星崎直輝(5)
カーテンから差し込む光で目が覚める。
時刻は四時ちょうど。いつの間にか休日でも早朝に目覚める体になってしまった。
外はまだ薄暗い。遠目に見えるビルの根元をうっすらと朝焼けが染め上げている。
成層圏の青い海とは違う赤い海だ。すぐに起きる気になれず、煎餅布団の中でぼんやりとスマホを眺めていると、星鳥からメッセージが届いていることに気づいた。
妹と同じ犬のスタンプだ。拝むように両手を合わせ、顔の横に『ごめんなさい』と書かれた吹き出しが浮かんでいる。謝るべきはこちらなのに。
『ゆっくり休んでね。無理しちゃだめよー』
星野からもご機嫌伺いのメッセージが入っていた。その下には猫の肉球スタンプが連打されている。きっと癒しのつもりだろう。星野は猫派だから。
ふ、と唇を緩ませながらトーク画面をスライドしていく。次の通知を確認したところで指が止まった。
『この前から悩んでるよね? もし何かあったならいつでも言って。いくらでも話聞くから』
普段の人当たりの良さに反して、星間のメッセージはいつもシンプルだった。隠し切れずに情けないと思う反面、気づいてくれて嬉しいとも思う。五年前もこうして気にかけてくれる人がいたのなら、辞めずに済んだのだろうか。
トーク画面の一覧には鈴宮の名前も表示されている。先週、別れ際に連絡先を交換したのだ。五年前に捨てたものが、今になって戻ってきたことに人生の不思議を感じる。
「そろそろ決めんとな……」
どうも二度寝はできそうもない。
寝癖でボサボサの頭を掻きながら、気だるい体を起こした。
***
休みといっても特に用事はない。
街に出るという気分でもないので、当てもなくブラブラと散歩していると、無意識に事務所の前まで来ていた。当然ながら玄関にはシャッターが下り、中に人気はなかった。中里もまだ眠りについているだろう。
鳥の鳴き声だけが響く中、中里エネルギーサービスと書かれた看板を見上げる。昔は中里金属だったらしいそれは、時代から取り残されたような外観の事務所には似つかわしくないほど真新しく見えた。
――今の俺もあんな感じなんかな。
ぼんやりとそう考える。
どれだけ追い詰められていたとしても、五年前の行為は社会人として認められるものではない。鈴宮は何も言わなかったが、残された側は大変だっただろう。
家族にだって、どれだけ心配をかけたか知れない。母親はショックで一時倒れたし、妹には『気づかなくてごめんね』と泣きながら謝られた。
中里に拾われて穏やかな日々を過ごす中で、星崎は少しずつ自尊心を取り戻した。けれどボロボロの中身にどれだけ真新しいペンキを塗り重ねたところで、本質は何も変わっていないのではないかと思わない日はない。
星鳥の面倒を見ているのも鈴宮を守りきれなかった代償行為なのではないか。いずれ自分も上司みたいになってしまうのではないか。その疑問は星鳥を育て始めた頃から、ガスで満たした気球のように膨らんでいった。
それなら、いっそ今のうちに身を引いた方が星鳥のためになるのではないか。そう思った刹那、背後から肩を強く引かれた。目を大きく見開く。そこに立っていたのは、五年前、星崎を散々打ちのめした男だったからだ。
「佐藤編集長……」
「覚えてたんか、俺のことを」
夢にまで見たのだ。忘れるはずもない。当時の記憶が一気に蘇って、全身から汗が吹き出した。喉もカラカラで声が出てこない。情けないことに両手はかすかに震えていた。
「お前には世話になったな。お前が分をわきまえんと噛み付いてきたせいで、この有様や。業界から弾き出されて、今はフリーのライターで何とか食うとる。それに比べてお前は何や? 過去は綺麗さっぱり忘れて、第二の人生を歩んどるつもりか?」
佐藤がずいと顔を近づける。その目は真っ赤に血走り、やけに爛々としていた。
「慰謝料や。慰謝料をよこせ。散々迷惑かけやがって。テレビで見たで。さぞかし儲けとんのやろ?」
生臭い息。顔を背けたいのに目が離せない。話を聞く価値などないとわかっているのに、どうしても突っぱねられないのだ。
どうする、どうすればいい。拒絶すれば中里に危害を及ぼすかもしれない。同じ東京にいるなら鈴宮に会いに行く可能性もある。警察を呼んでも来るまでに時間がかかるだろう。
――金で解決するなら、その方がいい。
それなら星崎が我慢さえすれば済む。
唇を噛み締め、ズボンのポケットに恐る恐る手を伸ばした。
「先輩?」




