第一回 ー禁域への道ー
――静寂を破るように、
声が降りてきた。
『……理を受け継ぐ者たちよ。
この世界は、記憶によって形を保つ。
されど、記憶は痛みを伴う。
汝らは、それでも
“記す覚悟”
があるか――?』
その声は、
水の底から響くように柔らかく、
しかし一語一語が胸の奥に
重く刻まれる。リュカとセイルは、
泉の前で膝をついた。
水面が淡く光り、
そこに龍の影が浮かぶ。巨大な瞳が、
ゆっくりと二人を見下ろしていた。
「……水竜アクルス。」
セイルが呟く。
『我は、記録を見守る理の竜。
お前たちは
“失われた理”
の流れに触れた。
このままでは、
世界の均衡が再び乱れる。』
リュカが息をのむ。
「……失われた理……?」
『“白”は、
理を記すために生まれた。
だが、その記憶は封じられている。
封印を解くには、理の
“禁域”へ行け。』
声が静かに響き渡る。
水面に映る景色が変わり、
霧の中にひとつの道が現れた。
それは、湖の奥深くへ
続く細い蒼の道。
空気さえ凍るような静けさ。
『禁域の扉を開くのは、
理を継ぐ者と、記録を拒む者。』
アクルスの声が消える。
ただ波紋だけが残り、
泉は再び沈黙に戻った。
⸻
レアとアリアが駆け寄ってくる。
「今の声……まさか、水竜が?」
セイルは頷いた。
「“禁域”
に行けと……そう言われた。」
アリアの表情が強張る。
「……禁域――
“エル・ノウス”。
リヴェリスの記録でも、
誰も立ち入ったことのない場所。
理の源であり、すべての記憶が還る場所。」
「行けば、何がわかるの?」
レアの問いに、
セイルは答えずにリュカを見た。
リュカは拳を握りしめていた。
「行かなきゃいけない。
俺の中にある
“空白”
……あの声の意味を確かめるために。」
「でも、危険よ!」
レアの声に、リュカは静かに微笑んだ。
「大丈夫。
俺は、理を
“受け継ぐ”と決めた。
たとえそれが、どんな痛みでも。」
その横で、セイルも一歩前へ出る。
「俺も行く。
この国の継承者として、理の
“記録”
を確かめる義務がある。」
アリアはしばらく沈黙したのち、小さく頷いた。
「……わかりました。
ただし、
“泉の封印”
が完全に開く前に戻ってきてください。
でなければ、
二度とこの国には戻れません。」
その声には、淡い悲しみが滲んでいた。
⸻
準備を終え、二人は殿堂を出た。
湖上の道を渡り、霧の奥へと進む。
水面を渡る風が冷たく、どこか遠い声が
ずっと呼んでいるように感じた。
「……なあ、セイル。」
リュカがぽつりと呟く。
「ん?」
「お前……怖くないのか?」
セイルは少しだけ笑った。
「怖いさ。
でも……“理を守る者”
って、そういうものだろう?」
「理を守る……か。」
リュカは空を見上げた。
曇り空の向こうに、かすかに白い光が滲んでいた。
⸻
霧が深くなり、視界が揺らぎ始めた。
足元の水路が次第に歪み、
やがて二人の前に巨大な門が姿を現す。
蒼い石でできた双扉。
表面には無数の文字が刻まれており、
そのすべてが微かに動いていた。
「……これが、
“禁域”の門。」
セイルが呟く。
リュカは剣を握りしめた。
「開けよう。
ここから先に、俺たちの
“記録”がある。」
二人が門に手をかけたその瞬間、
冷たい風が吹き抜けた。
どこからともなく、アクルスの声が再び響く。
『――記す覚悟があるなら、進め。』
蒼の光が二人を包み、
門がゆっくりと開き始めた。
霧の向こうには、どこまでも深い
“記憶の闇”
が広がっていた。




