12―秀久の憂鬱
「…お……はよ…う」
「おはようヒデく…きゃああ!ゾンビ!?」
「違う違う!俺…ぐふっ!」
リビングに顔を覗かせるなり秀久の顔面にフライパンが叩きつけられるのは…側から見れば普通ではない。
つぐみはそっと目を開き、ゾンビよりも酷い光景を目の当たりにし、悲鳴を上げた。
「……ヒデくん!?だ、大丈夫?」
「お前がやったんだろ!」
「…うう…ごめんなさい」
「つぐみならいいけどさ…。てかそんなに酷かったのかよ?」
「うん…」
思い出したのか若干震えているつぐみ。ショックではあるがここは彼女に免じて堪えようではないか……。
静かにため息を吐き、つぐみを抱きかかえようとした途端『ピコン☆』と頭に衝撃が走る。
「……っうう…」
「も、もう!油断も隙もないんだから」
「だからって叩かなくても……」
「日常茶飯事だよヒデくん」
ピコハンをしまい、さっさとテーブルの椅子へと座る。頭を押さえながら秀久も椅子に座るとテーブルにはバランスの良い和食のメニューが並べられている。
「ほら、早く食べなきゃ遅刻するよ?」
「…あ、そうだったな。悪いな毎日」
「ううん気にしないで♪」
――何処の通い妻だよアンタ。
朝から歯がゆいもん見せやがって潰すぞ秀久♪と思う気持ちは抑えるとして、 秀久は嬉しそうにいただきます!と箸を取る。
つぐみはそれを微笑ましく見つめまさに何処の通いづ……ぎゃあああ!
「……地の文おかしくないか?」
「気にしたら負けだよ」
そう会話しているとチャイムが鳴り、秀久はバタバタと自動ドアへと走る。
つぐみはロックが無いことを知っているのだが…時遅くバチチチィ!と嫌な音が聞こえた。
「ヒデくん!?」
「 」
「無言状態やね」
「まあドアに挟まったんだから。そりゃな」
「深紅ちゃん!一麻くん!?」
赤い液体を噴出している秀久を無視し、二人はつぐみに挨拶を交わす。
「ん…?ええ匂いがするなあ」
「あ、さっき朝食を作ったから」
「朝食?つぐみ、あの警察事件からまだシュウの家に作りに行ってるんか」
「う、それは…ヒデくんが起きないからだよ!…べ、別にヒデくんの体調とか心配しているわけじゃないから!」
「…つぐみ…つんでれっとるで」
「みゅ?」
ぷくうと頬を膨らましつつも秀久を見ているあたり、いや、確実に今のはつんでれだ。
深紅は軽く失笑すると秀久を起こすつぐみを手伝う。
「ほらつぐみがあんたの為に作った朝食が冷めるで」
「…み、深紅ちゃん!!」
「………わ、悪い…ちょっと気絶してた」
秀久は朝食の言葉ですぐさま復活し、再びテーブルへと向かう。
すっかり目が覚めてしまったからお腹が空腹だ。
「相変わらず凄い再生力やな…」
「うん…。警官に投げ飛ばされたあの時も直ぐに復活してたからね…」
「…ちょっ。勝手に人を化け物扱いに………あぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「「ひゃ!」」
秀久の悲鳴に似た叫びは部屋中に響き渡り、二人は耳を塞ぐ。
当の本人は拳を強く握りしめると、原因である“彼”へと怒りの視線を向けた。
「うるさいぞシュウ。近所迷惑だ」
「……誰のせいだと思ってんだ馬鹿ぁあああああ!!」
「ズズッ……。うまっ」
「てめえ!!無視すんな!!」
「いや、冷めてしまうかと思ってな」
「……冷めてても美味いわボケエエ!」
「ヒデくん…」
「いや、つぐみキュンッとしとる場面やないからな!?」
朝食を食べられ、怒りぶつける秀久を横目に深紅はつぐみを軽く揺する。
一麻は秀久を一度睨むと、ご飯をかきこむ。
「ああああ!?待て!俺の…俺の好物ーーー!!毎朝炊いてくれるつぐみのご飯が馬鹿の中にいいいい!?」
「ー!馬鹿はお前だろうがあ!」
「カズゥウウ!お前潰す!!」
「やれるならな!!」
「わあああ!?味噌汁飲むなああ!」
「そんなに嫌なら返してやるよ!」
「ごぶっ!」
一麻はお椀を持ち、素早く秀久の口の中へと流し込み、顎を持ちガチガチと食べさせた。
深紅とつぐみは呆然とし、秀久は青い顔をしながらも飲み込んだ。
「………う……(くそ…あいつの食べかけなんて吐いてやるのに……つぐみが作った料理…無駄にできねえ)」
「だ、大丈夫ヒデくん!?…あ、あたしの分で良かったら…まだ手をつけてないし」
「……つぐみ…。いや、無理だ。つぐみは栄養をとらねえと」
「でも…ヒデくん全然」
「あはは…。俺はさっきの味噌汁で十分だよ」
「ヒデくん……い、今から作り直すね!」
そう言ってキッチンへ向かおうとするつぐみの腕を秀久はがしりと掴む。
「いや、つぐみに手間暇をかけさせる訳にはいかない」
「でも…」
「大丈夫さ…。多分昼まではも「それならお前が作れ!」ーーー!」
ミシリッとしっかりと秀久の顔面はフロータリングの床にめり込み、一麻は一度グリグリとねじ込んでからゆっくりと足を退ける。