第五幕:《赤の花の契約》
やあ、君。愛を知る悪魔は美しい。
だが、美しさはいつも滅びを孕む。
ボクと悪魔は、秘密の娼館で語り合い、
そして、愛の代わりに“裏切り”を贈り合った。
【物語】ファウスト(5)〜盗賊探求者の幻視〜
【第五幕】
やあ、君。ボクらは、また冒涜的な娼館にいる。ここにファウストと悪魔が話をしているからだ。
彼らの関係は誰にも知られたらいけない秘密だ。こんな場所じゃなきゃ、まともに話せない。
第四幕はファウストの叔父を名乗る男が現れて、ファウストが乙女のようにときめいた所までだった。
男はジャファーと名乗り、ファウストを探してたという。
彼は本当に魔術師なのだろうか?
「ファウスト。なんだ、その顔は?」と悪魔が金色の目を彼に向ける。
端正な顔には、少年を心配する優しさが込められていた。
「まるで、女だ。男のアレを、わかるだろ?欲しがってる顔だ」
その時、ファウストの目がギラっと光る。
「ふざけるなよ、悪魔。ボクは、叔父にであったんだ。たぶん、魔術師だ」
魔術師の名が出てきた時の悪魔の顔は、自分の持ち物を取られたから、取り戻そうとしたけど、相手が強かったからためらう男の子の顔をした。
「魔術師か。神の反逆者だ。だが、悪魔とは違う。叔父とは、彼から?」と悪魔。
「そうだ。」とファウスト。
「魔術の先輩として、話すが。
ーー信用するな。
魔術師は相手の心を知る道具がある。お前とは違う、ファウスト。」
ファウストは両手をこぶしの形にした。侮辱された気持ちでいっぱいになる。
「ファウスト。お前は子どもなんだ。少し、背を伸ばした子どもだ。俺たち、パートナーだ。長い関係だ。そうだろ?」
ファウストは下唇を噛む。
「お前には分からないよ。悪魔なんだから」
その時の悪魔の顔は、ただ悲しげだった。
「そうだな。お前は、名前も聞いてくれない」と悪魔は微笑んでみせた。
二人は見つめ合った。
どれだけ長く見ていたのか、
二人が気づかなかったくらい。
こっちが、痛々しくなる。
先に少年が口を開いた。
「...名前を、名前を聞かせたいの、ボクに?」と甘いセリフが流れた。
悪魔にとって初めてだった。
彼の金色の瞳がゆらぎ、大きくなる。
その目をボクらは朧月の、あのぼやけた月として見たことがあるよ。
少年の知性の鎧が外されて、
悪魔の前で無防備にさらされた。
彼が、そう思うくらいに、少年の言葉は甘かった。
「聞かせたい。君だけにーー」と悪魔は喘ぐように呟く。
「ーー君には、知って欲しい。」
「なら、もっと近づくんだ。ボクのために」と少年は不敵に笑う。
「ここで?ーーわかった。」
悪魔は、
ゆっくりと、
その美しい顔を
少年の鋭い目に近づいていく。
前のめりになって、
テーブル越しが焦ったいかのように。
二人の唇が重なり合うか合わないかの時、少年の目はギラリと光った。
「ボクに大人は二人も要らないーー」
刹那だ。
悪魔の胸に突き立てられた魔法の短剣は滑り込むように、悪魔の胸に沈む。
悪魔は刺されながら、
ああ、
ああ、
と小さな呻きをあげた。
それは大声を出したいけど、
周りに聞かれたら困ると、
恥じらうように。
「ーーオレは君が好きだ。オレは君を、君だけを愛してるーー」
悪魔の最期を見届けず、少年は優雅に立ち上がると、その場を去る。
なんでもないかのように。
だけど、歩きながら、ふと彼は頬に手を当てた。自分の頬を撫でながら歩いてた。
冒涜の場で、
血が赤い花のよう咲いた。
(このようにして、第五幕は赤の花びらと共に幕を閉じる)
血が咲いた。
それは愛の花でも、呪いの証でもない。
ボクは悪魔を刺した。
だが、刺しながら、心のどこかで理解していた。
この痛みは、ボクを人間にする。