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Letter

掲載日:2010/06/29

 星も凍える二月の空に、ゆっくりと満ち足りない月が昇っている。

 青白い光は刺すように冷たく、しかしひどく明るく足元を照らしていた。

 川沿いの、古びたそのポストだけは昔の貯金箱のような形をしていて四角くない。昔病院があったという空き地の外れにぽつりと寂しそうに建っているそれに背を向け、川下を振り返れば街の中心が光の宝石をごっそりと握り込んだかのように輝いているのが見える。

 コートにマフラー、ニット帽の重装備をしてきたくせに、足元だけ素足に父親のサンダルだったので、指先の感覚はもうすでになくなってきていた。どうしてこういう所が考え無しなんだろう、と苦笑しながら、持ってきた手紙をそのポストに入れる。いつ撤去されるか分からない、もうどんな郵便配達員も中身を取りにこない郵便ポスト。使用不可の印なのだろう、ぐるぐると有刺鉄線で巻かれている、もう色も日に焼けてオレンジに近くなっているポストに、コートのポケットで暖まっていた白い封筒の手紙を落とすと、静かに紙の重なる音がする、気がした。

 あれは、誰が言い出した話だったのだろう。

 ちょうど二十歳を迎える冬休みに何年振りかで会った中学の同級生達、とりわけ女達は相変わらずくだらない噂話や眉唾物の話で盛り上がっていた。僕は一年近く前に大切な人を失くしていて、未だに同級会だの人の集まりだのという明るく賑やかな場所に顔を出す気にはなれなかったのだけれど、あまりにふさぎ込んでいる僕を心配しすぎて怒り出した母親が無理やりその同級会に行かせたのだ。

「知ってる? あの松本大学病院の空き地だったところにあるポストの話」

「あー、知ってる! 百通手紙出すやつでしょ?」

「何それ何それ、百通? あんな空き地にポストあったっけ?」

 安い居酒屋のチューハイでコロリと酔っ払いに化した女達はきゃあきゃあと黄色い声を上げ、何人かの男友達と日本酒なんかを飲んでいた僕の耳にもその声は、塞いでいても入ってきてしまっていた。

「すっごく会いたい人に向けて、一通ずつ手紙を、毎晩出し続けるんだって」

「は? 毎日ラブレターってのは結構恐くない? うざったがられるよ?」

「違うの、もう絶対に会えないって分かってる人によ! それで、毎日出してて、百通目の手紙を出したその日にね、その人に会えるって言う、なに? おまじないみたいなもの?」

 ホラーじゃん、とひとりの女が笑い出すのと、僕がテーブルに両手を突いてその反動で立ち上がるのはほぼ同時だった。

「きゃっ、」

 弾みでグラスがひとつ、倒れる。

 それでも僕はグラスを起す事もしないまま、今その話をしていた女達の方を向いた。

「な、なに?」

「その話、……あ、いや、なんでもない、」

 なによビックリした、と目を丸くしてる女達に、ひとつだけ聞きたかった事があったのだけれど、それを口にしたらまるで僕がその馬鹿げた話を信じているかのようで、くだらない常識人ぶったプライドが赦さなかった。

 もう会えないと分かっている人は、この世に存在しなくなっている人も含まれるのだろうか、と。

 僕の恋人は、去年の春に亡くなった。

 同じ大学で、なぜか同じ講義ばかりを一緒に取っている人だった。

 話しかけたのはどちらからだっただろう。同じ空間にお互いが存在する事に、ひどく安心するようになっていったのはどちらが先だったのだろう。僕達が手を繋ぐようになるのは、けして速いスピードではなかったけれど、それでも確実にふたりがふたりとも、多分同じ強さで惹かれあっていった。

 静かに長い黒髪はいつも柔らかな匂いをさせていて、僕はその髪に鼻先を埋めるのが大好きだった。彼女は僕の頬や鼻の頭、瞼なんかにくちづけるのが大好きだった。大輪の花ではなく、川原で風にさらさらと揺られるタンポポみたいな人。今まで恋人と呼べる女性は何人かいたけれど、彼女が僕の一番だった。

