エピローグ
『本日は帝国技研が主催いたします、流星群観覧ツアーにお越しいただきまして誠にありがとうございます。星というのは成層圏を飛来する高エネルギー物質で……』
船内のスピーカーから流れる女性の声に耳を傾けながら窓を覗き込む。一面の白い絨毯の上を滑るように、飛行機が尾を引いて空の彼方へ向かって行くのが見えた。
「すごいね。まだ上がっていくの」
食い入るように窓から離れない知幸に海人がニヤリと笑う。
「おう、成層圏は雲の上だからな。今日は高度三十キロメートルまで上がる予定なんだぜ」
「高度三十キロメートル……想像もできないな」
こうして話している間も飛行船は上がり続ける。ヘリウムガスで成層圏まで到達できるとは知っていたが、まさかこれほどとは。
「わー、見て! 一面藍色だよ。綺麗だね!」
隣で同じく窓を覗いていた裕子が子供みたいにはしゃぐ。
その姿はまだランドセルを背負っていた頃と変わっていない。裕子の笑顔を見て海人も嬉しそうに目を細める。輝く星のような笑顔には少年の頃の面影が残っていた。
海人と裕子は小学校から二十二歳を数える今まで、ずっとそばにいる幼馴染だ。海人はこの船を作った帝国技研の社長の一人息子。裕子は四年前に突如発見されたばかりの星の研究員。そして知幸は潰れかけの金属工場のしがない一人社長だった。
工場を興した父親が昨年亡くなり、さらに半年前に起きた大地震によって、長年勤めていた熟練の職人たちが次々と辞めてしまったのだ。
おかげで工場は火の車。このままでは近いうちに立ち行かなくなる。
とはいえ起死回生の一手は何も考えつかない。廃業するべきかどうか夜も眠れぬほど悩んでいた最中、海人と裕子がこのツアーに誘ってくれたのだ。
きっと知幸を励ますためだろう。最初は断ろうとしたが、二人があまりにも熱弁を振るうので、少しでも気分転換になるのならと思って参加したというわけだ。
「ゆうちゃんは星の研究員だから俺たちより詳しいだろ。星ってなんなのか簡単に説明してくれよ」
「無茶振りしないでよ、海人くん。まだわかってないことの方が多いんだから」
口を尖らせつつも、すらすらと答えてくれる。
「ええっとね。さっきスピーカーからも流れたけど、星は四年前に成層圏に突如現れた正体不明のエネルギー物質なの。発見者は宇野与一郎と……確か、海人くんのお父さんも一緒にいたんだよね?」
海人が頷く。発見者の宇野と海人の父親は知幸たちみたいに幼馴染だったそうだ。宇野は成層圏を発見したテスランを心から尊敬していて、いつか気球で成層圏に行きたいと言っていたらしい。その過程で星を発見したわけだ。
「――で、その星に含まれた未知の物質Xが、量子トンネル効果を強制的に増大させて低温で核融合を実現させる可能性が……って、ああ、何かすごいエネルギーが出て、大量に発電できるかもって思っていてくれたらいいよ」
早くも降参しそうな海人に裕子が苦笑する。
「なるほど。つまりこれからのエネルギー産業を担うかもしれない物質ってことか」
「さすが知幸くん。理解が早い。海人くんとは大違い」
「うるせぇなぁ。星の前知識も入れたし、そろそろ着くから下に移動しようぜ。そっちの方が窓が大きいからよく見られるぞ」
海人の後について細長い階段を下りる。観覧室とは打って変わって無骨な鉄扉を押し開くと、一面に精密機器が並べられた部屋が姿を現した。
水兵のような制服に身を包んだ男たちが海人に会釈する。一番奥に立っているのが船長だろう。近づく海人に気づくや否や顔をしかめた。
「坊ちゃん、また来たんですか」
「坊ちゃんって言うな。俺、もう二十歳超えてんだぞ」
「操縦席に忍び込むような輩はまだ子供ですよ」
言葉とは裏腹に船長は友幸と裕子を手招きして外が見やすい位置を教えてくれた。
確かに客席よりも窓が広い。目の前にどこまでも広がる空は、まるで青い海のように美しかった。
「ちょうどよかったですね。まもなく流星群が飛来しますよ」
スピーカーから『窓の外をご覧ください』という涼やかな声がする。素直に従って目を凝らすと、西側の窓の隅で何かが瞬いたのが見えた。
「すごいだろ。特等席だぜ」
誰もが目の前の光景に目を奪われていた。
薄緑色に発光したピンポン玉ぐらいの物体が、西から東へとものすごい速度で流れていく。それはまさしく空を駆ける流星のように成層圏を埋め尽くしていた。
「これが星なのか……」
知幸の変化に気づき、海人が口角を上げる。隣の裕子も優しく微笑んでいる。
どうして二人が知幸をここに連れて来たのかよくわかった。ただ励ましたかっただけじゃない。示したかったのだ。星は、これからの未来を作っていくものだと。
――これだけのものを見せられたら、辞めるなんて言ってられないな。
星の輝きに魅入る知幸を見つめ、裕子がポツリと呟いた。
「ねえ、知幸くん」
「どうしたの?」
「私は死んだら星になる。星になってあなたに会いに行く。だから、空を見上げることをやめないでね」
そう言って笑った裕子の瞳は、まるで夜空に浮かぶ一等星のように輝いていた。




