5
二郎とイリスの合流から1週間が経過した。
2人は聖都周辺の魔物を狩り生計を立てていた。
そんなある夜
「なあ、イリス、ちょっといいかな?」
食事を中断して二郎はイリスに尋ねた。
「ん?何?」
イリスは顔を上げて二郎を見た。
「あの、肖像画ってよく見かけるけど、誰なの?」
二郎はフォークを壁に掛けてある肖像画を刺しながら尋ねた。
「ああ、この聖都の王様のアメン王よ。この聖都はアメン信仰の聖地で王様は太陽神アメンの化身と言われているわ。だからずっと年を取らないって話よ。」
「ふーん、アメン王ね。」
二郎がアメン王の肖像画を眺めていると食事の給仕をしていた女の子が二郎に話しかけた。
「アメン王は偉大な王様よ。アメンの神殿に行けばどんな怪我でも治してくれるわ。お父さんもレッドゴブリンに襲われた大けがしたけど、翌日には元気に帰ってきたわ。」
女の子はそう言って離れて行った。
「ふーん、御立派だね。それにしても、アメン信仰にアメン王、聖都テーベね。」
二郎は確認するように言葉を言った。
「ん?どうしたの?」
「ああ、俺が知ってる古い言葉が3つ、『アメン王』『アメン信仰』『テーベ』。」
「それがどうかしたの?聖都は何千年も前からあると言われてるわよ?」
イリスが首をかしげた。
「…まぁ、偶然だろう。いや、それにしても飯が上手いな。」
二郎は笑顔で食事の続きを始めた。
二郎達は狩りを3日行い、1日休むというサイクルで活動していた。
二郎は休日は昼過ぎまで眠り、遅い昼食を取ったあと狩りの時に使うポーションや保存食を購入。
その内に夜になり食事後、夜の歓楽街に消え、朝日が昇るころに宿に帰った。
イリスは何かを探しているのか、図書館や高名な魔法使いの元を尋ねるが、結果は彼女が望んだものではなかった。
「そいや!!」
二郎がレッドゴブリンを倒すとイリスの方を見た。
すでに彼女はレッドゴブリンに向け炎の玉を発射していた。
レッドゴブリンの耐火を超えたその威力でレッドゴブリンは消し済みになった。
「よし、ばっちりね。」
イリスがVサインをしながら二郎に言った。
「ああ、順調だな。」
二郎は笑顔でイリスの言葉にうなずいた。
「それじゃ、次は覚えたての魔法を行こうかしら?」
イリスは先日、魔法屋で購入した魔法を使用しようと息巻いていた。
「どんな魔法?」
二郎は刀を鞘に収めながら尋ねた。
「ファイヤーボールの上位でファイヤーバーストよ。炎が対象とその周辺で爆発するの。」
「…強力な魔法だ…」
「そうでもないわ。爆発と言っても致命傷を負になるのは周囲2メートルくらいよ?」
イリスは道具袋から魔力回復のポーションを取り出し飲み始めた。
「そうか、それじゃあ次やってみよう。今日の最後にド派手にいこう。」
空の太陽は傾きあと1時間もすれば夜が訪れる時間だった。
2人は周囲の魔物を探すと森の奥でレッドゴブリン3匹が鹿を食べていた。
咄嗟に姿を隠した2人は木の影で気配を殺した。
「…行くわよ。ファイヤーバースト。」
イリスが小声で二郎に言うと小さく頷いた。
レッドゴブリンの頭上で爆発音がした。
二郎は姿を隠していた木からそっとレッドゴブリンの様子を覗くとレッドゴブリン3匹は頭部を失った形で消えて行った。
「凄いな!」
二郎の素直な感想にイリスは胸を張った。
「でしょ、結構高かったんだよ。でも、魔力の消費も激しいから多くは使えないわ。」
これで狩りが楽になると思った二郎にしっかりと釘を刺したイリスだった。
「キャ―――!!」
街道の方から女性の叫び声が聞こえた。
「行こう!」
二郎はイリスの返事を待たずに声のした方向に走って行った。
「あ、待って!」
イリスも少し遅れて駈け出した。
二郎が街道に出ると色鮮やかなゴブリンの群れが豪華な馬車を追いかけていた。
二郎達はその馬車の進行方向の先に森から出た形になっていた。
「イリス!馬車に乗って来るやつらを追い払え!」
「うん!」
イリスは馬車が来ると上手く従者の隣にとび乗った。
そのまま馬車の天井に移動しファイヤーボールを数発放ちけん制をし始めた。
「ってジロウ!何で乗らないの!」
イリスの叫び声と共に馬車は遠ざかって行った。
二郎は刀と脇差を抜き2刀の構えを取った。
「…来い!」
二郎は気合いを入れて叫んだ。
いくら弱いゴブリンといえど、百を超え街道がゴブリンで埋まり見えなくなる程の数を相手にするには厳しいものがあった。
二郎は真空斬で間合いに入った者から倒して行った。
真空斬を何十発も放ったが、街道を埋めるゴブリンの数を一応は減らせる程度の事でしかなかった。
「クソッ!キリが無い!」
二郎は真空斬を放ちながら考えた。
(一瞬で全員を倒せるほどの力…何かないのか?!)
