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すばらしい人生

作者: 漂流 中

よし、今度こそうまくゆくに違いない。おれは確信も持ってほくそ笑んだ。

新しい仕掛けを作るのに今度は3ケ月を要した。人間一人が入れる密閉したスペースに睡眠薬を飲んで入り、脳波をモニターするヘルメット、胸に心臓の鼓動を確認するプラグを装着し、ベルトを締める。そして装置のスイッチを入れれば、熟睡を示す脳波が検出された後、一酸化炭素が注入され、さらに心肺停止が確認されれば、バスタブ状にできている装置全体に濃硫酸が流れ込む仕組みだ。ダミ-のデータ、気体、液体を使ったシュミレーションを繰り返したがトラブルは一度もなかった。これでやっと宿願を果し、跡形もなくこの世とおさらばできるだろう。


 おれは、この世の中に何の未練もない。この24世紀の時代、人間は、人口管理局による計画的な人口受精、擬似子宮による、養育、保育を経て、この世に生まれ出たあと、ただ120年間生かされているだけの生化学的反応体に過ぎない。確かに21世紀後半から22世紀始めの資源争奪のため人間同士が争い合い、戦争となり、人類が絶滅しかけた時代のような飢え、殺し合い、強制収容のような悲惨なことはこの時代にはない。栽培工場でロボットに作られた食料を食べ、あてがわれた娯楽プジェクトで時間を費やし、みな同じように生活し、楽しくおかしく一生を終える。

 確かに過去にあるような苦しみ、悲しみはこの時代にない。しかし、苦しみ、悲しみがあってこそ、真の人生の楽しみ、生きる喜びもあるのではないだろうか。おれは全く自分自身生きてるという実感が湧かない、自分のことを自動生命維持機械、物としか感じない。おれは異常だろうか、まあ、メンタルヘルス管理局の連中に言わせれば問題おおいにありだろう。しかし、よく考えてみれば、人間を機械、物のように管理、操作、コントロールしている者は高級官僚、立派な政治家、経営者であり、研究の対象としている者は立派な学者だ。ようするに、人を機械、物扱いすれば、高級官僚、立派な政治家、経営者、学者であり、自分を機械、物のようだと感じ、それを口にだせば精神障害者と言うことだ。何が違うんだ、何も違わない、本質的には同じじゃないか。


眼が醒めるとおれは、ベッドの上で寝ていた。窓の外のどんよりした空気、見覚えある殺風景な 部屋のつくり、ここへ来るのは、初めてじゃない、そう、ここは蘇生再生病院だ。またもや失敗してしまったようだ。落胆したおれは大きくため息をついた。

 最初は発見されるのを避けるため砂漠まで車で行き実行した。二度目は、死後、重しによって海の底奥く沈むように工夫し、三度目は、火薬で爆発炎上するように細工した。いずれもうまくゆかなかったので、今度は、硫酸を用いたが、それでもここのやつらはおれを生き返らせてしまった。


 しばらくすると、白衣の着た連中が部屋へ入ってきた。4人、男二人に、女二人いるが、生身の人間は一人だけで、他は医療用ロボットか、看護ロボットだろう。最近はますます生身の人間とロボットを見分けるのが難しくなっている。

「お眼覚めになられましたか」

 一番先に入ってきたたぶん生身の人間と思われる男がおれに話かけた。

「ああ、眼が醒めた、残念だ、できれば悪夢であってほしい。どうして、あんた達はこうまでしておれの邪魔をするんだ」おれはその男を睨みこう吐き棄てた。

「そうお怒りになさらず、必ず、いつの日かあなたが私どもに感謝する日がやってきますから」

 その男は抜けぬけとそう言い放った。

「ところで、教えてほしいことがある、あんたたちは死んだ後の体が消失していたり大きく損傷していても蘇生再生することができるのかい」おれは今後の参考にと思いそう質問した。

「やはり、それなりに限界はあります。ある程度身体の各部位が原型を留めていることが望ましいです。当然、身体を回収できなければ不可能です。それに、蘇生再生後、患者さんの記憶の一部が欠損、修復できないこともあります。しかし、現在、事故に遭われた方、あなたのような自殺未遂の患者さん、昔なら治療困難で助からなかった末期癌などの患者さんを合わせて98パーセント以上蘇生再生できています。すばらしい医学の進歩です。なにしろ、遺伝的寿命と考えられている120歳までの人生を、私どもはみなさんに保障するのが役目、義務ですから」たぶん生身の人間と思われる男が自慢げに答えた。

「最初にあなたの身体を回収したときから、実は再発を予測して蘇生再生の際に、GPSと生体反応センサー、送信機をあなた身体に埋め込んでいました。そのおかげで今度も手遅れにならずにすみました、よかったですね」

 たぶんロボットの女が訳知り顔で恩着せがましくネタを明かした。そうだったのか、たぶんそんなことだろうと思ってはいた。次からは無線のシールドも用意しなければいけない。おれは腹立ちまぎれにその女に毒づいた。

「余計なことをしやがって、おまえ、ロボットだろう、ロボットのくせに偉そうなことを言うんじゃないよ、おれはロボットが大嫌いなんだ」

「いいですか人の命は地球より重いんですよ、人間には一生をまっとうして幸福に生きる、すばらしい人生を送る権利をどなたもお持ちなんです。私たちはたとえロボットでもそれをお助けしているんです」もう一人の女のロボットがそう口をはさんだ。

「生きる権利があるなら、死ぬ権利もあるんじゃないのかい、死があってこそ生もあるんだよ、ロボットに何が分かる。30歳で死んでも、60、70、100歳で死んでも、明日死んでもおれには同じことだ、おれは今すぐにでもこんな世界から消え去りたいんだ」おれはまた毒づいた。


「まあいい、今回は残念だったが、今日は役に立つことも聞けたし、次は絶対にあんたたちの裏をかいてやる、早くここから出してくれ」おれはそう嘯いた。

「次はたぶんないと思いますよ、実は当病院とメンタルヘルス管理局であなたに対する脳の矯正外科手術の許可の申請をしていました。そして今回は四回目の自殺未遂と言うこともあり、人口管理局から脳の矯正外科手術の許可が届いています。あなたにはこれから脳の矯正外科手術を受けていただきます」

 たぶん生身の男がそう言うやいなや、たぶんロボットの男と、女二人がおれを押さえつけ、麻酔剤の吸入器を口と鼻に押し当てようとした。

「何をするんだ、やめろ」

 おれは精一杯抵抗したが、いかんせん、生身の人間の筋力ではロボット3人の機械の力には到底かなわず、麻酔ガスをたっぷり吸わされた。

「あばれないでください、今度、眼を醒ました時には、ほかの人間みなさんと同じようにすばらしい人生を送れるようになりますよ」

「そうですよ、すばらしい人生があなたを待っているんですよ」「よかったですね」

  意識が朦朧としてくるなか、ロボットたちがそら空しく、口をそろえてそう言うのが聞こえてきた。

 そのうちロボット達の声も段々と途切れ途切れに聞こえるようになり、すばらし人生と言う言葉が耳の中で反響するなか、おれの意識は段々と薄れ、おれは深い眠りについた。


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