冬
この国には季節の塔と呼ばれる不思議な塔があります。
その塔には、昔から四人の『季節の女王様』と呼ばれる美しい女王様が順番に住み、近くにある村や国に季節を届けるのです。
国の人達は、巡る季節に心をウキウキさせ、楽しい日々を過ごしていました。
しかし、ある日を堺に『冬の女王様』が塔から出てこなくなってしまいました。
それでは大変です。国には冬しか来なくなり、このままでは国民が寒さで死んでしまいます。
王様は、これをなんとかさせるために若者を集めていいました。
「季節の塔から出てこなくなってしまった『冬の女王様』を無事城の外から連れだした者には、沢山の褒美を用意しよう!」
この物語は、春を訪れさせた一人の少年の話――
「やっぱり寒いなぁ……」
若者は、パラパラと振る雪を見上げながら呟きました。空は厚い雪雲が敷き詰められていて、辺りは昼なのにどんよりとした暗さで覆われています。
暖かい格好をしてるとはいえ、冬の女王様がいらっしゃる間の外は、とても寒いのです。
でも、それはきっと女王様だけのせいじゃありません。
若者の服装はところどころほつれがあって、その度に縫い合わせられた跡があります。
「でも、ご褒美のためだ。頑張ろう」
若者は気合を入れ直し、お城で待っているだろうご褒美のためにまた歩き始めました。
ご褒美があれば家族に良い思いをさせてあげられます。
そう考えると、若者の歩く足に力が湧き上がってきます。
目指しているのは、お城のある王国から少し離れた場所にある『季節の塔』という場所でした。
そこにいる『冬の女王様』を連れ出し、次に待ってらっしゃる『春の女王様』と代わってもらい、いつもよりも長い冬を終わらせていただくことが目的です。
どんな方法で連れだそうか、若者はそのことをずっと考えていいました。
「……僕なんかにできるかな」
はぁ、と若者が吐いた息が白は真っ白でした。
そもそも、冬の女王様が外に出てこないのかが分かっていないから考えても無駄かもしれない、若者はそう思いました。
「なんとかなるかなぁ?」
会った時にでも考えようと、若者はそのままズンズンと歩いていていきました。
「うわぁ、高い塔だなぁ……」
空に届きそうな程の高さの塔を見上げます。ポカーンと口が開き、若者の空いた口に雪が入ってしまいました。
「冷たっ!?」
口の中に入ってしまった雪の冷たさを我慢しながら、若者は季節の塔の扉を見ました。
人の何倍もの大きさの扉の前には、王様からのご褒美のために押しかけた人たちでいっぱいでした。
ドンドンッ!! 沢山の人達は扉を力強く叩き、中にいる冬の女王様に扉を開けてもらおうと、大きな声で叫んでいます。
「女王様、ここを開けて下さい!!」「冬を一緒に終わらせましょう!!」「まずは出てきてから、話し合いましょう!!」
しかし、堅く閉ざされてしまっている扉は、ピクリとも動きません。
まるでイタズラがバレた時に、物置小屋に隠れてる若者の妹のようです。
「あんなんじゃ、女王様も出てこれないよ。それに、あの人の多さだったら、あの扉からは入れないよね」
若者は少し考えます。今の方法とは違う方法じゃないと、女王様は出てこれないと思ったからです。
「もしかしたら、裏口とかあるかも……」
あんなに大きな扉を、一回一回開くのは大変です。若者は、早速塔の裏側に向かうことにしました。
塔の裏側も、真っ白な雪に覆われていました。
もうすでに若者と同じ考えをした人が居たのでしょうか、沢山の足跡が真っ白な地面に数多くあります。
若者も裏口を探してみますが、見つかりません。
「うーん、やっぱり裏口は無いのかな?」
ふと、季節の塔を見上げます。レンガ造りのしっかりとした塔は天高くそびえ立ち、若者を見ろ下ろしています。
「ん、あれは?」
若者は、塔の上の方に何かを見つけました。
「あれは窓かな……? あ、そうだ!」
綺麗な装飾がしてある窓を見つけ、若者は何かを思いついたように手を叩きました。
「これなら行けるかもしれない!」
若者は、目を輝かせました。
「ふう、ドキドキした……」
目眩がしてしまいそうな程、地面が遠のいています。
若者は、先程見つけた塔の窓から、塔の中に入り、一息つきました。手汗でベトベトになった手をズボンで拭います。
若者は、素手で塔の壁を登り、なんとかこの塔の中に入ったのです。
何度も落ちそうになりながらも、若者は必死にかじかむ手を動かしながら登り切ってしまったのです。
