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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 2章・星崎直輝
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星崎直輝(2)

 定時に事務所を出て、太陽が照りつける街を一人歩く。


 九月に入ったとはいえ、外はまだまだ夏の気配を残している。


 星の採取は早朝から始まるので、残業がなければ十三時半には退勤できる。最初は慣れなかったが、五年経った今では当たり前になった。どんな場所でも人間は順応するものだ。それがたとえ成層圏の中でも。


 目指すは駅ビルの中にある本屋だ。星の採取員は仕事の性質上、職場の近くに住むのが鉄則なので、こうして用事がない限り駅に足を運ぶ機会は少なかった。


「おっ、あったあった」


 レジ前で平積みにされていた小説を手に取る。今日発売されたばかりの新刊だ。言動と態度から星鳥と同じ体育会系と思われがちだが、星崎は読書が趣味のインドア人間だった。電子書籍がメインになった今でも、紙の本を手にすると心が躍る。


 閉店時間を気にせず買いに来られるのは採取員のいいところだ。ほくほく顔でレジに並んでいると、手書きのポップが飾られた雑誌の棚が目についた。星海市の飲食店を集めたグルメ雑誌や旅行雑誌の他に、豪華な付録がメインのものもある。


 星崎が注目したのは昭和レトロな文字が躍る文芸誌だった。よほど浮かれていたのだろう。いつもは気をつけているのに、今日が発売日だということをすっかり忘れていた。創刊当初から変わり映えのない表紙に項垂れる男の幻影が重なり、手の先が冷たくなるのを感じる。


 五年も経つのにまだ引きずっているのか。


 普段、星鳥にあれだけ偉そうなことを言っているのに我ながら情けなくなる。くたびれたスーツを脱ぎ捨て、薄緑色の作業服に袖を通した今も中身はあの日と変わらないままだ。


「お待たせしました。次の方、どうぞ」


 レジの店員に促され、無理やり足を動かす。


 さっきまでの高揚感はとっくに消え失せていた。


「星崎?」


 本屋を出たところで背後から呼び止められ、肩がびくりと震える。振り向くと、先ほど脳裏に思い浮かべた男が歓喜と困惑が入り混じった表情を浮かべて立っていた。



 ***



 駅ビルの中にある喫茶店で男と向かい合う。


 星間みたいに人好きのする柔和な顔に、色素の薄い長めの髪がよく似合っている。


 男は星崎の元同期の鈴宮涼介だった。五年前は頬がこけて幽鬼みたいな顔色をしていたが、あの頃と比べると随分と健康そうになった。安心した反面、どうしてこのタイミングで再会したのかと内心ため息をつく。


「びっくりしたよ。あんなところで会うなんて」

「俺もや。こっちに来てたんやな」

「東京にも支社ができたんだ。二年前に転勤してね。さっきは本屋に挨拶回りをしていたんだよ。会えてよかった」


 アイスティーのグラスを置き、濡れたテーブルをさりげなくおしぼりで拭く。そういう細やかさは昔と変わっていない。星崎の机もよく掃除してくれたものだ。


「元気そうだね」

「お前もな。ちょっと太ったんとちゃうか?」

「やだな。元に戻ったんだよ。入社前は今と同じぐらいの体型だったんだから。星崎だって……」


 そこではっと息を飲み、鈴宮は取り繕うように笑みを浮かべた。


「星崎も東京にいるのは知っていたから、ずっと連絡を取ろうと思っていたんだけど、なかなか時間が合わなくてさ。星の採取業者で働いているんだろ?」

「何で知っとんねん。まさか調べたんか?」


 前の会社を辞めた時は何も言わずに東京に出て、そのまま中里に拾われたから誰も今の職場を知らないはずだった。狼狽する星崎に苦笑しながら、鈴宮が右手を顔の横で振る。


「違う違う。先月、流星群を取りに行っただろ? テレビに映ってたよ」


 確かに報道陣は大勢いた。しかし、星鳥と違って星崎は特に活躍した覚えはない。数少ない知り合いから『無茶すんなよ』と労られ、実家の妹から『無事でよかったよー』と泣き顔の犬のスタンプがついたぐらいだ。


「ヘルメットで顔はあんま見えへんかったやろ? よう気づいたな」

「そりゃ、あれだけ気合の入った関西弁で怒鳴ってたらね。俺以外にも気づいた人いるんじゃないかなあ。それに……」

「それに?」

「……いや、何でもない。あの子は後輩?」


 星鳥のことだろう。いつもの間抜け面を思い浮かべた途端に肩の力が抜け、驚くほどすらすらと言葉が出てくる。


「そや。最近、ようやく星を取れるようなったペーペーでな。テレビでは持ち上げられとったが、まだまだ手ぇかかってしゃあないで」


 それをきっかけに、お互いの現状の話になる。鈴宮は相変わらず元の職場で働いているらしい。よかったと思うものの、過去が過去だけに複雑な気持ちだった。


 すっかり氷が溶けたアイスティーをストローで掻き回し、鈴宮が呟くように言う。


「……星崎はちっとも変わってないね。星から体を張って後輩を守るなんて、なかなかできることじゃないよ」

「同僚にも言われたわ。せやけど、同じ立場になったらお前もやるやろ?」

「俺はできなかったよ。わかってるだろ」


 寂しそうに眉を下げ、まっすぐに星崎の目を見つめる。


「なあ、星崎。お前にずっと言いたかったことがあるんだ」

「何や、改まって」

「戻ってこないか?」


 息が止まりそうだった。


 今聞いたことが、とても信じられない。


 けれど、鈴宮の目は真剣で嘘をついている様子ではなかった。


 何も言えない星崎に鈴宮が畳み掛ける。


「星崎が辞めた後、社内の体制が変わってあいつも辞めていったんだ。今はどこにいるかも知らない。だから……もう一度、俺と一緒に仕事をしないか」


 俄かに降り始めた雨が窓を叩く。


 雨や風が強いと採取船は飛ばせない。星鳥が残念がるなと思いながら、「考えさせてくれ」と返すのが精一杯だった。

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