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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 5章・あの星を追いかけて
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あの星を追いかけて(1)

「はい、在庫用の星三個。確かに受領しました」

「毎度ありがとうございます!」


 事務員から受領書を受け取り、星鳥は満面の笑みを浮かべた。しかし、すぐにここは病院なのだと思い直して表情を引き締める。


 目の前には中里エネルギーサービスの社屋がすっぽり入りそうなほど立派な倉庫がある。


 白で統一された重そうな鉄扉の奥には、医療道具ではなく非常用の簡易核融合炉が保管されている。星エネルギーが主流になって三十年あまり。田舎ではなかなか難しいが、都市部の医療施設や公共施設では、もし災害時に停電が起きても体制を維持できるようにエネルギー化する前の星を在庫として確保していた。ここみたいな基幹病院なら尚更だ。


「次は一週間後ですね。今日と同じ時間に納品お願いします」

「承知しました。星海病院さんには定期的に星を買い取ってもらえて、とても助かっていますよ」

「こちらこそですよ。比較的安価な規格外品を融通してもらって本当に助かっています。正規の星はなかなか買えなくて……」

「小さいものでも一個十万ぐらいしますもんねえ」


 胸ポケットにハンコをしまい込んだ事務員がため息をつく。


「本当はもっと在庫を確保しておきたいんですけど、エネルギー化するにもお金がいるし、これが限界で。星がもっと長期保存できるようになればいいんですけどね……」


 星は一週間程度で劣化が始まり、どんなに適切に保管しても二、三週間しか持たない。それ以上経つと構造変化を起こして自壊してしまうのだ。成層圏と地上では環境が違うからだと言われているが、今もその原理はわかっていない。


「星反対ー!」

「国は星の使用を即刻止めろー!」


 白い塀の向こう、星海市の南北を貫く大通りをプラカードを持った一団が通り過ぎる。


 研修の時に与野坂が言っていたように、星には様々な思惑がつきまとう。


 星依存の危険性を声高に叫ぶもの。昔みたいに原子力や火力発電に戻せというもの。中には星を人の魂だと言い、星エネルギーは命の冒涜だと風説を流すものもいる。星の採取員としてはあまり好ましい集団ではない。


「朝から賑やかですね」

「困りますよ。星がなくなれば一番割を食うのは患者さんや弱い立場の人たちです。確かに星に依存しすぎるのは危険だとは思いますけど、昔主流だった原子力発電に比べれば、環境汚染のデメリットも少ないはずなんですけどね。星鳥さんもいい迷惑でしょう?」


 憤慨する事務員に共感を覚える。彼は名を名取雄也といい、星鳥とそう歳も変わらなかった。業者との癒着を防ぐために表立って飲みにはいけないが、時折雑談を交わし合う仲ではあった。


 とはいえ時刻は午前八時。これから来院者が続々と訪れるだろう。あまり長居しては迷惑になってしまう。星崎にも怒られるし。


「じゃあ俺、そろそろ」

「あっ、待ってください。星鳥さん、これ」


 駆け寄ってきた名取が職員用のコインをくれた。これを自販機に通せば飲み物が買えるという。


「さっきの集団がまだ近くにいるかもしれないし、よかったら中庭でコーヒーでも飲んでいってください。最近、品揃えが新しくなったんですよ。今の時間なら患者さんもまだ少ないし」


 名取が笑顔で立ち去っていく。お言葉に甘えて中庭の自販機を覗くと、確かに中身が新しくなっていた。定番のコーヒーやコーンスープの他に、『疲れたあなたに! 脳天が痺れる味!』という一見して何かわからない飲み物もあある。


「あっ、これ律ちゃんが美味しいって言ってたやつだ。……『桜餅ラテ』? 何かすっごい甘そうだけど、話のタネに飲んでみようっと」


 桜が舞い散る中で桜餅を飲むのもオツなものだろう。うきうきとコインを投入しようとしたところで、下から見上げる視線に気がついた。


「君……だれ?」

「ここの患者。この格好でお見舞いのわけないじゃん」


 確かにパジャマの上に藤色のカーディガンを羽織っている。少し伸びた黒髪の下の青白い肌も、とても健康そうには見えなかった。


「ええと……。よかったら君も飲む?」

「飲めない。腎臓が悪いから。制限されてるんだ」


 端的に言い、少年は星鳥をベンチに誘った。


 春とはいえ、まだまだ風が冷たいのに長居して大丈夫だろうか。周囲に視線を走らせたものの、少年を探しに来る気配はない。そのうちに少年が「早く」と焦れたように手を振ったので大人しく隣に座る。星崎も許してくれるだろう。たぶん。


「ここに入院してるの?」

「そう。子供の頃から入退院を繰り返してる。だから友達はいない。弟が生まれてから母さんたちもあんまり来なくなった。でも、近々腎臓移植の予定なんだ。オーケー?」


 矢継ぎ早に淡々と説明され、頭も心もついていかない。いくつなのかはわからないが相当頭が良さそうだ。星間を見慣れている星鳥の目から見ても整った顔立ちをしている。あまり表情を表に出さないところは少し拓海に似ているかもしれない。


 ――そういえば、拓海くんはどうしてるのかな。


 年末に会ったきり、拓海とは連絡が途絶えていた。何しろ相手は二十二歳という若さでITPを継いだばかりだ。重圧は相当なものだろうし、港の倉庫で在庫整理を手伝った時の様子を見るに、社内での反発もそれなりにあるはずだ。


 今度、飲みにでも誘ってみようか。そんなことをつらつらと考えている星鳥に少年が剣呑な目を向ける。


「ちょっと。何、ぼうっとしてんの」

「い、いや、大人っぽいけど、いくつなのかなあって」


 考え事をしていたと言うと怒られそうなので咄嗟に誤魔化す。少年は「子供だよ。十歳」と大人びた口調で言い、星鳥ににじり寄った。


「それよりお兄さん、巨大星を取った人でしょ。ネットのニュースで見たよ。野球が好きだって本当?」

「好きって言うとあれだけど……。小学校から高校までずっと野球部だったよ」

「ポジションは?」

「外野手。打率はそんなに良くなかったけど、足が早かったから試合には出させてもらってたな。甲子園直前まで行ったこともあるよ」


 巨大星を取ったことよりも野球好きなことに食いつかれて驚いたが、問われるままに答える。ただ、自分のミスで甲子園の切符をドブに捨てたとは口が裂けても言えなかった。


「ねえ、よかったら試合の話を聞かせてよ。僕、野球が好きなんだ。手術が上手くいって退院できたら、野球クラブに入りたいって思っててさ」


 期待を込めた目を向けられて断れるはずもない。


 さすがにこれ以上長々と話していたら星崎にどやされるだけでは済まないので、今日のところは解散して次の休みに会うことを約束した。

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