プロローグ
開け放たれた窓の外で桜色の雨が降り続いている。ちらちらと舞い散る花びらは、これから死出の旅へと赴く人間を送り出すには美しすぎた。
真白いシーツの海を泳ぐのはすっかり細くなった指だ。中里はともすればこぼれそうな涙を飲み込み、愛しい妻の手を握り締めた。
何十年も触れ続けてきた小さな手のひら。黒子の位置ですらはっきりと覚えているというのに、もう二度と見られなくなる日が来ようとは考えたくもなかった。
こんなことなら、もっとそばにいればよかった。
もっと喜ぶことをしてあげればよかった。
後悔に苛まれる中里を嘲笑うようにベッド脇の心電図が不規則な線を描き、あえかな呼吸がぜいぜいと苦しそうなものに変わる。
「やだ、やだ、裕子さん……」
「ゆうちゃん……」
終わりの時を察して、背後に控えた星野と与野坂が悲痛な声を上げた。
手を握る力の強さで中里の恐怖を感じ取ったのだろう。ゆっくりと目を開いた裕子が最後の気力を振り絞るように手を握り返し、いつもと変わらぬ調子で微笑んだ。
「知、幸、くん。私、ね。約束を、守るから」
「約束?」
問い返すも裕子は答えない。満足げに息を吐き、ゆっくりと目を閉じる。その少女みたいな安らかな顔は、まるで自分の死を完全に受け入れているように見えた。
「待ってくれ! まだ行かないでくれ!」
心が引き裂かれんばかりに叫ぶも、その願いが叶えられることはなかった。
新作開始いたしました!
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