真空斬を放つ二郎だったが、数匹のゴブリンが二郎の横を突破した。
「畜生!こうなったら、変身!」
二郎の体が輝き直ぐに光は納まった。
二郎は2メートルを超える巨大な蛇になっていた。
しかし、その頭部には閉じられた大きな瞳が1つしかなかった。
二郎が変身したのはバシリスク。
その瞳を見た者は石化する呪いの瞳を持つ古代の怪物だった。
そしてゆっくりと瞳を開いた。
その視界に入った全てのゴブリンは石になった。
鳥は落下し砕け、多くのゴブリンもバランスを崩し倒れ砕け散った。
二郎は執拗なまでに周囲を警戒しゴブリンの残りがいない事を確かめると姿を元の武者に戻し聖都に向かった馬車の後を追った。
イリス
「イリス!馬車に乗って来るやつらを追い払え!」
「うん!」
私は従者の席にとび乗り急いで馬車の天井に移動するとファイヤーボールを数発ゴブリンの群れに打ち込みました。
しかし、街道を埋め尽くす程の数では数匹を倒しても意味がなかったのです。
要は馬車が聖都に行くまで何とか守り切れば聖都の兵が助けてくれます。
それまでの耐えられれば私たちの勝ちです。
「ってジロウ!何で乗らないの!」
信じられない!あの大軍を足止めしようと考えることが馬鹿みたい!
大軍には大軍で叩くのが定石です。
遠くなっていくジロウ…
私って信頼されてないのかな?
馬車が進むと数匹のゴブリンが追いつきましたが、ファイヤーボールで倒しました。
すると、後方のジロウがいた場所で、また膨大な魔力反応です。
これで2回目。いいえ、攫われた女性を山賊から救った時を合わせると3回目です。
…
馬車が聖都の門に入りました。
従者の方が門番にゴブリンの群れの事を話すと数人の斥候隊が組まれ偵察に行きました。
私は馬車から飛び降り門の前でジロウをまちます。
数日前と同じです。
待たされるのはキライです。
「あの、助けていただきありがとうございます。」
見上げると褐色の肌の女性が私にお礼を言っていました。
「いえ、良いんです。気にしないでください。」
「ですが、何か御礼をいたしたいんですが。」
「そうね…」
考えます。何かジロウが喜びそうな事は…
「なら、食事でも奢ってください。」
私は顔を少し赤くしながら女性に言いました。
「ええ、かまいません。宮殿にご招待しましょう。」
「あ、待って下さい。まだ、ジロウが帰って来ていないんです。」
「その、ジロウという方は?」
「先ほどの群れを足止めするために、あの場に残りました。」
「そうですか…、お悔やみ申し上げます。」
「いえ、まだ死んだわけで無いですから。」
「ですが、あの数では…」
「はい、私も確信はありませんが、きっと大丈夫です。いえ、絶対大丈夫です。」
「そうですか、それほど信頼できる方なのですね。それではこれを」
女性が手渡したのは着けていた腕輪でした。
「これは王家の紋章の入った腕輪です。これを門番に見せればわかるようにします。後日宮殿にいらっしゃってください。」
女性はそう言うと、護衛と共に去って行きました。
それから1時間。門の前で待っているとジロウがやってきました。
「あれ?イリスなんでこんな所にいるんだ?」
「バカ!なんであんな事したの!もっと私を信頼してよ!」
「…ごめんなさい。」
ジロウは素直に頭を下げてくれました。これでこの件はお終いにします。
二郎
(いや、まさか泣きながら説教されるとは思わなかったよ。)
二郎はイリスの後ろをトボトボと宿に向かって歩いていた。
(イリスと出会って1月以上経った。俺の事を不審に思って来たのか?)
二郎は溜息をついた。
(うーん、正直に変身の事を言うべきか、言わざるべきか…、どうしよう?)
