13―たわわの実
東京都新宿にあるとある坂道を秀久達は『ランニングロード』ですーっと滑り降りる。
最初は慣れないと危なっかしいローラースケートシューズだが、練習を重ねれば誰だって楽しく使える代物だ。
秀久の服の袖を握りながら器用に滑りながらつぐみは彼を見上げた。
(なんだろう…やっぱり今日のヒデくん疲れてるような…)
やつれても見えるその顔は視線に気づいたのかつぐみへと振り返る。
赤い瞳と目が合い、思わずぷいっと視線を隣で滑る深紅へと変える。
「そう言えば…今日の行事って深紅ちゃんは実行側に回るんだよね?」
「そうやね。わっちは文化委員やから生徒会に協力するで」
「俺も体育委員…といっても後から参加するがな」
「そうやな~」
「……なんでだ…なんで図書委員は…実行無しなんだよ!」
「げ、元気だして!あたしは保健委員だから…後参加だけど」
四人は二年生になった春に委員会に入るというルールを定めた。
そのおかげで、秀久は図書の副委員長なのだが今日の行事について図書委員は実行側ではなく普通参加となっている。
去年体験した秀久にとって参加したくはなかったのだ。
「ドンマイやでシュウ。怪我したらつぐみに手当てしてもらえばええんや」
「……それもそうか」
「深紅ちゃん!?それにヒデくんも頷かないで!?怪我したら駄目だよ?」
軽くつぐみを弄る深紅と本気で頷く秀久とそれに慌てるつぐみ。
一麻は道を滑りながら快晴の空を見上げた。
(……変わらないな)
だからこそ…良いのだから…。
「…ん?あれっ?」
「どうしたシュウ」
「あれって綾菜だよな?」
気になったのか秀久はローラースケートを止め、近くに建築された建物に屈み込んでいる女性へと振り向く。
猫をかまっているようだ…。ミルクティーの色をしたふわふわな長い髪を揺らしながら大きい体ながらも優しく猫を抱きかかえている。
相沢綾菜は背が180平均以上ある王立学園の女子生徒であり、つぐみ達の親友でもある。 背が高いのがコンプレックスらしく、プロポーションは抜群に良く、幼げな可愛い顔をしている。
「おい…綾菜!猫を抱きかかえるのもいいけど学校に…………ぼふっ!?」
「ヒデくん!?」
「しゅうくんだー!」
彼よりも速く、彼が言うよりも速く秀久達に気づき綾菜は秀久に目にも止まらぬ早さで抱きついた。
彼女のおおきなたわわが彼の顔にジャストフィットしている。
「もがっ!…もがああ!」
「元気一杯だね!可愛い~」
「綾菜ちゃん!ヒデくんが窒息死しちゃうよ!」
「あ…つぐちゃん!」
「わぷっ!?」
綾菜はつぐみも抱きしめ、満面の笑みを浮かべる。彼女は大好きな人には抱きつく癖がある為、綾菜といる時は常に気をつけなければならない。というのも、彼女に抱きしめられると、たわわの実が呼吸を奪うからだ。
「んーー!?んー!」
「わぷぷっ!」
「朝から凄い光景やね」
「……そうだな」
苦笑いするしかない…。
綾菜は性知識はゼロだ。だからお気に入りの人を自分の胸に埋めても何も気にしない。
逆に彼にとってはかなり危険だが…。
「……ぷはっ!……っ」
「大丈夫かシュウ。ふらふらだぞ」
「…あ、うん…頭がぼーっとしちまって」
「いい加減綾菜もつぐみを離してあげな」
「……はっ…うう~」
一麻と深紅に引っ張り出されつぐみは目を回し、秀久は熱でもあるかのような瞳でペタンと座り込んでしまった。
「しゅうくんとつぐちゃん大丈夫?」
「ま、まあいつものことだからな…」
「せやな。いつものことやしな」
「……っう…。はっ!…ごめんなさいいいいい!」
心配そうに首を傾げる綾菜に二人は微笑みながらそう自分に言い聞かせた。
秀久は我に返ると頭を押さえているつぐみへと空中回転土下座を繰り出した。
「え?ひ、ヒデくん!どうしたのいきなり?」
「……いや、悪気はなかったんだ…。偶然というか…なんというか…」
「みゅ?」
「そ、それにつぐみの方が俺として柔らかいと思うし…あれ?なに言ってんの俺!?」
「ふえ!?ふええ!?」
お互いに真っ赤になり、つぐみに至っては湯気まで吹き出している。
秀久は自分の限界容量を越えるとデリカシー筒抜けの“壊れモード”へ入ってしまうのだ。今のは綾菜に抱きしめられたことにより、容量がブレイクされたといえる。
「出たか。シュウの壊れモードは仰天するばかりだからな…」
「わっちもシュウが何を言うか未知数やけど…大概はつぐみやしな」
「何の話してるの?」
「綾菜は聞かない方が良い。いや、聞いても分からないかも…な」
「?」