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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 3章・星間明生
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星間明生(3)

 真新しいスマホの紙袋を手に事務所に向かう。星崎たちはもう成層圏から戻っているようだ。玄関のドアを開くと、机上の固定電話がけたたましく鳴り響いていた。揃って席についた星野たちが必死な顔で受話器を手にしている。


「え? 何これ。何でこんなに賑やかなの」


 状況もわからず、自席の受話器を取る。


 その途端に、星間を罵る言葉が耳をつんざいた。


 暴力男だとか、女たらしだとか、脈略のないことを一方的に捲し立てられて通話を切られる。受話器を手に呆然としていると、業を煮やした星崎が全ての電話線を抜き、ようやく事務所に静寂が戻った。


「あー、やっと静かになった。星崎くんたちが戻ってくれて助かったわ。パニくっちゃって、電話線抜くの思いつかなかった」

「前職でもクレームはようあったからな。証拠さえ取れれば、こうするのが一番なんや。――おい、星鳥。呆けとらんと整備の続きしてこい」


 ぐったりと椅子に座っていた星鳥が慌てて工場に駆けていく。


「あの、星崎」


 振り返った星崎の眉間の皺が渓谷のように深くなった。


「お前、何で連絡無視すんねん。何度もメッセージ入れたし、電話もしたんやぞ」

「スマホが壊れて……。ごめん、何があったの?」


 黙って差し出されたスマホを受け取る。画面には青い鳥が二羽連なったマークが映っていた。世界で最も利用者が多いSNSだ。該当の箇所を指差され、思わず絶句する。


「何だよ、これ……」


 広いネットの海にポツンと放流されていたのは、星間が女を振り払った瞬間の写真と、地面に尻餅をついて泣く女を見下ろす姿を捉えた写真だった。


 かろうじて目に黒線が入っているが、ハッシュタグに会社の名前が入っているので意味をなさない。投稿者は女本人ではなく義憤にかられた知人のようだが、とても本当とは思えなかった。投稿記事には星間を断罪する文章が長々と綴られており、それに便乗する返信が延々と伸びている。


「お前、この女と会ってたんか」

「会ってたんじゃない! 家の前で待ち伏せされてたんだよ。これも突き飛ばしたわけじゃなくて、抱きついてきたのを防ごうとしたら腕が当たっちゃって……」


 慌てて説明する星間を星崎が冷静に制止する。


「お前が女に暴力振るう男やないってぐらいわかっとるわ。周りに誰かおらんかったんか。近くに防犯カメラは?」

「平日の夕方だもん。あの辺りは工場ばっかりで人はあまりいないし、古いアパートだから防犯カメラもない」

「その上、相手の素性もわからん……か。けったくそ悪いな」 


 重々しいため息が事務所の中に満ちた。


「社長は? まだ外回り?」

「いや、弁護士に相談に行っとる。こんなんじゃ仕事にならへんからな。社長も『星間くんに限って女性に暴力を振るわけがありません』って言うとったぞ。星鳥も『こんなのありえません!』って珍しくキレとったし」


 仲間たちの信頼に胸が熱くなる。込み上げる涙を隠そうと俯く星間の肩を星崎が優しく叩いた。


「まあ、すぐに解決するやろ。あんま気にすんな」

「そうそう。取り合えずお昼食べない? お腹空いちゃった」

「姐さん、そればっかりやな」


 二人の笑い声を聞きつけたのか、工場へ続くドアが勢いよく開いた。


「俺もお腹空きました! ガッツリしたもの食べたいです!」

「いいわね! 今日は奮発しましょ」


 星野がいそいそとメニューを開き、星鳥と星崎が顔を突き合わせてどの弁当にするか話し始める。さっきまで受話器が鳴り響いていたとは思えない光景だ。


 その賑やかな声は、何よりも星間の胸に響いた。



 ***



 昼食を終えて一時間ほど経った頃、中里が戻ってきた。跳ねるように椅子から立ち上がる星間の姿を認め、いつも通りの微笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。迷惑電話の件は警察にも相談してきました。SNSの投稿者には削除依頼を出し、応じなければ情報開示請求をします」

「電話はどうするの?」


 事務員としては一番気になるところだろう。星野の問いに中里は穏やかに答えた。


「しばらく留守電にしましょう。業務妨害罪で訴えるにしても、証拠を集めておくに越したことはありません」


 警察。情報開示請求。あれだけ迷惑をかけたくないと思っていたのに大事になってしまった。申し訳なさで胸が潰れてしまいそうだ。


「すみません。俺のせいでご迷惑をかけて」

「迷惑なんて思っていません。従業員を守るのが僕の役目です。君は何も悪くないのだから堂々としていなさい」


 優しい声にまた涙腺が緩んだ時、事務所のインターホンが鳴った。


「俺、出ます!」


 調教された犬の如く星鳥が玄関に走っていく。しかし、すぐに困惑した表情を浮かべて戻ってきた。


「どうしたんや」

「昨日の女の人と怖そうなおじさんが星間先輩を出せって……」


 事務所の中に緊張が走る。


 星崎と目配せした中里が来客を応接室に通すように告げた。


「星間くん、君は事務所にいてください。来客は僕と星崎くんで対応します」

「いえ、向こうの目的は俺です。俺も一緒に入ります」


 中里の唇がかすかに開く。ダメだと言おうとしたのだろう。しかし、星間の目を見ると諦めたように唇を閉じ、小さく頷いた。


 目眩で揺れる床を踏み締めて応接室に向かう。星野と星鳥のこちらを気遣う視線が胸に痛かった。

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