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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 4章・星野あかり
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星野あかり(8)

 祈るような気持ちで十分。車は星海モールの駐車場に到着した。見渡すばかりの鋼鉄の海に一瞬目が眩みそうになる。


 クリスマス直前ということもあり、モールはひどい人混みだった。海辺のモールらしく開放的な作りになっているものの、それでもあふれかえる人いきれで気持ち悪くなる。


「星野さん!」


 入り口近くの巨大なクリスマスツリーの下で手を振る星鳥と律に駆け寄る。


 メッセージを送った後すぐに電車に飛び乗ったらしい。薄緑色の作業服に包まれた肩が激しく上下している。隣の律は不安げな顔で小さな紙袋を手にしていた。


「この辺りで見たんです。親子にしてはぎこちない雰囲気だったので気になってて。燈矢くんから連絡がきてすぐに追いかけたんですけど、見つからなくて……ごめんなさい」

「いいのよ。来てくれてありがとう。男と一緒にいたって言ってたわよね。どんな男だった?」

「三十代後半ぐらいの……第一印象は蛇みたいな感じで、神経質そうな……。あっ、サンタみたいに真っ赤なコートを着ていました!」


 背中をぞっと恐怖が走り抜けた。真冬だというのに額から汗が滑り落ちる。ようやく絞り出した声はひどく掠れていた。


「……山口だわ」


 星間の眉間の皺が深くなる。


 節くれだった指が素早くスマホを叩き、中里たちにメッセージを飛ばす。今こうしている間もゆうに危険が迫っているかと思うとおかしくなりそうだった。そんな星野を落ち着かせるように星間が力強く頷く。


「大丈夫。すぐに見つけるよ。星野さんは俺と公園を探そう。星鳥は中岡さんとモールの中を探して」

「でも、この人混みの中でどう探せば……」


 星野の言葉を遮り、星間のスマホがメッセージの通知を告げた。


『星野あかりさんの激しい転倒を検出いたしました』


 中里と星崎からも星野の転倒通知が届いたと連絡があり、全員の視線が集中する。予想外の状況に困惑していると、一週間前のゆうの姿がふっと脳裏に浮かんだ。


「スマートウォッチだわ! 子供たちがまだ小さかった頃、もしもの時のためにみんなを緊急連絡先に登録させてもらったじゃない。ゆう、私のスマートウォッチを欲しがっていて、よく持ち出そうとしていたの。ひょっとしたら、今日も……」


 転倒通知には位置情報が添付される。表示されたのは海辺の公園だ。


 誰からともなく走り出す。転倒通知を発信したスマートウォッチは警告音を鳴らし続ける。公園に辿り着くと、徐々に大きくなる電子音が聞こえてきた。周りにいる客たちが訝しげな表情を浮かべる中、真っ赤なコートを着た山口に手を引かれたゆうの姿を発見して全力で叫ぶ。


「ゆう!」

「ママ!」


 星野の姿を認めた山口が舌打ちをして、忌々しげに警告音を消した。嫌がるゆうを無理やり腕の中に抱え込み、一週間前と変わらぬ嫌な笑みを浮かべる。


「っ! お前!」


 怒りで顔を染めた星鳥が山口に飛びかかろうとしたが、すんでのところで追いついた星間と律が前後から押さえ込んだ。


 こんな衆人環視の中で暴力沙汰になれば、さすがに世間が黙ってはいない。ネットの海に漂うクラゲたちは、こちらの事情など斟酌してはくれないのだ。


「ゆうを離して!」

「離す? 何故だ? こいつは俺の娘だろ? 父親が会いに来て何が悪い」

「何が父親よ! ゆうの名前の由来すら知らないくせに!」


 星野の反抗に山口の顔が一瞬で赤くなる。


「何だその言い草は! 元はと言えばお前が勝手に出て行ったからだろうが!」


 耳が痛くなるほどの怒声。昔なら恐怖に駆られてすぐに屈服していただろう。


 でも、今は違う。星野の背後には、たった一人の子供のために尽力してくれる仲間たちがいる。星野が必要だと言ってくれる人たちがいるのだ。


 ――だから、もう怖くはない。


 まっすぐに山口を見据え、腹の底から叫ぶ。


「ゆうは私とみんなの子供よ! あなたの入る隙間なんて一ミリも空いていないわ!」


 山口の肩がびくりと震えた。星野の迫力に怯んだのだ。その隙に、かすかに緩んだ腕から抜け出したゆうが背から下ろしたランドセルを山口の足に投げつけた。


「ママに怒鳴るパパなんていらない! 帰って! もう帰ってよ! 二度と近づかないで!」

「なんだと、このクソガキ!」


 ゆうの胸ぐらを掴んだ山口が右手を振り上げる。


「星野さん!」


 星野が駆け出したのと、星間が星野の名を呼んだのは同時だった。


 揉み合う二人の間に無理やり体を捩じ込み、ゆうを背後に庇う。目の前には血走った山口の目と、大きく固められた拳がある。衝撃に備えて歯を食いしばった瞬間、広い背中が星野の視界を埋めた。


 拳が肉を打つ音と共に、一斉にシャッター音が鳴り響いた。はっと我に返った時には、背後から星鳥に羽交い締めにされた山口が地面に膝をついていた。


 真っ赤に頬を腫らした星間が地面に血が混じった唾を吐き捨てる。山口を見下ろすその目は氷のように冷たく、真冬の月のように寒々しかった。


「馬鹿な男だね。こんな素敵な女性を手放した挙句、こんな場所で醜態を晒すなんて。さぞかし、ハイエナたちのいい餌になるだろうね。――あんた、もう終わりだよ」


 誰からともなく、ごくりと唾を飲み込む音がした。重々しい沈黙が漂う。しかし、続いて聞こえた凛とした声がその場の空気を一掃した。


「星間くんの言う通りです」


 人混みを掻き分けて現れたのは息を乱した中里と星崎だった。一瞬で状況を把握したのだろう。すかさず星崎が星鳥の補助にまわる。


 中里は律からスマホを受け取ると、地面に膝をついて山口の眼前にかざした。


「あなたの愚行はすべて録画させていただきました。警察にも連絡済みです。聞けば、金を横領した疑いで職場から被害届が出されているようですね。随分と鬼ごっこが得意のようですが、もう逃げられませんよ」


 星鳥が驚いた顔で律を見つめ、律がほっとした顔で頷く。


 もしもの時のために中里が指示していたらしい。パトカーのサイレンが近づいてくるのを聞いて観念したのか、山口はそれ以上何も言わず、ただがくりと項垂れた。


「ママ!」

「ゆう!」


 ようやく取り戻した小さくて柔らかい体を力一杯抱きしめる。


 折れそうなほど細い右手首には、サイズの合っていないスマートウォッチが夕焼けの光を反射して光っていた。

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