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あの星を追いかけて  作者: 遠野さつき
第1部 2章・星崎直輝
12/49

星崎直輝(1)

「取れた!」


 歓声を上げる星鳥を生暖かい目で見守る。


 はしゃぎすぎやろ、と思うものの声には出さない。


 流星群から一ヶ月が経ち、世の中も少しは落ち着いてきた。ニュースやネットでしきりに取り上げられて一躍時の人になったものの、星鳥は愚直に職務を続け、道を踏み外すこともなければ調子に乗ることもなく、今日も成層圏で星を追いかけている。


 星の採取率はまだまだ星崎や星間には遠く及ばないが、入社したての頃が嘘のように毎回成果を上げるようになった。最近では体を鍛えるためにランニングを始めたそうだ。元々体育会系というのもあるのだろうが、こういうひた向きな情熱は星崎にはないところで、素直に感心する。


「先輩! 取れました!」

「わかっとるっちゅうの。子供みたいなことすな。風に煽られ……」


 不意に強い風が吹いて星鳥の体が傾いた。星スラスターを噴射して全力で駆け寄り、デッキから落ちそうになった星鳥の体を掴む。


 目を丸くした後輩の両手には取ったばかりの星。離さなかったのは天晴れだが、採取中は気を抜くなとあれだけ言っているのに。一ヶ月前、死にかけたのをもう忘れたのか。


「セ、セーフ」


 フェイスシールドの向こうの間抜け面を睨む。


「バカたれ!」


 成層圏に星崎の怒声が響き渡った。



 ***



 事務所に戻ると、非番の星間が星野とのんびりお弁当を食べていた。


 こうしてシフト制で回せるようになったのも星鳥が入社したからだ。星間と二人だった頃は毎日成層圏に上がっていた。星の採取は最低でも二人以上の人員がいる。船外作業は常に危険と隣り合わせだからだ。


 幸いにも星間は器用で人当たりのいい性格だったので、仕事にストレスを感じたことはない。それでも何度か事故を起こしかけてヒヤリとしたことはある。人員が少ないと一人頭の作業量が増えるため、どうしても安全管理が疎かになるのだ。


 それに、どちらかが欠勤した時は途端に立ち行かなくなってしまう。今のところ大病も大怪我もなく何とか回せてはいるが、前職を心身の不調で退職した経緯があるので、己の体力を過信はできなかった。


 だから社長が星鳥を連れてきた時は心底安堵したものだが、まだまだ尻の青いヒヨッコは成層圏に上がる度に星崎をヒヤヒヤさせている。


「今日は七個取れたんだって? そのうちの二個は星鳥が取ったって聞いたよ。だいぶ成長したね」

「その星鳥はどこや。先に戻ったはずやねんけど。シャワー室か?」

「備品を整備してから浴びるって。工場にいると思うよ」


 ここは元々、金属加工専門の町工場だった。工作機械を全て売却して星採取業者に転換した今も、倉庫とは言わずに工場と呼んでいる。今いる事務所は中里の自宅を一部改装して建てたプレハブだが、まだ新しい分、冷暖房完備で居心地はいい。


 事務所の中央には古びた事務机が四つある。星崎の席は星間の隣だ。向かいには星野と星鳥の席がある。すだれ状のブラインドがかかった窓際には、社長席として中里の机がポツンと置かれている。


 中里は今日も外回りらしい。星崎たちを養うために老体に鞭を打って尽力してくれているのだ。その労を思うと、早く星鳥を一人前にしてやりたかった。星間ほどの器用さも頭もない星崎には、それぐらいしか貢献できることがないからだ。


「星鳥、何したの。落ち込んでたけど」

「気ぃ抜いてデッキから落ちそうになった」


 それだけで察したらしい。椅子に座った星崎に柳眉を下げる。


「そっか……今回はさすがにダメだね。採取員には多い事故だし、一ヶ月前にもやったばっかりだもん。慣れてきた頃が一番怖いんだよね。だから早めに切り上げてきたんだ」

「せっかくモノになってきた後輩に死なれたら困るからな。明日……は休みやから、休み明けからもう一回鍛え直したる」


 鼻息を荒くする星崎に星間が笑う。


「星崎って妹さんいるんだっけ。何かお兄ちゃんって感じだよね。面倒見いいし」

「そうか? 同じ立場やったら、お前も同じことするやろ?」


 星間は黙って席から立ち上がると、備品棚から新品のタオルを投げてよこした。いつもは雑巾手前のタオルしかくれないのに珍しいこともあるものだ。


「一応忠告しとくけど、流星群の時みたいに自分を犠牲にしちゃダメだよ。星崎は他人を優先し過ぎる癖があるから」

「いや、そうでもないやろ。どんな聖人君子やねん」

「まあまあ、話はそれぐらいにしてシャワー浴びてきなさいよ。正直、汗臭いよー」


 お弁当を食べ終えた星野が割って入ってきた。


 大先輩には逆らえない。席を立ち、シャワー室に向かう。


 中里エネルギーサービスは比較的大通りに面した場所に事務所があり、北側に中里の自宅、西側に工場と中庭がある。シャワー室は工場がフル稼働していた時代から中庭の片隅に建てられているプレハブで、こちらは事務所とは違い古臭さが否めなかった。


 工場のトタン屋根の下で黙々と採取器の手入れをしている星鳥を横目にシャワー室に入る。


 作業服の下のシャツはぐっしょりと汗で湿っていた。採取スーツは防護性に優れ、マイナス五十度の過酷な環境でも採取員の命を守ってくれるが、完全密閉されている分、蒸れやすいのだ。最新式の採取スーツならその辺りも改善されているのだろうが、悲しいかな、中小企業にそこまでの財力はない。


 巨大星の利益があるので、いずれは新調してくれるかもしれないが、星崎の目から見ても中里エネルギーサービスは左うちわとはいえない状況だった。


 ぬるめのシャワーを浴びながら、さっきの星間の言葉を反芻する。そんなに他人に尽くしているつもりはないが、はたからはそう見えるらしい。


「……俺なんて、全然やけどな」


 脳裏に一人の男の姿が浮かぶ。罵声を浴びせられ、丸まった背中。その間に割り込んだ自分。振り下ろされた拳。そして――。


「あかん、やめやめ。くだらんこと考えとる暇なんてないわ」


 頭の雫と共に嫌な思い出を振り払う。ざっと体を拭き、更衣室で着替えていると、手入れを終えた星鳥がしょんぼりと入ってきた。


 星間や星野にもやんわり注意されたらしい。表情が比較的明るいのでフォローもされたのだろうが、己の迂闊さに心底落ち込んでいる様子だ。実家の大型犬を思い出す。


「反省したか」

「しました。ごめんなさい」


 素直な態度に、ふ、と唇が緩む。


「腹減ったやろ。シャワー浴びたらラーメン食いに行くか」


 星鳥が目をぱちくりする。普段は近所の激安弁当だから驚いているのだろう。


「え? 奢りですか?」

「違うわボケ。心配かけた罰や。お前が出せ!」


 自分よりも高い頭にヘッドロックをかける。腕の中で、星鳥が楽しそうに笑った。

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