二郎は唸りながら歩いていると不意に何かにぶつかった。
「おふぅ!」
奇妙な声を上げて前を見るとイリスが二郎を睨んでいた。
「ジロウ!あの大軍をどうやって退けたの?」
うっと言葉が詰まる二郎にイリスが追い打ちをかけた。
「それに今回も、この前の山賊も、何で私を頼ってくれないの?」
イリスは言いながら涙をこぼしていた。
信頼されてない、足手まとい、邪魔もの、彼女の中で不安な感情が渦巻いていた。
「…わかった。その件については後で話そう。ここではマズイ…」
周囲の目は女性を泣かせた二郎に冷たい視線が突き刺さっていた。
二郎は泣きやまないイリスの手を引き宿へ急いだ。
「イリス。おーい、イリスちゃーん。」
宿にイリスを連れ込み、落ち着かせる為に水を貰い部屋に戻るとイリスは泣きつかれて寝てしまっていた。
「…返事がない。ただの眠り姫のようだ…」
二郎は寝込みを襲いたい気持ちで一杯だったが、理性が本能を押えこみ堪えることができた。
イリスを布団に寝かせると胸を3回ほど揉んでから布団をかけた。
椅子に腰かけた二郎は窓から月を眺めて溜息をついた。
翌朝
椅子で寝てしまった二郎はイリスに起こされた。
宿の食道で朝食を取る2人は、今日の予定を考えた。
「で、今日はどうする?」
二郎はサラダを口に入れながらイリスに訪ねた。
「午前中は買い物かな?ポーションが少なくなってきたしね。昼前に宮殿に行きましょう。」
「宮殿?あのでっかい宮殿に?」
「ええ、昨日助けた馬車の人が王族でお礼に食事に招待されたの。」
「食事か~。きっと豪華なんだろうな。」
「それじゃあ、決まりね。午前中にはぐれると面倒だから一緒に行きましょう?」
2人は朝食をゆっくりと食べ、町に向かった。
「これいいんじゃないの?」
「いや、この色の方が似合うよ。」
「この色だったらこっちの方がいいんじゃない?」
「そうだね。きっと似合うよ。」
二郎とイリスの会話だけを聞くと恋人の買い物に聞こえるが2人がいるのは武器屋だった。
「そうね、この鉄杖なら頑丈だし、魔法石も相性いいわ。」
イリスは鉄杖を購入し、古い杖を下取りに出した。
「それじゃあ、宮殿にいきましょう。」
イリスは機嫌よく二郎に言うと先を歩きだした。
「ちょ、待ってよ!」
人ごみの中をすいすい歩くイリスの後ろを二郎が追いかけた。
暫く歩くと宮殿の入口に着いた。
「ここはアメン王の宮殿です。許可ないものは立ち入りできません。」
2人の門番が入口の前で2人の行く手を遮った。
「あ、これを。」
イリスが腕輪を見せると門番の表情がかわった。
「失礼しました。サーシャ様から承っています。」
門番が頭を下げると宮殿内に案内された。
「豪華ね。」
「ああ、凄いな。」
一般庶民の2人には宮殿内が場違いに思えた。
「こちらでお待ち下さい。」
2人が案内された先は豪華な部屋だった。
椅子やテーブルにも彫刻が掘られ一目で高級品とわかった。
2人は椅子に腰かけると緊張の為か無言だった。
「…なぁ、昨日の事だが…」
二郎は言いにくそうに話し始めた。
「いいよ。言いにくいでしょ?それにいつか信頼されたら話してくれるんでしょ?」
イリスが二郎の言葉を遮った。
「ああ、もちろんだ。」
二郎は済まなさそうな顔をして答えた。
「お待たせしました。準備が整いましたのでご案内させていただきます。」
ノック後にドアを開けたメイドが頭を下げながら2人言った。
メイドに連れられ大きな扉を進むと大きな部屋に豪華な食事が並べられていた。
「ようこそ、おいで下さいました。」
テーブルの前にいた褐色の女性は二郎とイリスを歓迎した。
「いえ、そんな、あの、えっと、えっと、御まねき頂きありがとうございます。」
イリスが緊張の為、一人騒いでいた。
「普段通りの言葉で構いません。」
「そう?助かります。」
イリスが安堵の表情を浮かべた。
「それで、そちらの方がジロウさんですね。先日は助けていただきありがとうございます。」
サーシャは二郎に向かって頭を下げた。
「いえ、あの大軍です。町に入ったら犠牲者も出たでしょう。あそこで止められて良かったです。」
二郎はサーシャの胸元をチラ見しながら笑顔で言った。
「それで、どのような手であの大軍を止めたのですか?あんなに広範囲の石化魔法は知りませんし、何かマジックアイテムでも使ったんですか?」
笑顔のまま固まった二郎はかんがえた。
(やべぇ、ゴブリンども石化したまま放置してた!やべえぇ!!どうやって言い訳しよう!!!)
