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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 3章・星間明生
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星間明生(2)

 結局、夕方まで事務所にいた。暮れ始めた空の下、見慣れた道を一人歩く。


 採取員の例に倣って、星間の家も事務所からそう離れていない。本当はまっすぐ帰る気分ではないが、明日も仕事があるから無理はできない。


 夜型だった星間にとって、朝四時起きは相当きついものがあったが、五年も働いているとさすがに慣れた。星については特に興味もないが、採取船で成層圏まで上がって星を取り、昼頃に戻るというシンプルさは気に入っている。完全週休二日ではないものの、日祝は必ず休みだし、有休だってちゃんと使える。


 中里エネルギーサービスはいい会社だ。できるなら迷惑をかけたくない。


 今日の出来事を思い返しながら歩いていると、うらぶれた工場街の中に建つ我が家が見えてきた。今時オートロックも防犯カメラもない古びたアパートだが、転職した時から住んでいると、それなりに愛着が湧いてくる。


「何か疲れたな……。今日は早く寝ちゃおう」


 そう独りごちながら階段を上ろうとした時、アパートの陰に誰かが立っていることに気づいた。


明生(あき)さん!」


 さっき事務所に押しかけてきた女だ。腰まで伸ばした黒髪を翻し、厚底を鳴らしながら駆け寄ってくる。その顔は星間に会えた喜びに満ちあふれていて、一瞬知り合いなのかと錯覚してしまった。


「会いたかった!」

「ちょっと待って!」


 咄嗟に両手を前に突き出し、今にも抱きついてきそうな女を制止する。まるで野生動物に相対したような姿勢だが、背に腹は変えられない。


 意外にも女は素直に足を止めた。ジリジリと距離を測りながら女を観察するも、やはり出会った覚えはない。歳は星鳥と同じぐらいだろうか。ゴスロリというのか、黒いメイド服みたいな服を着ている。キャバ嬢、女学生、会社員、主婦――今まで数々の女が押しかけてきたが、目の前の女はかなり異質だった。


 経験上、こういうタイプが一番手強い。現に今もこちらの動揺はよそに、キラキラとした目で星間を見上げている。幻想と夢の中に囚われている証拠だ。それも、とびきりタチの悪そうな。


「あのさ。俺たち初対面だよね。何で家まで知ってるの。下の名前だって……」

「星の採取は朝早いから採取員は職場の近くに住むんですよね? 星間なんて珍しい名字はそうそうないし、行動範囲を絞れば家を見つけるなんて簡単ですよ。下の名前を知っているのは……愛の力です!」


 こちらの言葉を遮って捲し立てる姿に背筋が寒くなった。


 どうやら随分前から目をつけられていたらしい。愛の力なんて誤魔化しているが、郵便物を盗み見たに違いない。


 ――これは誰かに助けを求めないとダメだ。


 気づかれないよう慎重に、ズボンのポケットに入れていたスマホに手をかける。しかし、取り出すよりも早く女が星間に抱きついてきた。


「やめてって!」

「きゃっ」


 咄嗟に振り抜いた右手が当たり、女が盛大に尻餅をつく。


 左手から滑り落ちたスマホが地面で大きく跳ね、ガラスの割れる嫌な音がした。


 同時にどこかでシャッター音がした気がしたが、辺りには誰もいない。


「ひどぉい。私は明生さんが好きなだけなのに」


 つけまつ毛で覆われた目に両手を当て、女がシクシクと泣き出した。嘘泣きなのは見え見えだが、手を出してしまった手前放ってもおけない。一定の距離は保ったまま地面に膝をつき、女の顔を覗き込む。とてもじゃないが手を差し出す気にはなれない。


「ごめん。大丈夫?」


 女は顔を隠したまま、その場に立ち上がって駆け出して行ってしまった。素性も目的も何もわからないままだった。できることなら星間に幻滅して二度と現れないでほしい。


「星占いって当たるんだね……」


 ため息をつきながらスマホを拾う。ひび割れた画面の中に疲れた星間の顔がいくつも映っていた。完全に壊れたらしい。どれだけいじっても電源がつかない。非常に困るが、今から家電量販店に行く気力はない。


「あーもう……。明日は午前休をもらったし、一日ぐらい大丈夫だよね。起きたらすぐに買いに行こう」


 無理やり自分を納得させて階段を上る。背中のボディバッグがやけに重かった。


 この判断が間違っていたと思い知らされるのは翌日のことだった。

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