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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 5章・あの星を追いかけて
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あの星を追いかけて(6)

 記者会見から一週間が過ぎ、星鳥たちの祈りとは裏腹に世界は泥沼の状況を呈してきた。


 ITPに続いて大阪と九州の大手二社も星の採取自粛を発表し、日本よりも星反対団体の影響が大きかったキリスト教圏の各社もそれに続いた。中里たち中小企業組合は必死に抵抗したが、役所によって港は閉鎖され、成層圏に上がることすらできなくなった。


 とはいえ、最初の数日はまだよかった。電力の供給が完全に絶たれたわけではないし、政府が見解を出しさえすれば元の生活に戻れると誰もが楽観視していた。


 しかし、在庫していた星の劣化が進み、貯蔵していたエネルギーや電気が目減りしていくにつれて、不安の声の方が大きくなっていった。


 ITPは急遽代替エネルギーの生産体制に入ったが、原子力発電はすでに廃炉となっていたし、火力発電や風力発電ではとても全国の電力は賄えない。都市部では計画停電が始まり、徐々にインフラが麻痺してきた。


 電話は繋がりにくくなり、スーパーやモールは薄暗い中での営業を余儀なくされた。AIに頼っていた物流は混乱をきたし、電車はもちろんのこと、交通整備の警察官がいなくては車もまともに走れなくなった。


 星反対団体のデモ運動もさらに活発化し、至る所で星関係の施設や採取業者が襲撃の憂き目にあっている。


 中小企業同士で連携を組み、自警団を形成したおかげで、中里エネルギーサービスにはまだ直接的な被害はないが、作業服を着たままではとても外を出られなかった。


 今も大通りでデモ隊が騒いでいる。


 それでも全員揃って出勤を続けているのは、一人でいると不安ということもあったが、何よりここが自分たちの居場所だと強く感じていたからだ。


「毎日毎日うるっさいのう。あいつら仕事どないしとんねん」

「あれが仕事なんじゃない? 大多数がサクラだろうしさ。叫んでいるだけでお金もらえるなんて楽でいいよね」


 いつも通りの口調で冷静に毒を吐く星間に星崎が顔をしかめる。


「国もいつまでもダンマリ決め込んどらんと、はよ見解示してくれりゃいいのにな。テレビがつかんから情報はネット頼りやし、ネットの情報は偏っとるし、どうしようもないわ」

「国も一枚岩じゃないしねえ。論文を流出した犯人探しに忙しいのか、利権関係で揉めてるんじゃない? それか、もっと混乱させて星を使うしかない状況に追い込まれるまで待つつもりなのかもしれないよ」

「やめてくれや。陰謀論じゃあるまいし。洒落にならんで」


 はーっと盛大にため息をつく同期に苦笑しつつ冷めたコーヒーを啜った星間が、向かいで黙々と伝票を整理している星野に水を向ける。


「星野さんはここにいて大丈夫なの。あきらくんたち学校にいるんでしょ」


 計画停電が発表されてまもなく、各地の学校は自家発電を持たない家庭を対象に体育館や講堂を避難所として開放していた。星野の息子のあきらや娘のゆうも、今は学校で他の生徒たちと共に避難生活を送っているらしい。


「不安がってはいるけど、学校の方が設備も整ってるし、先生たちが見ててくれているからね。それに、私がそばにいた方が危ないかもしれないから」


 昨年、星野の元夫が襲来した事件がきっかけで、星野が中里エネルギーサービスの事務員だということはネット上に広く知れ渡っていた。写真や動画にはぼかしが入っているものの、見る人が見ればわかってしまう。


 そして、それは星鳥も同じだった。巨大星を取った張本人ということで、報道陣の質問責めから逃げ回る日々が続いていた。


「……俺のせいだ」


 唇からこぼれた言葉に星崎がいち早く反応した。


「は? 突然何言うとんのや」


 いつもの三白眼を向けられるが、一度決壊した気持ちはどうしても抑えきれない。キッと顔を上げ、激情のままに椅子から立ち上がる。


「だって、そうでしょ。俺が巨大星なんて取らなければ、こんなことにはならなかったじゃないですか!」


 涙まじりで叫ぶ星鳥をものすごい目で睨み返し、星崎が同じく立ち上がる。


「アホか! お前が取らんでも誰かが取っとったわ。ようやく一年経ったぐらいのヒヨッコが思い上がんなよ!」


 事務所の中に怒声が響いて消える。星崎の言うことはもっともだが、とても素直には頷けなかった。拳を握り締めて俯く星鳥に中里が静かに続ける。


「そうですよ、星鳥くん。これは誰のせいでもありません。今まで見て見ぬ振りをしてきた問題が一気に表面化しただけです」


 不意に両肩にぬくもりが伝わる。いつの間にか近づいてきた中里が、星鳥の肩に両手を乗せて顔を見上げていた。いつもの穏やかな微笑みをたたえたまま。


「大丈夫です。こんなことは長く続きませんよ。完全に星の在庫が尽きる前に結論は出るでしょう。何千年もかけてコツコツと築き上げた文明を手放すほど人間は愚かではないはずです」

「社長……」


 鼻を啜った時、激しく玄関のドアを叩く音がした。


 星野の肩がびくりと震え、全員の視線が玄関に集中する。


 ごくりと唾を飲み込んだのは果たして誰だったのだろうか。星間と目配せした星崎が玄関に足を向けた刹那、聞き慣れた男の声がした。


「開けてください、星鳥さん! 俺です、名取です!」

「名取さん?」


 目を丸くした星鳥に星崎が拍子抜けしたように言う。


「何や、知り合いか?」

「星海病院の事務員さんですよ。ほら、規格外品を納品した時にいつも受領印くれる人です」


 ああ、と納得した様子の星崎を横目に玄関に走る。


 不用意にドアを開けるのは危険だが、相手が名取ならば大丈夫だろう。


 そっと鍵を開けてノブを回した途端、名取がなだれ込むように入ってきた。途中でデモ隊に巻き込まれたのだろうか。いつもきっちり着こなしている事務服は土で汚れ、ところどころ破れていた。目の下のクマも色濃く、最後に会った時とは見る影もないくらいやつれている。


「どうしたんですか名取さん。こんな時に、うちに来たら危ない……」

「星を取ってください!」


 その場にいた全員が凍りついた。二の句を継げない星鳥に名取が縋り付く。


「反対団体に星の在庫をダメにされました。医療施設には優先的に電力が供給されるといえども限界があります。非常用の蓄電池もとうに尽きました」


 ひっ、と名取がしゃくり上げ、両目からとめどなく涙がこぼれ落ちる。星鳥を掴んだその手はぶるぶると震えていた。


「このままでは手術ができない! 呼吸器も電子機器も何もかも止まる! 患者さんたちの命はもう風前の灯火なんです!」


 力が抜けたようにずるずると跪き、土で汚れた額を床に擦り付ける。


「お願いです。助けてください。どうか……どうか……」


 誰もが呆然と名取を見つめる中、星鳥のスマホが震え、AIがメッセージを読み上げた。


『星鳥さん、僕、退院できないみたい』

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