あの星を追いかけて(7)
秩序が崩壊した道をひたすら走る。
車道では疲れた顔をした警察官が延々と手信号を送り、歩道のすぐ脇には充電の切れた電気自動車が列をなしていた。
目的の場所に近づくにつれて怒鳴り声が大きくなってくる。ITPの本社前の道路は今日も多くのデモ隊や報道陣たちが詰めかけていた。
「すみません、社長の友人です。通してください!」
「あっ、君、ちょっと!」
必死に立ち塞がる警備員の脇を強引にすり抜け、人気のない社内に侵入する。
エレベータは使えないので、非常階段で一気に上まで駆ける。皮肉にも星を取るために続けていたランニングの効果が発揮されていた。
拓海がどこにいるのかは知らない。けれど直感でわかる。破裂しそうな心臓を抑えながら大講堂の扉を勢いよく開く。
一年前とは正反対のがらんとした部屋の中で、教壇に両手をついた拓海が気だるげに星鳥を見つめた。
「……驚いたな。こんな時にこんなところまで来るなんて。警備員は何をしていたんだ」
「動きを予測するのは星採取員の十八番だからね。悪いのは俺だから警備員さんを怒らないでよ」
荒い息を噛み殺しながら軽口を叩く。拓海は静かに笑みを浮かべた。いつもの好意的な微笑みではない。自分自身を嘲笑うような皮肉めいた笑みだった。
「どうしてここにいるとわかった? 他の社員と同じく、家にこもっていると思わなかったのか」
「君は目の前の責任から逃げる人じゃない。それに、ここは与野坂社長が立っていた場所だ。拓海くん以外の誰が立つんだよ」
夜空みたいな瞳が大きく揺らぐ。噛み締めた唇から色が消えていく。星鳥の視線から逃れるように拓海は教壇に視線を落とした。
「――誰もだ。誰もこの場所に立つ資格はない。身の安全や利権に目が眩んだ古参たちを止められず、父が築いてきた信頼も実績も全て投げ出そうとしている。たとえ星が人間の欠片ではないと正式に発表されたとしても、星産業への偏見は強く残り続けるだろう」
そこまで一息で言い切ると拓海はふっと肩の力を抜いた。限界まで張り詰めた気球からガスが漏れるように。
「今回のことでよくわかった。僕に父の跡を継ぐ資格はない。この一件が片付いたら、僕は社長の座から降りる。――僕には成層圏は遠すぎたんだ」
教壇から下り、革靴を鳴らしながらまっすぐに星鳥に向かってくる。しかし、その瞳は星鳥を映してはいない。例えるなら闇だ。星すらも飲み込むブラックホール。挫折と焦燥という名の闇が拓海の心を飲み込もうとしていた。
「何を言ってるんだよ! 今こうしている間も星を待っている人がいるんだぞ。君が諦めたら……」
「もう帰れ、燈矢。君が何を言おうともITPは自粛を解かない。これ以上、中里社長に心配をかけるなよ」
そのまま立ち去ろうとする拓海に声を荒げる。
「このままじゃ、冬馬くんの手術ができないんだ!」
目の前でぴたりと拓海の足が止まった。名取が星鳥に縋り付いたように拓海に縋り付き、星海病院の窮状を伝えた。
拓海は黙って聞いていたが、最後にただ一言、「僕は会社を守らなきゃならない」と呟いた。
「……この状況で星を取れば世間のスケープゴートにされる。中里社長も言わなかったか? 心配しなくても完全に電力の供給が絶たれるまでには政府が見解を示すはずだ」
「拓海くん……拓海っ!」
必死に追い縋ろうとしたが、駆けつけてきた警備員に拘束される。
拓海はこちらを一瞥すらしない。取り逃した星のように遠ざかっていく背中を前に、星鳥はただもがくことしかできなかった。
「星の海を開拓するって言ったじゃないか!」
力の限りに叫んだが、拓海は最後まで振り返らなかった。




