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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 3章・星間明生
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星間明生(8)

「この度はご迷惑をおかけいたしました」


 事務所の玄関先で百貨店の紙袋を差し出した律が頭を下げた。腰まで伸ばしていた髪は肩まで短くなっている。どうも丸の内の事務員というのは本当だったらしい。太陽の光に映える白いブラウスと紺色のタイトスカートは彼女によく似合っていた。


「いいのよー。うちの星間がイケメンなのが悪いんだから。本当に罪な男よねー」


 しっかり紙袋を受け取った星野が普段より一オクターブ高い声で返す。


 隣で頷いているのは星鳥だ。どういう手管を使ったのか、二人は律と連絡先を交換してそれなりに仲が良くなっていた。律がキャバ嬢を辞めたと知ったのも二人から伝え聞いたからだ。夜職が悪いとは言わないが、元経験者としてはできるなら彼女には姉の分も日向を歩いて欲しかった。


 小倉はあれ以降姿を見せていない。事務所にも迷惑電話はかかってこなくなった。


 過去から逃れることはできないが、少なくとも今は足を取られてはいない。そのことに心から安堵する。


「あの子、一時期しおれとったけど、元気になってよかったな」

「うん。だいぶ表情も明るくなったよね。お姉さんの――奈津子さんのことを飲み込むには、まだ時間がかかるだろうけど」


 言葉を交わす三人を、星間と星崎は自席で見守っている。振り上げた拳を下ろすのに了承はしてくれたが、過去の遺恨がなくなったわけじゃない。今はこうして姿を見せてくれるだけで十分だった。


「今度、星鳥と一緒に奈津子さんのお墓参りに行かせてもらうことにしたよ。律ちゃんに二人きりは嫌だって言われたからね」

「かまへん、かまへん。こき使うたれ。こういう時の後輩や。あの子もその方が嬉しいと思うで。見てみぃや、あれ」


 星崎が玄関を指差す。ちょうど律が星鳥に話しかけているところだった。


「星鳥さんもごめんなさい。ホストクラブに潜入までさせちゃって。怖かったでしょう」

「ううん! こう言っちゃなんだけど、いい経験になったよ。それに君は怒っているよりも笑ったほうが綺麗だと思う。君の笑顔が見られるなら、これぐらいお安いご用だって」


 胸を張って言い放つ星鳥に律が目を丸くする。そして口元を隠すように手をやると、白い頬を一瞬で薔薇色に染めた。


「あいつ、ホンマ天然たらしやな」

「現役時代の俺よりすごいよ。ナンバーワンホストになれるかも」


 ふふ、と肩を揺らしあい、改めて星崎に向き合う。


「今回の件は本当にありがとう。俺はいい同期を持ったよ」

「お互い様や。お前には前の上司の件で心配かけたからな。これからも遠慮せんといつでも頼れや。――だから辞めんなよ、明生」


 喉からしゃっくりみたいな音が飛び出た。下の名前で呼ばれたのもそうだが、密かに考えていたことが見抜かれていたからだ。


「……何で気づいたの」

「お前、自分が言うほどややこしい性格とちゃうで。こちとら五年も一緒に働いとんねん。そのポケットの紙切れよこせ」


 言われるまま白い封筒を差し出す。この一件が完全に落ち着いたら出そうと思っていた辞表だ。星崎はつまらなそうに辞表を一瞥すると、躊躇なく破り捨てて足元のゴミ箱に放り込んだ。


「どうせまたトラブル起こすのが怖いっちゅう理由やろうが、くだらんこと考えんな。こんな騒ぎ今に始まったことちゃうやろ。お前やって、何かあったらいつでも言えって俺に言うてくれたやんけ。もう忘れたんか」


 小さく首を横に振る。


 何か言おうと言葉を探したが、震える唇からは何も出てこなかった。


「あーあ、柄にもないこと言うてしもた」


 星崎が目を逸らして頬を掻く。その耳はかすかに赤くなっている。


「唯一の同期がおらんくなると困るんや。あのヒヨッコの面倒、一人で見るのは大変やからな。お前もあいつの成長もっと見たいと思うやろ」


 星野に冷やかされて頭を掻く後輩の背中を見つめる。入ってきたばかりの時は自信なさげに丸まっていたのに、今は成層圏に向かってまっすぐに伸びている。


 なかなかどうして頼もしく見えるものだ。


 固く閉ざされていた蕾が花開くように、唇が綻んだ。


「まあ、それも楽しそうだね」


 その時、律と目が合った。


 相変わらずその視線は険しい。けれど、瞳の奥にたぎるような炎はもう見えなかった。

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