 まさかあの桜の夜、強い風が花びらを一掃するように彼女の命まで酔払い運転の車が奪ってしまったなんて、今でも僕は信じられない。

 僕の知らない夜だった。

 彼女の最期を知らない自分を、僕はひとつの救いだと思ったり、逆に最愛の者をひとりで逝かせてしまった最低な人間だと思ったりもした。

 願いが叶うなら、もう一度彼女に会いたいと。

 そればかりを望んでいた、僕らはまだしなくてはならない事がたくさんあった。彼女にしてあげたかった事の欠片も、僕は実行していなかった。

 逢いたいと。

 その想いは日に日に募るばかりで、時間はまだなんの解決も僕に提示してなかった。

「……空の上とか、居るのかな」

 有刺鉄線に巻かれたポストは、置き去りにされたあの日の僕そのものにも見える。三十四通目の手紙。星も凍る夜空は、寒いのではないだろうか。すぐに指先を冷たくする彼女は、寒いと泣いていないだろうか。今すぐ、僕が抱き締めに行ってあげないといけないのではないだろうか。

「寒いの、嫌いだったもんな……」

 そのくせ薄着で、風邪を引く前にと僕にセーターだのトレーナーだのを無理やり着せられては怒っていた。髪が滅茶苦茶よ、マスカラ取れちゃった、襟元に口紅付いちゃったじゃないの、

「『バカ、……そんなにわたしが心配だったの?』」

 眉間のしわがゆっくりと解けて、ゆるゆると唇が持ち上がって、彼女が笑う。

 花が咲くように。

 そんなにわたしが心配だったの、ともう一度繰り返してから、彼女の顔がそっと近づく。優しい香りがして、僕は彼女の目を見詰めているのだけれど、やがて瞼はお互いに閉じられて。唇が、重なる。静かに温度を伝え合って、空気が甘く濃くなる。お互いの考えている事が溶け出した空気は、ただ、好きという感情だけに染め上げられて。

 彼女の唇はいつでも少し冷たくて、そして甘かった。

「コート、欲しがってたんだよな、だけど赤いのは似合わないからって悩んでて、」

 買ってあげれば良かった。

 誰が文句を言っても、その声に負けないぐらいの大きな声で僕が、君には何でも似合うと叫んであげれば良かった。

「手を繋いで来年こそ氷祭り見に行こうって、秋の海で足だけ海水につけて遊ぼうって、夜を越えてドライブしようって、いろいろ……いろいろ約束したんだよな……」

 思い出すのは後悔ではないのかもしれない。

 けれども、胸は痛い。

 彼女に会えるのなら、僕は神様に土下座してもいい、あの人を、僕に、返してください。聞き届けられない願いを口にするのと、くだらないまじないを信じるのと、どちらが悲しい事だろう。

 川上から吹いてくる冷たい風に、コートの裾がはためく。

 僕は祈るように、もう使われていないポストを眺めている。


 四十二通目の手紙を出しに行った日、僕は風邪を引いた。

 四十八通目の手紙を出しに行く日まで、熱は下がらなかった。

 五十七通目の手紙を出しに行った日、車に轢かれた猫を見て眩暈がした。


 便箋というものは案外種類があるものだという事を、僕は彼女に手紙を書くようになってから知った。最初は男が手紙を、という気恥ずかしい思いが多少はあり、出来るだけ本屋で便箋を、適当な雑誌と一緒に買ったりしていた。まるでAVを借りる為に最新作のけれども見たくもないようなビデオを一緒に借りるのと同じだ、と苦笑したりもした。今では、彼女が好きそうな便箋を選ぶ事が出来る。薄い桜の花びらを織り込んだ便箋だけは、未だに買えなかったりするのだけれど。

 書く内容は、その日によって違った。それこそ想いが募ってしまい、やたらと感情的な言葉を重ねる日もあれば、昔の事を思い出して書く事もあり、テレビで見た事だとかその日食べたものを羅列しているだけの手紙の日もあった。それでも最後に書く言葉は必ず決まっていて。

