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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 4章・星野あかり
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星野あかり(5)

 山口の来訪から一週間が過ぎた。仕事が忙しいのか、それとも機会を伺っているのか、不思議とあれから一度も姿を現していない。


 テレビでは間近に迫ったクリスマス特集を流している。


 与野坂の葬儀が終わって間もなく、拓海は父親の後を継いでITPの若き社長に就任した。以前と変わらぬ経営体制を維持すると表明したこともあり、星産業の混乱は収まりつつあるようだ。


 中里エネルギーサービスも通常営業に戻り、星鳥たちが毎日星を追いかけている。しかし、中里は未だ深い闇の中から抜け出せないようだった。


 星野たちに心配をかけまいと表面上は普段通りに振る舞っているが、ふとした拍子に一人で塞ぎ込んでいる姿を何度も目にした。


 最愛の妻に続き、無二の親友まで失ったのだ。中里にとっては両翼をもがれたに等しい。再び顔を上げるまでには途方もない時間がかかるだろう。


 それ故に、山口の相談をするのは憚られた。本当は今すぐにでも引越したいのだが、星野には保証人になってくれる身寄りがいない。保証会社を頼るのも金がいる。見知らぬ人間には気をつけろと子供たちに注意するのが精一杯だった。


 生まれる前に別れたゆうはもとより、まだ四歳だったあきらの記憶にも山口の存在は残っていない。それは山口も承知のはずだ。だから会いに来るとすれば間違いなく星野だろう。やはり金の無心なのか、それとも復縁を望んでいるのか、どちらにせよ骨の髄まで刷り込まれた恐怖が星野を縛りつけていた。


「――さん、星野さん」


 はっと顔を上げると、星間が心配そうに星野を見下ろしていた。右手に星の採取伝票を持っている。壁掛け時計の針は十三時を指していた。机上に置かれた受注伝票の束は一向に減っていない。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。さっさと処理しちゃうね」


 無理やり笑顔を浮かべ、伝票を受け取る。そのまま立ち去るかと思いきや、星間は隣の椅子に腰を下ろした。


「大丈夫? 疲れてるんじゃない? 一週間前から辛そうだったけど、何かあった?」


 直球を投げかけられて内心どきりとする。前々から聡いとは思っていたがこれほどとは思わなかった。もしくは感情を表に出してしまうほど動揺していたのだろうか。あんな男のためにこれっぽっちも心を動かされたくなんてないのに。


「そりゃ知り合いが突然亡くなったらね。決算期だから仕事もいつもより増えてるし」


 当たり障りのない回答をすると、星間は首を横に振った。


「与野坂さんのことは残念だったし、悲しむのもわかるよ。でも、それを仕事には出さないでしょ。星野さんは強い人だから」


 確信めいた口調に息が詰まる。


 咄嗟に逸らした視線が、写真立ての中で微笑む裕子に自然と向いた。永遠に変わらない穏やかな微笑み。けれど、二度と星野に向けられることはない。


 山口と対峙して思い知らされた。歳を取って強くなった気になっているだけで、あの日から一歩も動き出せていないままなのだと。


「強くないわよ、私なんて。だって――」


 鞄の中に入れっぱなしだったスマホが鳴った。いつもは家を出る前にきちんと消音するのにすっかり忘れていた。星間の言う通り随分と疲れているらしい。


『星野あきらさんからお電話です』


AIが読み上げたのは息子の名前だった。仕事中はかけてこないのに珍しい。星間が目で促してくれたので通話をオンにする。


「もしもし、あきら? どうしたの? 何か……えっ?」


 一瞬、頭が真っ白になる。胸の鼓動が大きく跳ね、視界が狭まる。けれど、不安げな息子の声がすぐに星野を現実に引き戻してくれた。


「落ち着いて。お友達の家にも電話してみるから」


 通話を切り、細く長くため息をつく。スマホを握る手はカタカタと震えていた。よくない知らせだと敏感に感じ取ったのだろう。星間の眉間に皺が寄る。


「どうしたの?」

「ゆうがまだ帰ってこないって。今日は終業式だから早く終わるのよ。遊びに行く時は一度家に帰ってから行けって言っているのに、あの子ったらちっとも言うことを聞かないんだから」


 内心の不安を誤魔化すために早口で捲し立て、思いつくところ全てに電話をかける。


 みんなゆうの行方は知らなかった。いつも通り通学路の途中で手を振って別れたそうだ。一度家に帰ってからまた会う約束をしていたのに連絡が取れないから、こちらも心配していたという。


「スマホのGPSは? 見守りアプリ入れてるって言ってなかった?」


 星間の助言に従ってスマホを操作する。電源が切れているのか、自宅近くの交差点を最後にふっつりと行方がわからなくなっていた。


 背中に汗が伝い、脳裏に山口の姿がよぎる。


「星野さん、しっかりして。顔が真っ青だよ」

「……実は一週間前に、別れた夫が来たの」


 まるで溺れるものが藁に縋るように星間に縋る。元夫が十年前と変わっていなかったこと、また来ると言っていたことを話すと、星間は鈍器で殴られたような顔になった。


「どうしたんや、姐さん」


 騒ぎを聞きつけて、シャワーを浴びていた星崎と星鳥も顔を出した。事情を説明する星間に星崎の表情が険しくなる。星鳥は今にも倒れそうな様子で星野に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。俺、あの時何も気づかなくて」

「ううん。私が悪いの。今まで黙っていてごめんなさい」


 星崎は更衣室にとって返すと、自身と星鳥の上着を手に戻ってきた。そして、ポケットから社用車の鍵を取り出し、星間に投げてよこした。


「明生、お前は姐さん連れて、ゆうちゃんが行きそうなところを車で回れ。星鳥は学校から自宅までの道を虱潰しに探すんや。もしゆうちゃんが男と一緒やったら、一人で行動せんとすぐに連絡しろ」

「はい! 先輩は?」

「俺は念の為に警察に行く。その後でお前と合流するから……」

「警察には僕が行きます」


 事務所の奥、中里の自宅に繋がる扉が静かに開いた。髪は乱れ、目の下にはクマが浮いているものの、瞳には力が戻っている。


 中里は呆然と見つめる星崎たちを横目に星野に近づくと、星鳥と同じように頭を下げた。


「すみません。僕のせいですね。僕が不甲斐ないばっかりに相談できなかったのでしょう」

「そんな……! 私こそ、こんな時にトラブルを持ち込んで……。社長には関わりのないことなのに」


 中里が首を横に振る。


「ゆうちゃんは裕子の名前を継いだ子です。言うなれば僕の孫みたいな存在だ。関係ないなんて寂しいことを言わないでください」


 そこで言葉を切り、中里は笑った。いつも星野を安心させてくれる力強い笑みだった。


「大丈夫。必ず見つけます」


 不意に、ぐ、と喉が鳴る。隣で星間が中里と同じ表情を浮かべて、静かに頷いていた。星崎と星鳥も星野を元気付けるようにまっすぐ見つめている。


「ありがとう……」


 人前で涙を流したのは裕子が亡くなって以来だった。

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