる中、黒い巨人のアバターは雄叫びを上げる。
「おいおい…まじかよ」
『ガアアアア!』
「…っ!」
腕を振り上げ巨人は秀久に向かって拳を叩きつける。
当たる直前に両手で受け止めるが力は圧倒的に巨人が高く、踏ん張っている足がザザと後ずさっていく。
「…なんつーパワーだ」
『オオオオ!』
「ぐあっ!」
「ヒデくん!」
巨人の足で蹴り上げられ宙を舞う。だが、HPが減ることはなく、更には表示すらされていない。
「(どういうことだ…)ーーくっ!」
『ガアアアア!』
「ごふっ…!?」
『アアアアアア』
「…っ…ぁ」
隙を与えてしまい、巨人の巨大な平手打ちが直撃し秀久の肋骨から嫌な音が響く。
しかし痛みにしかめている暇はなく追撃が放たれ鎧へと叩きつけられ、肋骨が完全に砕けたのがわかった。