 逢いたい、と。

 今でも君が好きで、逢いたくて仕方がないのだと。

 どんなに手紙を書くのが面倒になってしまい、百通の手紙で死んだ人間に会えるなんてそんな出鱈目なまじないがあってたまるかとペンを投げ出してしまいたい時でも、逢いたい、と書くだけで、僕の心は水に浸されたスポンジのようにぐずぐずとびしょ濡れになった。

 この世界に彼女がいない悪夢から、その出鱈目なまじないだけが目覚めさせてくれるとしたら。

 六十四通目の手紙には、ふたりで乗った電車の事を思い出して書いた。

 彼女はカバンに入っていた、溶けかけのグレープフルーツの飴をくれて、僕は黙ってそれを口に入れ、ガタガタと小さく揺れる電車にふたり並んで座っていた事を。あれは、初めて一緒に水族館へ行く予定の日の事だった。前の夜に飲み過ぎてひたすら眠かった僕は、水族館はまた今度にしようよと言って彼女をひどく怒らせたのだった。

 気まずい空気の中、彼女の差し出した飴が甘かったのを覚えている。

 水族館でイルカのショーを見た彼女は途端に機嫌を直して、そして、恥ずかしがって人前では手を繋げない僕に少しだけ悲しそうな顔をして。けれども誰も見てないところでたくさん手を繋ごうね、と笑った彼女。

 手なんて、いくらでも繋いであげれば良かった、と書いた時、涙がこぼれた。鼻の奥がつんと痛くなって、僕は泣くのを止められなかった。

 毎日の手紙が、そんな風に彼女へと綴られる。

 意味はないのだと、心のどこかが叫んでいても。

 僕は毎晩、ポストまで出掛けて、そして、そうする事しか出来ずに生きてゆく自分を弱いのか強いのか、分からないままでいる。


 七十五通目の手紙を出しに行った日、星座の位置が変わったのを知った。

 八十二通目の手紙を出しに行った日、知らない女の子から声をかけられた。

 九十三通目の手紙を出しに行った日、また桜の季節がやってこようとしているのを認めた。

 彼女を失くした、あの季節をこれからはひとりで過ごさなくてはならない自分に絶望しながら、それでも日々は過ぎていく。


 九十七通目の手紙を出しに行った時に、ポストへ封筒を落とす前に少し立ち止まった。後三日で、百通の手紙になる、そして僕はあの嘘みたいなまじないを信じている訳ではないけれど、心のどこかで期待してしまっているのも確かで。

 まさか彼女に逢えるとは思ってもいないけれど、それでも。

 もしも、逢えたとしたら。

 夢の中だけでも。

 僕は何を話そうかと考え過ぎて、きっと沈黙を背負うだろう。

 今はこの世界のどこにも存在しない彼女。

 郵便ポストは切り取られた別世界の空間に立ちすくむ物のように静かだ。結局撤去されないまま、僕の想いを抱き締め続けている。

「……最近は街中、どこへ行っても苺フェアだよ」

 パン屋もケーキ屋もスーパーとかもさ、と僕はポストに話しかける。君の好きだった苺で、街中溢れているよ。

「もうすぐクローバーで川原も埋め尽くされるだろうね」

 花冠を。

 いつだか君は作ったね。子供みたいだと笑ったら、本気で怒られた。しろつめ草と、それによく似たあの赤い方の花の名を、僕は君に聞かないままだったね。クローバーの花冠は、ひとつだけ偶然に見つけた四つ葉が混じっていた。驚くほど広がるフレアスカートに風をたくさん詰め込んで、彼女が笑う。幸せは今、ここに見えないけれど確実に存在しているのだと。彼女が、笑う。太陽は優しい光しか注がず、遠くで聞こえる車の音だとか、ざわめきみたいなものはすべてが夢の話のようで。