普通の人であれば落ちて怪我をしてしまうことを考えて、やめてしまうでしょう。
でも、若者は普段から高い場所で作業をしていたため、なんとかなりました。
「さて、女王様を探さないと」
若者は疲れた表情をしながらも、辺りを見渡します。
どうやら、若者は大きな円状の壁に沿って作られた螺旋状の階段にいるようでした。
階段に柵はないようで、円状の真ん中は塔の最上階まで続く吹き抜けとなっています。
冬の風が、吹き抜けの中を通りぬけ、ボウボウと動物の唸り声のような音を鳴らしていました。
上には綺麗に装飾されたステンドグラスがあってキラキラとしています。
下には光の届いていないのか、真っ暗で何も見えないようでした。
「落ちたら死んじゃうよね」
若者は体をぶるっ、っと震わせながら、どちらに進もうか考えます。
「下には何もなさそう。だったら、上に行ってみようかな」
若者はそうと決めたら、弾むようにして階段を登っていきます。
タンッ、タンッ、タンッ。
塔の中は、若者が鳴らす靴の音しかありません。
「本当に、女王様はいるのかな?」
若者は急に不安になってきました。あまりに塔の中が静か過ぎて、この塔の中に自分以外はいないんじゃないかと思ったからです。
「いなかったら、家に帰って温かいスープを飲もう。それくらいの贅沢は許されるよね」
若者は、そんなことを考えながらも、ズンズンと階段を登っていきます。
どれくらい歩いたでしょう。登っていた階段が終わり、少し広い踊り場が現れました。
「終わりかな……?」
ハァハァ、と息を切らしながら、若者は踊り場に座り込んでしまいます。
今まで生きてきた中で、一番つかれた表情をしながら、若者は視線を上に向けました。
「うわぁ……」
そこには、先程は遠かったステンドグラスが、目の前にいっぱい広がっていました。
外は、どうやら夜らしく、暗い背景の中で、星と月の光によって照らしだされたステンドグラスに、若者は言葉を失いました。
積もっている雪なのでしょうか、キラキラと白い光を放っているのが、余計に若者を夢中にさせます。
夜の訪れで暗くなった階段の中を照らす天然の明かりは、若者の疲れを吹き飛ばすほど綺麗でした。
「よし、休憩はおしまい。女王様を探そう」
と、そこで若者の後ろから音が鳴りました。
「あなたは……だれですか?」
綺麗な女の人の声が聞こえ、若者は振り返りました。
そこには、とても綺麗で真っ白な女の人が立っていました。
「――それで、私をここから連れ出したいというわけですね?」
「はい……」
若者は、とても緊張で声を震わせながらも、なんとか頷きました。
先ほどの真っ白な女の人――冬の女王様は、綺麗な顎に手を当て、少し考える仕草を見せました。
透き通るほどの真っ白で長い髪に、湖のように澄んだ水色の瞳。まるで、その人が冬を表しているかのようなそんな感じだと、若者は思いました。
全部が雪色の、少し肌寒い部屋に若者が来たのはついさっきのことです。
踊り場にあった扉の向こう側の季節の女王様の部屋に入れていただき、若者は自分がなんでここに来たのかの説明を始めました。
季節の女王様は、若者の話を聞いている時、とても難しそうな顔をしていました。
「ですが、それは受け入れられませんね」
「えぇ!? な、なんでですか?」
冬の女王様の思いがけない言葉に、若者はついつい聞き返してしまいます。
「私は、冬が大好きなんです」
「そ、そうなのですか?」
女王様は頷きます。
「はい。それはもう、一年中冬でも構わないくらいに」
「そんなにですか?」
女王様は微笑みます。
「そんなにです。雪の白さ、冷たくも澄んだ空気。どれも私にとって大好きなモノです。ですが、私が季節の塔から離れれば、私の大好きな冬は終わってしまいます。それはとても辛いことなのです。もちろん、早く他の女王に代わって季節を巡らせなければいけないとは分かっているのですが、どうしても離れることができないでいたのです」
冬の女王様の言葉に、若者は「なるほど」と頷きます。
確かに、自分が好きなモノはずっとあっても困りません。若者にもそういった経験があったので、冬の女王様の言葉が理解できてしまったのです。
しかし、今回の場合は違います。
自分のわがままで困っている人たちがいるのなら、やめるべきなのです。
それを止めることが出来るのは自分だけ。若者は、冬の女王様を説得させるために、良い案がないかを考えます。
ぽん、と若者がいい案が浮かんだとばかりに、手を叩きました。
