ルイスが大鹿様を探す理由
「お戻りになられましたか。ルイス様」
手際よく、馬車の扉を開ける。
ルイスは風を切るように馬車の中へと乗り込んだ。
「セーラさん、どうしてルイス様とご一緒で?」
ザクが白い手袋をつけた手で顎髭を触り、訝しげな視線をこちらに向けている。
「えっと……それは」
セーラがミナ様と一緒に森に入ったことを言うべきか戸惑っていると、ルイスの鋭い声が響いた。
「なにをしている。ぐずぐずしていないで早く出発しろ」
「ハッ!」
ルイスの声を聞いて、ザクはそれ以上尋ねてこなかった。
セーラの手を支え、馬車に乗せる。
「気まずい、気まずすぎる……」
二人きりの馬車の中、セーラは苦虫を噛み潰したような表情でルイスの向かい側に座っていた。
「…………」
沈黙がハリネズミに頬擦りするかのようにセーラの頬を刺激した。
「お前の名前は……」
ポツリとルイスが口をひらく。
「セーラ・シュトロイゼルです」
「そうか」
セーラの名前だけ聞くと、ルイスはなにも話しかけてこなかった。
何か考え込むような、物憂げな表情を浮かべルイスは馬車の外を眺めている。
正面から見る第一王子ルイスの姿は貫禄と迫力、他を寄せつけない高貴なオーラを放ちながら、どこか儚げで繊細なガラス細工のようにも見えた。
夕陽が窓から差し込み、ルイスの白髪を照らす。
魔法でもかかったかのように小さな光の粒が反射している彼の髪は、まさに磨きたてのガラス細工だった。
「なんだ……」
切れ長のルイスの瞳がセーラを見る。
「いえ……先ほどは失礼しました」
ルイスはふぅとため息を吐く。
「謝らなくても良い。お前には関係のないことだ」
そう言うとルイスは再び窓の外を見る。
「ただ、もうあの森には近づくな。怪我させても責任は取れん」
国の旗のシンボルにもなっている大鹿様を殺す。
森の中で言い放ったルイスの表情がセーラは頭から離れなかった。
苦しそうで、悲しそうな……セーラにはあの時、前を歩く王子の背中が少年のように小さく見えた。
「なぜそこまで……」
俯きながらその言葉が小さくこぼれ出た。
「…………人を蘇らせるためだ」
ルイスの言葉にセーラは耳を疑った。
(え? 一体誰を……そんなことが可能なの)
セーラはお爺さんから聞いたお話を思い出す。
確かに大鹿様は人の一生のうちに一度だけ心の底から助けを求めた時にのみ現れるという、高貴な存在であることは知っていた。
しかし、人の命を救うことはあっても、死人を蘇らせるなんて話は聞いたことがなかった。
ルイスの瞳が再びセーラを見つめる。
その瞳は真正面からセーラの瞳の奥を見つめ、心を見透かしているようだった。
「何か森で見ているのならわたしに教えてほしい」
「大鹿様の御伽話は昔から知ってはいますが、人を蘇らせるなんて話は聞いたことないです……」
セーラはついさっき大鹿様と出会ったなんて言うわけにはいかなかった。
命を救ってくれた大鹿様、祖母の命を救ってくれたこともある命の恩人で、神のような存在を裏切るわけにはいかなかった。
「そうか……これは大昔の話だ。大鹿様がこの世から消える時、雪のように美しくガラスのように輝く葉を1枚だけ落とすという。その葉が地面に落ちると、みるみるうちに雪のように溶け地中に染み込んでいったそうだ。すると、その地面の下に埋められていた死産の赤子が産声を上げたという」
ルイスの話は現実味があるとは思えない話であったが、全く嘘偽りを話しているとは思えないほど真剣な眼差しで話した。
「その葉を手に入れるために、大鹿様を……?」
セーラは声を振るわせながらルイスに聞いた。
「そうだ。手段は選ばない。わたしはその葉が手に入れられるのであればなんだってする」
ルイスは膝に肘を乗せて、両手を組み額に当てていた。
時間がないのか、セーラにはルイスが焦っているようにも見えた。
「ミナも目的はわからんが、大鹿様を探しているようだな。ミナの側にいる時に、大鹿様の情報があれば直ちに知らせてくれ」
「それは……」
セーラが返事を考え込む様子見て、ルイスは再び口を開いた。
「これは命令だ。お前が断れるはずもない、然もなくばこの森の樹々を薙ぎ倒し、焼き払う羽目になるだろう。そうなればお前の両親や村の人々はさぞかし困るだろう」
勝ち誇ったかのように笑うルイスの表情に、温和なセーラでさえ嫌悪感を抱いた。
「そこまで言うなら…………わかりました」
(ザクさん、この人のどこが優しいって言うのよ!)
心の中で、盛大にザクさんにセーラはツッコミを入れた。
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