あの星を追いかけて(2)
「それで何で僕たちも呼ばれたんだ」
両手に紙袋を下げた拓海が首を傾げる。彼は星鳥の呼びかけに応じ、超過密スケジュールを調整して時間を捻出してくれた。今日はひと月ぶりの休みらしい。服もスーツではなく、Tシャツにジーンズとラフな格好だった。
隣には同じくラフな格好をした律が歩いている。いつものきっちりとした事務員姿も素敵だが、パーカーにキュロット姿も可愛いと思う。彼女も星鳥が連絡すると、すぐさま了承のスタンプを送ってくれた。
「人数多い方がいいかなって思ってさ。律ちゃんも突然呼び出してごめんね」
「ううん。何の予定もなかったし。それに、燈矢くんのためなら……」
何故か頬を染めた律に、ゆうがひゅーひゅーと口笛を吹く。
「律ちゃん乙女ー。いいなー、私も恋したい」
「こら、ゆう。大人を揶揄うなよ」
妹を嗜めるのは星間の長男あきらだ。中学三年生になったばかりにしては大人びている。昨年の冬に会った時より背が伸びただろうか。子供の成長は早いものである。
「あきらくんも来てくれてありがとうね。助かるよ」
「いえ、星鳥さんにはお世話になっているので。俺は剣道部なんでお役に立てるかは分かりませんけど。それより、その……斉藤冬馬くんでしたっけ。こんなに大人数だと驚きませんか」
「事前に連絡しておいたから大丈夫。むしろ喜んでた」
中庭で出会った少年――斉藤冬馬に野球の話をすると約束した後、星鳥は星野に声をかけた。五年ブランクがある星鳥よりも、同い年で野球クラブに入っているゆうの方が話が弾むと思ったからだ。
星野はすぐに快諾してくれた。さらに「ありがとう! 嬉しい! どんどん連れてって!」と食い気味に感謝された。子育てとはかくも大変なものらしい。
「星鳥さん!」
中庭のベンチに座った冬馬が手を振った。今日はパジャマではなくパーカーと綿パンだ。
「ごめんね、お待たせ!」
冬馬に駆け寄り、拓海たちを紹介する。ITPの社長が来るのは冗談だと思っていたのだろう。黒いビー玉みたいな目を丸くしている。
「ちょっと、星鳥くん。冬馬くんすごくイケメンじゃん!」
星鳥のズボンを引き、ゆうが興奮した様子で囁く。星野から面食いだと聞いていたのである程度予想していたものの、ここまで食いつきがいいとは思わなかった。
「初めまして。私、星野ゆうです。野球クラブに入っているの。よろしくね!」
「初めまして。斉藤冬馬です。今日は会えて嬉しいな。たくさんお話し聞かせてよ」
素早く髪の乱れを直し、語尾にハートマークをつけるゆうに冬馬がそつなく返す。
さすが子供は順応性が高い。何度か言葉を交わしただけで打ち解けたらしく、早速ベンチで肩を並べて野球の話で盛り上がっている。
「……僕と結婚するって言ってたのに」
「まあまあ、まだ子供だから」
拓海は子供の頃、父親が仕事で忙しい時はよく星野宅に預けられていたらしい。ゆうのことも生まれた時から知っている。きっと父親が娘を嫁に出すような心境なのだろう。
「二人とも、これポケットに入れときな。膝掛けもあるからな。体冷やすなよ」
実の兄のあきらは冬馬とゆうが寒くないように充電式のカイロを渡している。星野からは最近反抗期だと聞いていたが、何だかんだ言って妹は特別なのだろう。星鳥は暴君の姉しかいないので少し羨ましい。
「お兄ちゃんありがとー。あ、そうだ。星鳥くん、あれ出して! あれ!」
「あれ?」
首を傾げる冬馬にゆうが満面の笑みを向ける。
「すごくいいものだよ! ねー?」
可愛らしい仕草に目を細めつつ、手にしていた紙袋の中身を取り出した。
「えっ、それって……」
冬馬が星鳥の手の中を食い入るように見つめる。
星鳥が持ってきたもの、それは実家の押し入れにしまい込んでいたグローブだった。実家暮らしの姉に頼んで送ってもらったのだ。冬馬の手には少し大きいかもしれないが、キャッチボールぐらいなら十分使える。
「手術は六月だったよね? それまで預けとくね。退院したら一緒に新しいグローブを見に行こう」
冬馬は星鳥からグローブを受け取ると、まるで時が止まったかのように釘付けになった。唇はわななき、目は今にもこぼれ落ちそうに見開かれている。
「それだけじゃないぞ」
拓海が紙袋から取り出したのは野球盤とゲーム機だった。
「僕が昔使ってたものだけど、よかったら」
「これで天気が悪い日も一緒に遊べるよね! 冬馬くん、どれからしたい?」
ここぞとばかりにゆうが肩をくっつける。冬馬はしばし黙って手の中の贈り物たちを見つめていたが、やがて震える声で呟くように言った。
「……これからも来てくれるの?」
「当然だよー! 私もグローブ持ってきたんだ。今日はみんなでキャッチボールしよー!」
屈託のない顔でゆうが笑う。その場にいる全員が優しく冬馬を見つめる。冬馬は顎に皺を寄せ、頬を真っ赤に染めると、ビー玉みたいな目からほろほろと涙をこぼした。
「ありがとう、ありがとう……」
その言葉はゆうの元気一杯の声に包まれ、弾けるような笑い声に変わっていった。