「逢いたい……」

 胸に、染みのように落ちてゆく不安に似た滴。

 けれども僕は彼女に逢えたとして、どうすればいいのだろう。

 それは、僕にとっての幸せであり、もう戻れないこの場所に一度でも引き戻される彼女にとっては迷惑な話なのではないだろうか。

「って、まさか、信じてる訳じゃ、」

 ないんだからさ、と握りしめていた右手を解く。小犬の封筒は、くちゃくちゃになっていた。

 君は死んでしまったんだもんね、そう呟くと、胸を思い切り突かれる。

 こんなに君のいない世界は僕にとって痛い。

 今でも。

 九十八通目の手紙に、初めて迷いはじめた自分の想いを書いてみた。

 君に逢いたいと願い続ける事は、もしかして君の望んでいない事なのではないかと。君は、明るいから僕が好きだといった。あなたが笑うと夜でも昼間みたいに感じるのよ、と。逢いたいと願う事、今でも君を好きだという気持ち、それらは捨てなくてもいいのだろうけれど、もう整理をつけなくてはならないのではないかと。

 聞きたくても、君は存在しない。

 僕には、真っ暗な夜だけが残されている。

 九十九通目の手紙を出した時、僕はポストをぐるぐる巻きにしている有刺鉄線に触れてみた。雨風に晒されているせいだろう、さび付いているそれは、王女様を守る為に世界を威嚇する番犬のようだ。

「……そんなに、威嚇すんなよ」

 まだ夜は息が白い。それでも、真冬ほどではなくて。

 季節は流れて色を変え、静寂も喧燥も飲み込んで時を移る。

「明日、」

 百通目の手紙が。

 僕の想いが、このポストに静かに溜まっている。

「明日、また、来るから、」

 大切な人にそっと告げる約束のように、僕はポストに触れながら言う。

 大切な人に、どうしてこの声がもう、届かないんだろう。


『君が、ひどく酔った夜を覚えている? あの日君は実家に帰っていて、僕らはひどく遠く離れていたよね。あの夏はすごく暑くてさ、夏バテでへろへろしながら君は久しぶりの友達に会うからってお酒を飲みに行ったんだろう?

 焼酎のレモン割りを三杯飲んだだけなのにって僕の携帯が鳴ったのは九時過ぎでさ。世界がグルグルしてるのよ、って、ものすごく酔った声で君が笑っていて。僕は大丈夫かって何度も聞いたけど、君は迎えに来てって繰り返すだけで。

 遠くにいるから無理だよって言ったら、君は泣いたよね。

 どうして離れてるの、って。

 わたし達は離れてちゃ不自然なのに、今すぐ迎えに来て、どうして傍にいてくれないの、って。

 泣いたよね。

 あの時、僕は仕方ないだろうとか答えた気がするんだけど、本当はものすごく悲しかったんだ。携帯の電波で繋がっている空間は、だけどすごく遠くてさ。ああ、僕はどうして今酔っている君を迎えに行ってあげられないんだろうって、僕も泣きたいぐらいだったんだ。

 理不尽な君の言葉を笑い飛ばす事の方が自然なのにね。

 酔ってる君が、目に見えるようだった。

 昼間の太陽に熱せられたアスファルトの上にさ、ぺたんと座り込んじゃって、携帯握り締めて、泣いてる君が、目に見えるようだったよ。僕に会いたくて、電話してきたのに、迎えに来てくんないんだもんな。泣くよな。当たり前だよな。

 今さ、君に逢えない僕も多分、その時の君と同じ気持ちになってるよ。

 だけど、携帯ももう通じないんだ。

 すごく逢いたいんだけどさ。

 どうして逢えないんだろう、君が死んじゃったのは知ってるし、お葬式だって参加したんだけど、どうしても、あの棺の中にいたのは君に似た人形だったんじゃないかって思っちゃうんだ。今でもね。