「……一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「女王様は『お花』はお好きですか?」
「『お花』……ですか?」
女王様は、少し考えます。
「すみません、知識としては知っているのですが、見たことが無いので、なんとも……」
「えぇ!? 見たこと無いのですか?」
若者は、またも驚きの声を上げてしまいます。冬の女王様はコクリ、と若者の問いに頷きました。
「はい。冬に関係しているもの以外は、あまり興味がないので」
「そ、そうですか……」
「貴方は、その『お花』を見たことがあるのですか?」
「は、はい。ありますよ」
女王様の意外な質問に、若者は少し驚きながらも頷きました。
「そうですか。『お花』と言うのは、どういうものなのですか?」
「えっと、それはですね――」
若者は、冬の女王様に語りました。
冬の寒さが終わり、春の暖かい風のなかで芽吹くものだと。毎年、色んな種類の花が咲き、見る人たちを幸せにしていること。
季節の塔の周りも、赤や青、黄色の綺麗な花が、それぞれの形で姿を見せ、春の訪れを喜んでいると。
そして、それは冬が終わらないと見られないということも。
若者の説明が終わると、冬の女王様は少し悲しそうな表情になりました。
「――そうですか。それでは、冬が嫌われているみたいですね」
「そ、そんなことありません!」
「そうなのですか?」
若者は、自分でも驚くくらいの早さで否定していました。
「そうですよ! 冬が来ないと春の良さは分かりません。厳しい冬を乗り越えてこそ、あの暖かな春がきた時にみんなが、笑顔で『お花』を見ることが出来るのですから!」
「そう、ですか……」
冬の女王様は、まだ悲しそうな顔をしてらっしゃいます。
若者は、困り果ててしまいました。なぜなら、若者は冬の女王様に悲しんで欲しくて、この話をしたわけじゃないからです。
「――貴方は、冬は嫌いですか?」
「えっ?」
不意を突かれ、若者は素っ頓狂な声を上げてしまいました。
冬の女王様は、そんなことを気にしていらっしゃらないようでした。とても真剣な様子で、若者の瞳を見つめています。
「僕は――」
若者は、そこで言葉を詰まらせてしまいます。
正直なことをいうと、若者は冬が苦手でした。ですが、ここでハッキリと嫌いと言ってしまえば、冬の女王様を更に悲しませてしまうのではないか、と考えてしまいます。
ですが、嘘を付くのもダメなことです。若者は、見つめてくる冬の女王様から逃げるように、顔を伏せてしまいます。
でも、ウジウジしているのは男らしくありません。若者は、決心したように顔を上げました。
「僕は冬が苦手です」
「そう……ですか。貴方の身なりを見れば、冬が嫌いになる理由も何となくわかります」
今度は、冬の女王様が目を伏せてしまいました。
若者は、胸にチクチクするものを感じながらも、冬の女王様をしっかりと見つめます。
そして、言葉を続けました。
「だけど、僕は冬の女王様と会えて、冬の良さを見つけてみようと思いました」
「え?」
「苦手だからといって、ずっと目を背けていちゃダメなんです。だって、冬は毎年来るんだから。だったら、僕はこれから冬の楽しみを見つけていこうと思います」
「それは――」
冬の女王様は、言葉を途切らせてしまいました。上手く言葉で表現出来ないようで、冬の女王様はモゴモゴと口の中で言葉を詰まらせています。
若者は気にせずに、更に続けます。
「だから冬の女王様にも、他の季節の楽しみを見つけて欲しいと思います」
「私に?」
「そうです。だったら、冬が終わってしまうのにも耐えられるんじゃないでしょうか?」
「……私に出来るでしょうか?」
冬の女王様は、下げてらっしゃった顔を上げました。綺麗な青色の瞳が、ゆらゆらと揺れています。
若者は、冬の女王様と目が合うと、笑顔を浮かべながら頷きました。
「もちろんです! 冬の女王様なら、きっと出来ます!」
「時間が掛かってしまうかもしれませんよ?」
「そしたら、僕がお手伝いしましょう!」
ふふっ、と冬の女王様は笑顔を浮かべました。若者も、自然と笑っていました。
そのまま二人は、朝日が登ってくる時間までお話をしました。その二人の顔には、笑顔でいっぱいだったとか。
白い朝日が顔を出した時、空を覆っていた雪雲は、どこかに消えていました。
それはまるで、春の訪れを告げているかのようでしたとさ。
めでたし、めでたし。