1
俺の名前は山本二郎。どこにでもいる平凡な男だ。
身長は174センチ、体重は120キロの普通な男だ。普通といったら普通だ。
大学時代の恩師の影響で民族学を30歳手前になっても研究している。
まぁ、民族学と言っても怪物やモンスター、主に人外をテーマに世界各地で調査している。
古い文献を写真で保存し、言い伝えは録音する。
これだけで日本に帰ってきても調べることができる。
調査した結果、人外を絵にしてそれが動くさまをパソコンで作成する。
俺の作った個人サイトでは動く怪物を詳しい説明付で表示される。
たったそれだけの事で恩師からは民族学の輝ける星と褒めらた。
古い怪物から最近のモンスター、神話や昔話の登場人物まで網羅したと言っても過言ではないはず。
そして、今回も長期休暇を利用して外国で角を生やした大男の話を現地のご老人から聞き、運よく当時に描かれた挿絵を写真に収めることができた。
他にも数点の人外情報を得てウキウキしながら日本に帰るはずだった。
飛行機内で寝ていたら急に機体に衝撃が走った。
飛行機が左に傾きながら急降下している感覚を感じた。
不意に窓から左翼を見ると、驚くことに翼が無くなっていた。
飛び交う悲鳴、泣き叫ぶ乗客、中を舞うフライトアテンダント。
ああ、俺は死ぬのか…
と、思った所で機体が地面に墜落し、俺の意識は無くなった。
「ん?あれ?俺死んだよな?」
二郎は気が付くと椅子に座っていた。
「気がつきましたか…」
声をする方向に顔を上げると、男がいた。
周囲を見回すと、白い空間だった。
俺の前の一段高い所に3人が机の向こうに座っていた。
横を見ると、白い柵の向こう側に5人ずつ左右に座っていた。
後ろには30人ほどが黒い柵の向こうで椅子に座っていた。
まるで裁判所のようなところであった。
「ここは・・・?」
「ここは神界です。」
正面中央の男が二郎に向かって言った。
「えっと、自分は何でここにいるんですか?たしか、日本に帰る途中だったと…」
二郎は口にしながら見る間に顔を青ざめた。
「あれ?俺死んだ?え?なんで?」
軽くパニック状態の二郎だった。
「落ち着きなさい。あなたの今を説明します。貴方は飛行機事故に遭いました。そして、死にました。本来ならば、魂の裁判官である閻魔の所へ行き裁かれるのが普通です。ですが、あなたは…」
「え?俺は?」
「魂の善悪を示すゲージが誤作動を起こしたようで、貴方は天国にも地獄にも行くことが出来ません。もちろん、魂のままでいますと数日で消滅してしまいます。」
「それなら、俺はどうすればいんですか?」
「まず、あなたの魂のゲージの誤作動の理由ですが、当時の魂判別人の入れ替わり時の連絡ミスのようです。それはこちらに責任がありますのでお詫びします。」
男が頭を下げると、他の2人も頭を下げた。
「その後、獄界からの監査師団が魂ゲージの監査時に十分なチェックをせず、あなたが死ぬまで気がつかなかったのも一因です。」
「獄界?」
「簡単に言うと神と対になるものが住む世界です。我々も獄界の魂の洗浄作業の監査に定期的に行っています。」
「えーっと、簡単に言うと地獄の鬼か悪魔が生きている人のゲージをチェックして、地獄で行われている魂の洗浄を神様がチェックするということですか?」
「その通りです。彼らは悪魔と呼ばれますが、仕事の都合で悪魔と呼ばれるだけです。基本的に皆さん良い人ばかりです。」
周りの男たちが一斉に頷いた。
「そ、そうですか。」
「それで当時の判別人と監察官は既に退職していたので、退職金を全額返上していただきました。それで、あなたの処遇ですが、別の世界に行ってもらいます。詳しくは…」
「はい、ここからは私の出番ですね!」
中央の男の言葉を遮るように左の男が声を上げた。
「どーもー、自分は神世界の管理部主任です。まぁ、お金を司る神様と思ってください。んで、退職金の返上で結構な額が帰って来たんでその一部を迷惑掛けた貴方にもお返ししようと、おもいました。」
男がフレンドリーに少し口調を早めて言った。
「御返しと言ってもどうするか悩んだんです。神界の通貨で返しても仕方ないですから。それで、あなたの事を詳しく聴くと異世界に行くじゃありませんか。それで私は思ったんです。返上金額分の能力をプレゼントすればいいと!」
男は身振り手振りを加えて説明をした。
「あ、あの、異世界ですか?」
「はい、異世界です。場所はえーっと、誰の管理下かな?とりあえず、剣と魔法の世界ですね。あと亜人、ヒトと他ともミックスもいますね。それで、何か能力の希望はありますか?」
「え、急に言われても思いつかないです・・・」
「ですよねー。俺もそう思います。それでは基本的な所の翻訳と不老不死とかいかがでしょう?…あれ?ダメ?ダメみたいですねー。」
「ま、まってください。えっと、それじゃあ、変身能力ください。自分のサイトにある怪物になれるのでお願いします。」
二郎はとっさに思いついたことを言ってしまった。
「いいですよ。まってくださいね。…んー、そうやら変身後はその変身した者の能力を使えるようになりますが、大丈夫ですか?」
「能力ってなんですか?」
「たとえば、人魚になったとしましょう。人魚には肺呼吸とエラ呼吸があります。そしてひれを使い泳ぐことができます。変身しただけでは見た目だけで海にも潜れず泳げない人魚になりますね。」
「わかりました。能力の方はお願いします。」
「はいはーい。それで、他にはありますか?」
「他ですか?えっと、それじゃあ、死なない体をください。あんな恐怖はもう嫌です。」
「おっけー。…っと言いたいですが、それを叶えると貴方に返ってくる金額以上になりますね。外的要因で死なないではどうですか?これなら灰になっても復活できますよ。」
「それでお願いします。」
「それじゃあ、これで向こうの世界に送るけど何か質問はあるかな?」
「えっと、少し思ったんですが、この後ろにいる人も神様ですか?」
二郎は後ろを振り返り見学している人を見た。
「ああっと説明したませんでしたね。実は貴方みたいなミスは数千年振りなんですよ。それで後学のために魂判別人の下級神に見学していただいています。脇で見ているのは魂判別人の上司の方ですね。ちなみに私たち3人は上級神です。申し訳ありませんが、それぞれの名前は教えることが出来ません。」
「あ、そうですか。あと、もう一ついいですか?神様でも間違いはあるんですか?」
「そうですね。間違いだらけですよ。神が全知全能なら、世界に争いは無くなりますが、文化文明は発達しなかったでしょう。神とは人間よりも上位生命体なだけです。」
「上位生命体?ですか?」
「はい、一応は神を名乗っていますが、神力で延命処理をしているにすぎません。…おっと、これ以上話すと怒られそうですね。」
「そうですか。一応は、わかりました。」
「それでは、送ります。あなたに神の祝福を。」
そういうと二郎は光に包まれ意識を失った。