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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部・1章 星鳥燈矢
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星鳥燈矢(4)

 夏は日が落ちるのも遅い。


 地面に伸びる影を眺めながら、ひぐらしが鳴く小道をとぼとぼと歩く。


 腕時計の時刻は十八時。ITPの本社から事務所までは電車で三十分ほどの距離だが、戻りたくないあまりに食堂でダラダラと過ごしてしまったため、こんな時間になってしまった。


「明日が非番でよかった……」


 ため息をつきながら事務所の玄関のドアを開く。中里からは直帰してもいいと言われていたが、とてもそんな気分になれなかった。今日の報告書でも仕上げてから帰ろう。


「おう、帰ったか」

「星崎先輩? 待っててくれたんですか?」


 中里エネルギーサービスの採取船は定員三人だが、大の男が全員乗り込むと狭いので採取当番と非番にシフトが分かれている。


 非番の日はフレックスとなってはいるが、大体事務員の星野と同じ八時から十六時半までの勤務だ。星の配達や備品の整備を行い、溜まっている書類仕事を片付けたりする。


 採取当番の日は朝の五時から成層圏に飛び、二、三時間ほどかけて星を採取した後、減圧室で体の窒素を抜いて昼頃に戻ってくる。だから、この時間だと残っているのは社長の中里を除くと誰もいないはずだった。


「ちゃうわ。ただ単に仕事が終わらへんかっただけや」


 仏頂面でコーヒーを啜る星崎の向かいの席に座る。中里は顧客との食事会で不在。星間は用事があるため港から直帰。星野も夕飯の支度があるので定時で帰ったようだ。仕事が終わらないと言うものの、星崎の机上には何もない。


「どうやった、天下の大企業様は。実習もあったんやろ。うちと違って採取船も豪華やったんちゃうんか」

「そりゃもう、段違いでした!」


 初めてITPの採取船を見た時の興奮が蘇り、思わず前のめりになる。


 与野坂が退出した後、座学と昼食を終えた星鳥たちは、成層圏での実地研修のために港に赴いた。万が一事故が起きても住宅地への墜落を避けられるよう、採取船の発着は海上で行うと義務付けられているからだ。


 星鳥たちの住む星海(せいかい)市では元々空港だった場所を採取船の発着地として利用している。


 星の採取船とは文字通り星を取るための船で、成層圏まで到達可能な気球を採用している。昭和、平成ときて星和(せいわ)も七年目だというのに何故気球なのかというと、初めて成層圏を観測したテスランに敬意を表して――というのはただの風説で、実際はジェット機よりも安価で維持が容易だからである。


 とはいえ、前時代のように籠に乗るわけではない。宇宙船に似た船体に気球を取り付けたものだ。


 ヘリウムガスで成層圏まで到達した後は星スラスターで船体を安定させ、冷却ガススラスターで細かい姿勢を制御する。船体の形状は業者により異なり、中里エネルギーサービスは一番多い球形、ITPは気球というよりも飛行船だった。


「中が広いのはもちろんですけど、減圧室も最新式で三十分もあれば窒素が抜けるんですよ!」

「うちの半分か。それはさすがやな」


 腕を組んだ星崎が感嘆の声を上げる。


 採取スーツ内の気圧は地上よりもやや低く保たれている。地上と同一にすると、成層圏との気圧差でスーツが膨張して採取作業に支障が出るからだ。


 だが、そうすると今度は減圧症の危険が高まってしまう。


 減圧症は血中に溶け切れなかった窒素が気泡となり、肺や細胞を詰まらせてしまう症状で、重症化すると命に関わる。


 そのため作業後は体内の窒素を排出する必要があるのだが、中里エネルギーサービスの減圧室では一時間ほどかかるのが常だった。だから基本的に一日一回しか成層圏に上がれない。


「採取器はどうやった。あそこは採取ネットとAI制御の機械アームをメインで使っとるからデッキもだだっ広いやつやったはずや」

「さすが先輩、詳しいですね」

「常識やぞ。もっと勉強せえ」


 三白眼で睨まれ、肩をすくめる。


「採取ネットも機械アームも減圧室と同じく最新式でしたよ。網目が細かいから取りこぼしは少ないし、横をすり抜けたやつも機械アームが取るんで人間の出番はほとんどなさそうでした。採取量も桁違いです」

「しゃーない。うちはしがない中小や。採取量で大手に勝てるわけないやろ」


 星の採取は作業デッキで行うというのはどこも同じだが、大抵の採取業者は星が大量に発生する「流星群」の時しかネットを使わない。非常に高価な上、星同士がぶつかると質が悪くなる欠点があるからだ。故に中小に属する採取員は己の技術と経験を頼りに星取り網を振るい、大手との差を埋めているわけである。


「社屋もそうですけど、うちとは規模が違いすぎて、何かもう別世界って感じでした。ITPが日本一に君臨しているのもわかる気がします」

「その割には辛気臭い顔しとるやんけ。もっとウキウキして帰ってくるかと思うとったぞ。差し詰め、また星取られへんかったんとちゃうんか。ITPがネット採取だけで研修終わらすはずがないからな」


 ぐ、と喉が詰まる。目を逸らして誤魔化そうとしたが、前方から無言の圧を感じてボソボソと心の中のモヤを吐き出した。


「……だって、俺、四月から成層圏に上がってるんですよ? なのに、今日初めて成層圏に上がった同年代たちがバンバン取ってる横で空振りって情けないじゃないですか。みんなやけにキラキラしてるし、何か俺ダメだなあ……って! 痛っ! 何すんですか!」


 容赦のないデコピンを食らい、目に涙が滲む。


「新人が一丁前に落ち込むな。そんな暇があるなら精進せえ」


 床に置いていたリュックを手に、星崎が立ち上がる。額をさすりつつ星鳥よりも小さな背中を見送っていると、ため息をついた星崎が肩越しに振り返った。


「何しとんねん。ラーメン食いに行くぞ。今日はお前がおらんかった分、星がよう取れたからな。奢ったるわ」


 まさか、そのために待っていてくれたのだろうか。


 先輩の不器用な優しさを感じながら、星鳥は元気よくその場に立ち上がった。

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