あの星を追いかけて(4)
「手術の日が正式に決まったよ。六月六日だって。僕の誕生日なんて奇遇だよね」
中庭のベンチに並んで座り、冬馬が相変わらず大人びた口調で言う。その手には拓海が譲ったゲーム機が握られている。
キャッチボールに興じてから一ヶ月。暇を見つけてはこうして顔を会わせるようになっていた。適度にストレスを発散できているおかげか、冬馬の体調も四月と比べて安定しているらしい。
「二重にお祝いしないとね。ゆうちゃんも張り切ると思うよ」
「まだ成功すると決まったわけじゃないけどね。でも楽しみにしてる。退院したら、ゆうちゃんと色んなところに遊びに行く約束をしてるんだ」
ゆうと冬馬の仲は順調に進展しているようだ。その分拓海はショックを受け、何故か星間も機嫌が悪いが、星野だけはワクワクを隠せていない。
「よかったら星鳥さんも来てよ。小学生だけじゃ校区外に出られないんだけど、母さんたちは着いて来てくれないだろうしさ。叔父さんも手術が終わったらすぐに名古屋に帰っちゃうんだ」
何でもないことのように言う姿に胸が締めつけられる。冬馬とは何度も会っているものの、彼の両親とはまだ顔を合わせたことがない。腎臓の提供者も両親ではなく叔父なのだそうだ。
「引率役は任せてよ。もし予定が合えば律ちゃんたちも誘うよ。またみんなで遊ぼう」
力瘤を作るように腕を曲げると、冬馬は満面の笑みを浮かべた。その姿には初めて会った時の青白い顔をした少年の面影はなかった。
「あっ……と。もう九時か」
始業のベルが鳴る。後二、三時間もすれば星崎たちが成層圏から下りてくるだろう。中里に許可を取っているとはいえ、午後の配達も控えているし、そろそろ事務所に戻らなくては。
「ごめん、今日はもう行くね。また来るから」
「星鳥さん」
立ち上がりかけた星鳥を冬馬が呼び止める。
「本当にありがとう。手術を受けるの本当は怖かったんだ。でも、星鳥さんたちが未来の約束をしてくれたから怖くなくなった。だから、またキャッチボールしてくれる?」
「もちろんだよ!」
差し出された小さな手を握り返す。
確かに交わした約束のぬくもりは、手の中にいつまでも残り続けた。
***
「あれ? 先輩たち、もう戻ってる」
配達を終えて事務所に戻ると、駐車場に星採取用の黒いワンボックスカーが止まっていた。隣のスペースに駐車し、恐る恐る玄関のドアを開ける。
「すみません。遅くなりました」
声をかけるも、星野たちはテレビに見入っていて星鳥に気づいていない。窓際の社長席には珍しく中里もいた。何か事件でも起きたのだろうか。いつもの穏やかな笑みはなく、険しい表情をしている。
「何かあったんですか?」
ようやく星鳥に気づいた星崎がテレビに向かって顎をしゃくった。同じく気づいた星間が、聞き取りやすいよう音量を大きくしてくれる。
画面に映っているのはお昼のニュースのようだった。星野の隣に座ったタイミングで、真剣な表情をしたアナウンサーが背後のモニターに映った書類に指示棒を当てる。
『では、先ほどSNSに投稿されたこちらの論文について、専門家にお話を伺いたいと思います。篠崎准教授、どうぞ』
カメラが動き、長机の中央に座る中年男性の姿を映し出す。男は太い黒縁眼鏡をかけ、今にも脂肪ではち切れんばかりのグレーのスーツを着込み、窮屈そうに背中を丸めていた。
机のネームプレートには『星光大学星学研究室 篠崎義和准教授』と書かれているものの、どこにあるどんな大学なのか聞いたことも見たこともなかった。
「最近できたばかりの宗教大学やな。胡散臭いおっさん連れてきやがって」
星鳥の心を読んだように星崎が吐き捨てる。その表情はいつもの三割増し迫力があった。
『これは告発ですね。勇気ある行動だと思います』
腹を突き出し、准教授が得意げに語り出した。この論文は昨年の夏に取った巨大星について、国の研究機関が作成したものらしい。星鳥が配達でヒィヒィ言っていた頃に、無名の新規アカウントによってSNSに投稿されたそうだ。表紙に『機密文書』『廃棄』と押印がされていることから、義憤に駆られた内部の人間が流出させたものだろうと推測されていた。
「確かに投稿されてるわね。今も際限なく記事が伸びているわよ。みんな暇ねえ。嫌になっちゃうわ」
ため息まじりに星野が見せてくれたスマホの画面には一瞬では把握できないぐらいの閲覧数がついていた。記事の返信欄には日本語以外の文字も多数連なっていて、世界中が注目していることの証左になっていた。
『この研究結果は、あくまで巨大星だけのものなのでしょうか』
『いえ、私はそう思いません。通常サイズの星にも地球上の有機体を含んでいるものがありますよね。今までは微量すぎて検出されていなかっただけで、他の星にも遺伝子情報が含まれている可能性はあります』
テレビでは准教授が捲し立てるように話し続けているが、聞き慣れない単語ばかりで星鳥にはさっぱり理解できなかった。
「すみません。俺、全然わかんないんですけど、結局どういうことなんですか?」
あえなく降参した星鳥に星間が答える。
「簡単に言うと、星鳥が取った巨大星から人体の構成物質が発見されたんだって。それが博物館で保管されていた何十年か何百年か前に生きていた人の遺伝子と一致したらしいよ。だから星は死者の残滓を含んでるんじゃないかって言ってる」
「えっ……」
あまりのことに声が出ない。しかし星間の目は真剣で、とても冗談を言っている雰囲気ではなかった。
「な、何で? そんなことあり得るんですか?」
「人間って死ぬと火葬するやろ? その時、大気中に飛散した分子を未知の物質Xが引き寄せて星を形成しとるんちゃうかって言うとるんや」
忌々しげに舌打ちする星崎の後を中里が繋いだ。
「つまり我々は人間の欠片を日々消費しているということです。自分たちの生活のために」
とても信じられない。まるでタチの悪い幻想小説を読んでいる気分だ。しかし、そんな気持ちとは裏腹に、膝の上に乗せた手はどうしようもないぐらいに震えていた。
「ねえ、チャンネル変えて! 拓海くんが記者会見するって」




