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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 4章・星野あかり
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星野あかり(4)

 夜の静寂の中、猫の額ほどの駐車場に降り立つ。


 冬の冴え切った空気が首筋を撫でて思わず肩がすくんだ。次いでくしゃみをする星野に星鳥が車の中から気遣わしげな目を向ける。


「じゃあ、また明日。でも無理しないでくださいね」

「大丈夫よ。ちゃんと出勤するわ。決算期だしね」

「そうじゃなくて……。星野さんも与野坂さんと長く過ごしてきたんでしょう? 親しい人を失った悲しみって、なかなか癒えないと思うから……律ちゃんみたいに」


 強く、まっすぐな瞳が星野を見つめる。殻を穿いたヒヨッコだとばかり思っていたのに、いつの間にここまで成長したのだろうか。


「ありがとう。いつ律ちゃん呼びになったのかはまた聞くからね」


 顔を真っ赤にして慌てる星鳥に手を振り、ドアを閉めて車から離れる。星鳥はまだ何か言いたそうだったが、やがてゆるゆると車を発進させて夜の闇の中に消えていった。


 星野の部屋は四階建てのアパートの三階だ。ベランダを見上げると、穏やかなオレンジ色の明かりが窓から漏れていた。


 子供たちはまだ眠らずに待ってくれているらしい。こういう時のために作り置きのカレーやシチューを冷凍しているからお腹は満ちているだろう。母親の忙しさを承知しているのか、最近ではあきらが作ってくれることも多いし。


「私の分、残っているかしら」


 温かな我が家に向かって足を踏み出す。その瞬間、機を見計らっていたように植え込みの陰から長身の男がゆらりと現れた。


 月明かりが照らし出した姿にあっと声を上げる。


 フレームのない眼鏡の奥に隠れた蛇のような目。酷薄そうな薄い唇。それは十年前に別れた元夫――山口実だった。


「久しぶりだな、あかり」


 ざらざらとした声が星野の背筋を舐めていく。笑う度に神経質そうに片頬をひくつかせる癖は昔と変わっていない。唯一違っているのは、常に身につけていた質の良いスーツが一山いくらの既製品になっていることだ。


 クリスマスを意識しているのか知らないが、まるでサンタみたいな真っ赤なコートが滑稽さを強調している。シャツに皺が寄っていることといい、革靴が汚れていることといい、あまり生活に余裕がないと見てとれた。


「どうしてここがわかったの」

「ネットだよ。便利な世の中だよな。ストリートビューにお前が映ってた。顔にはぼかしが入っていたが、お前の体は飽きるほど見たんだ。すぐにわかるさ」


 下卑た笑い声に吐き気が込み上げてくる。十年前に逃げ出した時からあれだけ写真には気をつけていたのに。まさかそんなところに落とし穴があったとは。


「それにコートの下に制服を着ていただろ? 巨大星の件でお前の会社は有名になったからな。調べればすぐに割れた」


 星野が黙っているのをいいことに、山口が得意げに言葉を続ける。


 相手が子供なら、よくできたねと褒めてもやるだろう。けれど、星野は山口の母親ではない。頬を撫でる風よりも冷たい声で、「だから?」と切り捨てる。


「離婚は成立したでしょ。今更何の用よ。言っとくけど、お金は貸さないわよ。子供たちの学費に全部回すんだから」

「俺を物乞い扱いするな!」


 突然の怒声に肩がビクッと揺れる。幸いにも怒りに目が眩んだ山口には気づかれなかったようだ。もし気づかれていたら、さらに調子に乗らせるところだった。


 不審に思ったらしいアパートの住民が窓を開ける音が聞こえ、山口が顔を大きくしかめる。世間体を気にするところも昔と変わっていない。目の前の暴君は小さく舌打ちをすると、星野の横を通り過ぎざまに囁いた。


「……また来るからな」


 アスファルトを叩く革靴の音が遠ざかっていく。それが完全に聞こえなくなってようやく、星野は詰めていた息を吐き出した。


 少しでも歯向かうと途端に機嫌を損ねるところも健在だった。それに怯える星野自身も。


「変わってないのは私もか……」


 その声は冷え切った夜の中に溶けていった。

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