星間明生(1)
「あの人を出してよ!」
扉の向こうから女の金切り声が聞こえてくる。
星野と星鳥が何とか落ち着かせようとしているが効果はないようだ。脳裏に『今日の水瓶座は最下位です』とAI占いの声が蘇る。
不幸中の幸いだったのは中里が日課の外回りで不在だったことだ。ただでさえ星間たちを養うので大変なのに、これ以上苦労をかけたくはない。
一体、何度こんな目に遭えばいいんだ。
応接室に身を隠しながら星間はため息をついた。
「何やっとんねん、あんた。ここは関係者以外立ち入り禁止やぞ」
星崎が出勤したらしい。途端に事務所の中に安堵感が漂う。
こういう時の同期は本当に頼りになる。しばらく何事か揉めた後、玄関のドアが激しく閉まる音がして、荒々しい靴音が徐々に遠ざかっていった。どうやら女は諦めて帰ったようだ。
「もう大丈夫やぞ」
星崎の声に促されて恐る恐る応接室を出る。
午前休を取って気分転換したのだろうか。ついこの間まで渓谷みたいに刻まれていた眉間の皺は綺麗さっぱり消え失せていた。
「ごめんね、みんな。本当に助かったよ」
「すごかったですね、あの人。やけに星間先輩に執着してましたけど……。まさか彼女ですか? それとも元カノ?」
「違うよ。顔を合わせたこともない。そもそも早朝から勤務で、毎日家と会社と港の往復しかしてないんだから、彼女作る暇があるわけないじゃん。今日だって港からまっすぐここに戻ったでしょ」
「星間くんモテるもんねえ。大方、街で見かけたイケメンを追いかけてきたってところじゃないの? いつもと同じで」
「やだなあ、もう。他人事だと思って」
揶揄いを含んだ声に唇を尖らせる。突然事務所に押しかけてくるような人間にモテても嬉しくはない。それに、星野だけにはそう思われたくなかった。
「いつも?」
首を傾げた星鳥に星崎が答える。
「こいつ、女に押しかけられんの初めてやないんや。この御面相やし、人当たり柔らかいから関わったお姉ちゃんは大抵ファンになんねん。バレンタインなんてやばいで。事務所に山ほどチョコ届くからな」
「えっ、すごい」
目を輝かせた星鳥が尊敬の眼差しで見る。半年近く共に働いているが、未だかつて見たことのない目だ。尊敬されるなら仕事でされたかった。
「やめてって。チョコだって、いつも送り返してるでしょ。望まない好意を向けられても、お互い不幸なだけだよ」
肩を落としてため息をつく星間に、星崎が同情のこもった視線を向ける。
「もうすぐ退勤時間やけど、あの調子やったら待ち伏せしとるかもしれへんぞ。しばらく事務所におったらどうや」
チラリと玄関に視線を走らせる。気配は完全に消えているが、今までの経験上、星崎の意見はもっともだった。それに、ここにいれば頼りになる仲間がたくさんいる。一人になるよりは安心だろう。
「そうする。まだ仕事残ってるしね」
空気を変えようとしたのだろう。星野がことさら明るい声で言った。
「とりあえず、お昼のお弁当頼む? 腹が減っては戦はできないわよー!」




