16―“気持ち”と“答え”
いつからだっただろうか?
自分の赤い瞳を受け入れたのは――
『ヒデくんっ♪』
脳裏に蘇ってくる光景は彼女と過ごした日々…。
嬉しい表情、悲しい表情、怒った表情、照れた表情。
『ヒデくんの瞳って…ルビーのようでとても綺麗だね♪』
最初に受け入れてくれたのは紛れもなく彼女だ…。
だからこそ…だからこそ…たまに見失うのだ。
自分が犯した過ちを………
『ヒデくん……あのね…』
けど……だけど、唯一完全記憶ですら思い出すことが出来ない何かとても大切なことを忘れている……。
「俺は……」
「しけた顔してんな」
「カズ……」
保健室で治療を受け、屋上で佇む彼の横を一麻が陣取る。
「お前には関係ないことだろ…」
「それ、つぐみが言っても同じか?」
「…………」
「よく考えろシュウ。…俺が言えるのはそれくらいだ」
「……なんだよそれ…。わからねえよ」
答えが欲しいのではない。ただ、意味が知りたいだけだ。
一麻は軽く視線を流し、欠伸をする。
「クラスメイト奴ら。とりあえず龍星さんや初音達が説教中だとさ。まあ、あいつらは正しいことを一つもしてないしな」
「………違う。正しくないのは俺だったんだ…。殴られて当然だ」
「そうか。なら…」
「…なん…っぐあ!」
頬に熱い衝撃が伝わり秀久はフェンスに叩きつけられた。
目を白黒させながら一麻を見上げると、冷静な瞳と向き合った。
「………これはつぐみの分だ」
「…?」
「お前が無茶する度あいつが傷ついてるのがわかるか?」
「……な」
「お前…本当につぐみに嫌われるぞ?」
胸をえぐるように伝わったその言葉は彼を大きく動揺させる。
大嫌い…。一番聞きたくない言葉だった。
「俺は…つぐみに嫌われるのが何より一番…怖い」
「だろうな。お前とつぐみはいつも一緒だったからな…」
いつもいつも自分を気にかけてくれる大切な彼女。
彼女がいるから自分は生きる意味がある。…彼女がいないなら…
「なあ!?どうすればいいんだよ!俺はどうしたら……」
「それは…俺が答えていいのか?」
「え…」
「俺が答えれば納得するのか?」
言葉が出ない…。
納得できるはずがないのだから…。
「………はあ。お前もつぐみも似てるなほんと」
「………え…」
「つぐみはみくや芹香さんが見てくれてる。言っとくけどな…つぐみにだって問題はあるんだよ」
「違う!違う!…あいつは何も悪くなんて「シュウ!」…!!」
「………そう考えるのはつぐみにとって本当に幸せか?…お前らにとって本当に正しいのか?…よく考えろ」
襟首を掴みそう言い捨て、静かに離す。
ここからは彼自身が見つけ、決めることだ。
邪魔をしてはいけない……。
「…後でつぐみを此処に呼ぶ。その時、お前の答えを彼女に伝えろ」
「カズ…」
「正し、再びあいつを泣かせるなら親友といえど…容赦はしない」
“もしも”の最悪な状況を振り払うように踵を返し、屋上を出て行く。
きっと…二人なら大丈夫だと信じるしかないのだから。
「………俺は……」
静かに閉まっていく扉を眺めながら秀久は拳を強く握りしめた。
「あたしは……」
噴水のベンチに腰を下ろしつぐみは目に涙を溜める。
確かに彼は無茶をして我慢ならなかったが、彼女は後々それを後悔していた。
「……大嫌いなんて…嘘言うんじゃなかった」
我慢の限界から出てしまった言葉。絶対言いたくはなかった言葉をよりにもよって大好きな彼につぐみは発してしまったのだ。
「……ヒデくん…に嫌われる…いやだよ…あたしは…」
『相思相愛やな』
『…………(似た者同士だね)』
先ほど二人に言われた言葉が脳裏をぐるぐると回る。
違うのだ…。これは自分が秀久へ一方的に感情を寄せているだけだ。
自分が彼を蝕んでいる…。そんなことはわかっている…。わかっているのだが、否定してしまいたくなるほど彼を愛してしまった。
だからこそ余計に苦しい…。
「大丈夫かいつぐみ君?」
「……杉崎君?」
つぐみの真横に智がいつの間にか座っていた。びくっ!と一瞬だけ驚くがすぐにまた俯く。
「あたし…どうすれば…」
「ふむ。君達はまるで夫婦だな」
「…ふ、ふええ!?な、何言ってるの!」
「はっは。そこまで驚くとは結構意外だ。……この間、君にとって兄のような存在である龍星君と芹香君が軽い痴話喧嘩をしているのを見たな」
「え…お兄ちゃんと芹香ちゃんが?」
意外だったのかつぐみは目を見開き智を凝視する。
あの二人はずっと憧れていたような生活を送っている程仲が良く、愛し合っている。
そんな二人が喧嘩をする場面など滅多に見たことがない。
「私も流石に驚いたよ。気になって龍星君に原因を聞いてみたところ…
なんとこれが龍星君が無茶をしたからなんだよ」
「え………」
「けど彼曰わく『よくあることだ』と笑って言っていた。そして、少ししない内にまた仲良く歩いていたよ」
智の言葉が一言一言つぐみの胸を貫くように伝わっていく。
龍星と芹香の原因は自分達と全く同じだったのだ。
「わかるかいつぐみ君。彼らはお互いを理解しあっているからこそ、信じているからこそ無茶をしてもああやってまた戻れる。
だが、秀久とつぐみ君は足りない部分があるからこそ途切れてしまったのだよ」
「足りない部分…」
「お互いを受け入れ、信じることさ」
「!!」
ハッとしたように緑色の瞳を大きく開く。智はその様子を見てゆっくりと口の端を上げていく。
つぐみも秀久もまだ完全に受け入れていなかった。つぐみは無茶する彼を『心配』という稼が信じる心を何処かで引っ張り、秀久は心配する彼女を『無用』という稼、彼の本心では無い気持ちが何処かで彼女の気持ちを理解する力を止めていた。
お互いの稼が二人に壁を隔ていただけだ。ただ、それだけ。
「…あたしは…ヒデくんを何処かで信じれていなかったんだね」
「うむ。…理由が分かれば何をすべきかは分かるだろ?」
「うん。ヒデくんに…ちゃんと謝って伝えなきゃ」
「流石はつぐみ君だ。…君が秀久が好きでなかったら、きっと惚れていたな」
「ふえ!?…ご、ごめんね…」
「何を謝る。私はみんな同様親友の幸せを望む。それだけだ」
「………ありがとう…智くん」
「………ふ…。照れるではないか…」
涙はもう出ない。
変態と言われている杉崎智。だが彼は人を見る力があり、後を押すことを可能にする人間だ。
智だけではない。深紅や芹香達もまた、それを知った上であえて考えさせたのだ。
「あたし頑張るね!」
「その意気だつぐみ君。初夜の知らせ待ってるぞ」
「ふええええええ!?」
「はっはっは!冗談だ」
「もう…っ…。ふふ…」
自分を元気づけてくれる為にあえてからかったのだろう。
いつしかつぐみには笑みが浮かび、そして笑っていた。