「えーっと、それはですね…」
二郎が言い訳を言おうとしたとき部屋に1人の青年が入ってきた。
見た目は20歳前後、褐色の肌の美男子だった。
「ほほう、その方がサーシャを守った者達か。礼をいうぞ。」
その男は椅子に座ると食事を始めた。
「あ、いえ。いいんです。」
二郎は咄嗟に答えた。どこかで見た顔。どうしても思い出せなかった。
「ああ、我の紹介がまだか。我はトゥト・アンク・アメン。このテーベの王だ。」
アメン王はフォークを止めて思い出したかのように自己紹介を始めた。
「ふむ、座ったらどうだ?」
3人は席に着くと食事を始めた。
イリスは王と食事を共にするとは思っていなかったので極度の緊張状態だった。
二郎はアメン王の名乗った名前が気になり何度も頭の中で繰り返していた。
(トゥト・アンク・アメン、トゥト・アンク・アメン、トゥト・アンク・アメン、トゥトアンクアメン、ツゥトアンクァーメン、ツタンカーメン!!?)
二郎驚愕の事実に食事の動きを止めた。
「ふむ、どうした?」
アメン王が二郎の動きが止まったのが気になった。
「い、いえ、な、なんでもない、です。」
二郎は言葉が上手く出なかったが何とかこたえることが出来た。
「そうか、そう緊張することもないぞ。お主の事は聞いておる。我と同じらしいな。」
「同じとはなんでしょう?」
二郎はアメン王の言葉が理解できなかった。
「それについては後ほど2人で話そう。さあ、食事を楽しもう。」
アメン王の言葉で食事は再び始まった。
それぞれが雑談に花を咲かせ食事会は終了した。
宮殿を出ようとした二郎に衛兵が話しかけた。
「アメン王がお呼びです。こちらに。」
「あ、そうなの?」
二郎が衛兵の後を付いて行くとイリスも後に続いた。
「こちらです。」
二郎が案内されたのは小さな部屋だった。
二郎が部屋に入り、イリスも入ろうと後を続くが…
「お待ち下さい。アメン王は彼との会談を所望しております。」
行く手を遮られたイリスは頬を膨らましながら部屋の外にあった椅子にすわった。
「よく来たな。座るがいい。」
部屋の中には小さなテーブルと椅子が2つ。その1つにアメン王が座っていた。
二郎はアメン王とテーブルを挟むように椅子に座った。
「先日、夢の中でアモン・ラーからお主の事を聞いた。一度死に、こちらで蘇ったんだろう?異能力をもらってな。」
クククと笑いながらアメン王は言った。
「はい、やはりアメン王も同じ世界から来たのですね。」
「ああ、異能力として、我は翻訳と不老不死、魔力無限を貰った。長い年月をかけ聖都テーベを作った。本当に長かった。」
遠い眼をしながらアメン王は懐かしむように言った。
「それで、お主の能力はなんだ?」
二郎は考えた。アメン王に自分の事を言っても良いのか…
二郎は2秒で考えることを放棄した。
「はい、翻訳と変身です。変身は詳しくは省きますが、制限付きで変身した者の能力を使えるようになります。」
「そうか、だからゴブリンの群れは石化していたのだな。」
「はい、バシリスクになり見える全てが石化しました。」
「それで、魔族には成れるのか?」
「魔族ですか?」
「ああ、ゴブリンどもは定期的に聖都に大軍で攻めてくる。今回はサーシャが指揮して発生源を突きとめようとしたんだが、どうやら魔族に阻まれたらしい。」
「あの襲撃は定期的にあるんですか?」
「ああ、知っていると思うが、魔族が魔物を引き連れてくる。お主が魔族に変身できるなら北の大陸に行って調査してほしい。そして、原因を突き止めてほしい。」
アメン王は真剣な眼差しで二郎を見た。
「畏まりました。魔族っぽいのに変身できますから行きましょう。」
「そうか、それは助かる。報酬として、聖都テーベの騎士に任命しよう。」
「申し訳ありませんが、騎士はご遠慮させていただきます。」
「フム、…理由は?」
「はい。北の大陸に行き、息絶えたとしましょう。その時にテーベ縁の物を持っているのはテーベを危険にします。それに…」
「それに?」
「ここにいては自分の夢が叶える事が難しく思います。」
「夢とは?」
「…はい、一夫多妻の夢です!それは、男の浪漫!夢!希望!己の目標に向かって走るのが真の漢!平凡な人生は終わった!俺は生まれ変わった――!!」
二郎は拳を振り上げ力説した。
「…そ、そうか、それは、がんばれ。」
アメン王は二郎の豹変ぶりに戸惑った。
「そういう訳でゴメンナサイ!」
二郎は立ち上がり頭を下げた。
「いや、うん、わかった。仕方がないな。」
「それで調査期間はいつまで行えばいいですか?」
「う、うむ。お主の都合もあるだろう。北の大陸には1年以内に行ってもらうとして、向こうでは3年ほど掛けて調査してほしい。」
「わかりました。1年以内に北の大陸に行きます。」
「ああ、頼んだ。」
二郎は頭を下げ、部屋を後にした。