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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 4章・星野あかり
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星野あかり(1)

「母さん、俺の剣道着どこ?」

「玄関に置いといたって言ったでしょ。あっ、こら、ゆう! ママのスマートウォッチ持ち出さない!」

「ちぇー、バレたか。もう使ってないからいいじゃーん」

「あんたにはまだ早い! いいから早くご飯食べなさい。遅刻するよ!」


 星野の朝は戦場だ。母親に似て先の見通しが甘い子供たちを何とか学校に送り出し、ほっと息をつく間もなく出勤する。


 家から事務所までは愛用のママチャリで十分の距離だ。これ以上時間がかかっていたらとても十年も働けなかっただろう。ちらちらと舞い散る雪を蹴散らすようにペダルを漕ぐ。


「ギリギリセーフ!」


 事務所に飛び込んでタイムカードを押す。AI全盛期といえども、時代から取り残されたこの事務所ではあらゆることが前時代的だった。


 星間の生暖かい視線を感じながらコートを脱ぎ、パソコンの電源をつける。制服にはあらかじめ着替えてきた。コートを着る真冬だからこそできる暴挙である。


「おはよう。今日も大変だね」


 数多くの女性を蕩かせた笑みを浮かべ、星間がコーヒーカップを差し出す。星野の好みど真ん中の少し甘めのカフェラテだ。相変わらず如才ない後輩に思わず苦笑する。


 律儀に一定の距離を保つ星崎に比べると、星間は随分と気安く接してくれる。


 詳しくは知らないが、子供の頃に母親と生き別れたらしい。だから二児の母である星野に甘いのかもしれない。


 本来ならそれとなく線を引いた方がいいのだろうが、今更恋をする気もないし、イケメンに優しくされて悪い気はしないので、ありがたく心遣いを受け取っている。


「ありがとうー。毎朝同じことばっかり言って、もう本当に大変よ。昔に比べるとあきらがゆうの面倒を見てくれるようになったから少し楽だけど」

「あきらくん、もう中二だっけ。大きくなったねえ。俺がここに入った時は九歳だったのになあ。ゆうちゃんは小四?」

「そうそう。四歳違いの兄妹だからね。子供の成長はあっという間だわ。私も歳を取るわけよね」

「星野さん、まだ若いじゃん。三十二歳なんてこれからだよ」

「お世辞はいいの。それより仕事仕事! 今日の採取当番は星崎、星鳥コンビよね。社長はもう外回りに出たの?」

「誰かわからないけど電話がかかってきて急いで出て行ったよ。何か約束かな?」

「予定表には何も入ってないけど……。忘れてたのかしら。社長らしくないわね」

「最近お疲れみたいだからね。星野さんも無理しないでよ」

「大丈夫大丈夫! 元気なのが取り柄だからねー」


 笑いながら軽やかにキーボードを叩く。時刻は午前八時。そろそろ採取作業も中盤戦に突入している頃だ。中里は与野坂宅に寄るだろうから、戻りが遅くなるかもしれない。


 与野坂はITPの社長であり、中里の幼馴染だ。星野とも十年来の付き合いである。秋あたりから体調を崩して自宅療養しており、暇を見つけては星野も何度か見舞いに行った。まだ五十八歳といえども、無理が利かない年齢なので心配である。


「今年も無事に締められそう?」

「たぶんね。このままトラブルが起こらなければ」


 話す間もキーボードを叩く手は止まらない。夏に巨大星を取った影響がまだ持続しているらしく、ありがたいことに注文をたくさんいただいているのだ。ただでさえ冬は暖房を使うから星の需要が増す。さらに中里エネルギーサービスは十二月が本決算なので、年末が近づくにつれて星野の仕事も修羅場を迎える。


 事務員と言うが星野の仕事は何でも屋だ。営業、人事、金策は中里が担当しているが、その他のことは全て星野に回ってくる。


 事務所を快適に保つのはもちろん、社員たち一人ひとりの健康管理に、毎日の弁当の手配など数え上げればキリがない。男性陣が全員出払っている時は代わりに配達したりもする。おかげで一人でも電球を変えられるようになったし、若い頃は不可能だと思っていた車の免許も気合と根性で取得した。


 変則的な勤務の星間たちとは違い、星野の勤務は八時から十六時半までで固定されていて、子供たちの都合に合わせて早退もできる。子供たちがまだ小さい時は事務所に連れてきて働いたし、かなり恵まれた職場だと思う。


 学も頼れる親戚もない星野がこうして人並みの生活を送れるのも、全て中里の妻、裕子のおかげだ。裕子がいなければ今頃星野はボロ雑巾のようになっていただろう。


 キーボードを叩く手を止め、机上の写真立ての中で穏やかに微笑む老女に笑みを向ける。ここに初めて足を踏み入れてから十年が経った。できることなら、これからも働き続けたい。せめて子供たちが独り立ちするまでは。


「はい、中里エネルギーサービスです」


 着信音が鳴る前に受話器を取る。昔は電話が怖くて躊躇していたが、今ではお手のものだ。それどころか誰に強制されたわけでもないのにワンコールで取るのを信条にしていた。


『……僕です』


 電話の相手は中里だった。しかしいつもの元気がないというか、やけに声が湿っぽい気がする。


「社長? どうしたの?」


 まさか泣いているのではと思った時、鼻を啜った中里が震える声で続けた。


『海人が……与野坂が亡くなりました。今、星海市民病院にいます』

「……え?」

「どうしたの、星野さん。社長に何かあった?」


 向かいで星間が心配そうに眉を下げる。


 事務員として採取員を不安にさせてはいけない。いつも通り笑い返そうと思うものの、強張った頬は一向に動いてはくれなかった。

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