第三回 ー封じられた追憶ー
泉の光が静かに消えていく。
ただ水音だけが残り、三人の影を揺らしていた。
セイルはしばらく沈黙していたが、
やがて口を開いた。
「……“白の理”
それは、古い記録に
ほんの一度だけ出てくる名だ。」
レアが息をのむ。
「第六の理、って……本当にあるの?」
「伝承の中だけなら、ね。」
セイルは静かに笑った。
「五つの理が世界を作り、一つとなりて
“虚”を封じ、
そして最後に現れた
“白”は、
それらすべてを
“統べる存在”
として語られている。
……だが、
“記録”がない。
存在の証明がどこにも残っていないんだ。」
リュカは泉を見つめたまま、ゆっくりと呟いた。
「……でも、確かに
“感じた”。
あの光は……
俺の中の何かに、反応していた。」
セイルの瞳が、リュカを真っ直ぐに見つめた。
「白の理は、
“すべてを記す理”
だと言われている。
他の理がそれぞれの力を
持つのに対し、白は
“理そのものを映す鏡”だ。
つまり――
君がそれを見たということは、
君自身が
“理の記録者”
なのかもしれない。」
「理の……記録者……?」
リュカは小さく繰り返す。
その言葉の重みを感じながら、
彼はただ、胸の奥に冷たい水が
落ちていく感覚を覚えた。
⸻
その夜。
リヴェリスの宿舎の一室。
静かな灯りの下、リュカは一人、
机に絵本を広げていた。
だが、ページは沈黙したままだった。
蒼の理を映したはずの絵本が、
今はまるで眠っているように、何の反応も示さない。
「……やっぱり、俺は……
何も知らないんだな。」
彼は呟き、ページをなぞる。
文字の代わりに浮かんだはずの光も、
今は見えない。
その時――
背後で、軽い足音がした。
「……リュカ。」
レアだった。
彼女は静かに椅子の横に立ち、
しばらく無言で絵本を見つめていた。
「……もう、光らないの?」
「うん。
多分……
“俺の中の何か”
が、まだ目を覚ましてないんだ。」
レアは少し笑った。
「それなら、待てばいいわ。
炎の時もそうだった。
あなたの理は、いつも遅れてやってくる。」
リュカは苦笑した。
「慰めが上手くなったな。」
「旅が長いと、誰でもね。」
二人の笑い声が、
淡い灯の下で溶けていった。
その時、扉の向こうから静かな声がした。
「――二人とも、起きていたか。」
セイルだった。
彼の手には、水晶の鍵が握られている。
「“記憶の殿堂”
へ案内しよう。
君たちの見た
“光”
の答えは、そこにあるかもしれない。」
⸻
夜明け前のリヴェリス。
湖の上に浮かぶ水晶の塔が、
青い月光を反射して輝いている。
霧の中、三人の影がその前に立っていた。
「……これが、
“記憶の殿堂”。」
レアが息を呑む。
塔は静かに脈動していた。
その表面には無数の記号が刻まれ、
まるで世界の記録そのものが、
壁に宿っているようだった。
セイルが鍵を掲げる。
「殿堂は
“記憶を持つ者”
にしか開かない。
だから――
君たちの力が必要だ。」
リュカとレアは互いに頷き、
それぞれの竜宝印を手にする。
紅と蒼の光が交わり、
塔の扉が静かに震え始めた。
“記憶を継ぐ者よ、ここに至れ。”
低く、荘厳な声が響く。
扉の中央に、三人の姿が映った。
「行こう。」
セイルの言葉に、
リュカは再び絵本を抱きしめた。
(白の理……
俺の中に、それがあるのか?)
扉が光に包まれる。
その先にあるのは、記録か、真実か。
そして三人は、
“記憶の殿堂”
の入り口へと歩みを進めた。