 君に逢いたいです。

 望みはそれだけなんだけど、誰も叶えてくれないんだ。

 僕も、どう努力していいか分からないんだ。

 いつか君と見た星がすごく綺麗だった公園に、もうすぐ桜が咲くよ。

 君に、逢いたい。抱き締めて、離さないって、君がどんなに苦しがってももう手なんか解いてやらないから、君に、逢いたいよ、ただ、それだけだよ』


 最後の方の文字が震えていた。

 百通目の手紙を封筒に入れて、僕は家を出た。

 春の匂いがする空気は薄い桃色に似ている。星の光は柔かく、低い位置で月がぼんやりと雲の紗を纏っていた。夜の、静かな世界をゆっくりと、けれどもいつしか早足になりつつ僕は進む。川沿いの空き地、そこで放置されている有刺鉄線でぐるぐる巻きのポスト。百通目の手紙を胸に抱きかかえるようにして、僕の足は前へ進む。

 本当は、何も考えていなかった。

 百通目の手紙だという意識はあったのだけれど、それだけだった。

 だから、目的のポストに辿り着いた時も、僕は半分呆けて、ただそれを見詰めて立ち止まったままだった。

「ええっと、」

 黙られていても困るんだろうな、と僕は声を出してみる。

「百通目の手紙、なんだけどさ、」

 有刺鉄線に巻かれたポストは何も答えない。

「僕は、意味のない事を、しているのかな、」

 春の匂いがする。

 鼻の奥をくすぐるように、春の匂いが。

 彼女の愛した季節の匂い。

「だけど、自分の気持ちが上手く、整理できないままなんだ」

 さびた有刺鉄線に指先で触れる。ひとりでここにいて、寂しくないのかとポストに尋ねてみる。

「もう、寒かったりしないのかな、」

 それでも触れたポストはひんやりとしていた。

 温めないと、と、ぼんやり思う。

 そして、僕はポケットから百円ライターを取り出した。濃い蒼色をした、プラスチックのライター。

 ゆっくりと火を、点ける。

 百通目の手紙に。

「君が空の上にいるのなら、」

 これで届くんじゃないかな。

 音もなく端を燃やしはじめた手紙を、そのまま僕はポストの中へ落とした。

 酸素が足りなくて、すぐに消えてしまうかもしれない。それならそれでいい。僕の想いだけが痛いほど詰まった、オレンジ色に色褪せているポストへ、最後の手紙は柔らかな炎をつれて静かに落ちた。

 やがて、くすんだ煙が立ち昇ってくる。

 手紙は火を受けて、あの九十七通目の手紙も八十五通目の手紙も、四十二通目の手紙も三十八通目の手紙も、二十六通目も、十二通目も、すべてが燃えているのだと思った。いつ火が消えるのかは分からない。ただ、今は煙が。空へ向けて、細く、静かに。

「……これが全部僕の気持ちだよ」

 空を大きく仰いで、僕は言う。

 君への、僕のありったけの、愛だよ。

 届けばいい。それだけでいい。君に逢いたい気持ちに嘘はなく、今でも逢いたいとは心底願っているのだけれど。

 僕は最後の手紙に火を点けた自分を不思議に思いながらも、ずっと空を見上げ続けていた。煙が届いて、君が手紙の内容を知って、女々しいだとか懐かしいだとか、わたしも逢いたいよ、なんて言ってくれているところを想像したら、また泣けてきた。

 もうすぐ、君が愛した春が来るよ。

 そして、君が逝ってしまった、春が来るんだ。

 どれぐらいで中の手紙は燃え尽きるのか、酸欠になって燃え残る方が多いのか、僕にはまったく見当もつかなかったけれど。

 なぜだか、彼女が隣に立って、また訳の分からない事して、と笑っているような錯覚には陥った。月は低い位置で、暖かくなりはじめている空気は甘く、星は冬のものと入れ替わり。君が揃えば、なんだか後は完璧のような気がした。

 静かに中身を燃やしているだろうポストを前に、僕は君の事を考えていた。それは、永遠に近い時間が滞ってしまい、動かないようにも見えて、僕はそこに、立ち尽くしていた。

昔、コバルトという雑誌の短編小説賞で、あといっぽ(最終選考)に残った話です。

話に救いがない、という講評をいただいてしまいました。確かに。

だけど、明るい話にはしたくなかったんです、ごめんなさい。

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