なぜこんなところに
川が時間を取り戻したかのように再び動き出す。
(ノワ……!!)
胸元に手を当てて、その小さな体に温もりを取り戻していることを確認した時、セーラは心の底からの安堵のため息が出た。
すると一気に身体中の切り傷や打撲やらが痛み出した。
夕陽の赤が川の水面に反射し、蝋燭の灯りのように揺らいでいる。
「日が暮れる……」
セーラは体の痛みをグッとこらえて立ち上がった。
辺りを見回すと、なんだか見覚えのある景色が広がっていた。
「ここって……」
セーラの鼻を太陽の匂いが触ったのを感じた。
ノスタルジックな夕方の空気を吸い込んで深呼吸をする。
(爺ちゃん、大鹿様に会ったよ。爺ちゃんが言っていたこと、本当だったんだね)
セーラの瞳は物憂げに太陽の色に染まりながら揺らいでいた。
その時だった。
新緑の葉の茂みが、ガサガサっと大きな音を立てた。
「動くな、貴様そこで何してる」
茂みの葉と葉の隙間から銃口がこちらを覗いていた。
引き金の留め具を外す音がカチャリと聞こえる。
「怪しいやつ」
低く、鋭い声によって一瞬でセーラの背筋が凍った。
ゆっくりと手を上げ、銃口の方に体の正面を向ける。
「ってお前は……」
銃口をセーラに向けていたのは、第一王子のルイスだった。
白銀のカソックに身を包み、獲物を狩る格好をしている
「こんなところで何をしている」
セーラも全く同じ疑問がルイスへと湧いた。
第一王子であるお方がこんな田舎の森深くにいることにセーラは驚いていた。
「聞いているが」
セーラは驚きのあまりに言葉が出るのが遅れてしまった。
「……私はミナ様と同行中にはぐれてしまって」
「そうか……」
小さくため息を吐くルイス。
「まぁいい、ちょうど引き返そうと思っていたところだ。ついてきなさい」
スクエアメガネをクイッと上げてそう言った。
ルイスは重そうな銃を肩にかけ直すと、ズカズカと道のない雑木林の中へと進んで行く。
セーラは置いていかれまいと歩くが、怪我が酷く一定の距離が空いて置いていかれそうになった。
その度にルイスは立ち止まり、ペースを合わせるのだった。
進むほどに草木の背が高くなり、どこを歩いているのかすらわからないほど風景が変わらなかった。
しばらくしてからやっと、ルイスは口を開いた。
「妹が迷惑をかけてすまんな」
「え? あっ、いえ! 私こそミナ様には、ドレスや城での生活のことなど色々と教えてもらっています」
「そうではなくてな……」
(……?)
ルイスは眉毛をぴくりと動かす。
「あいつは少々不器用すぎるところがあるから、これからも気にかけてやってくれ」
「もちろんです!」
「そうか、ありがとう」
氷結王子とまで国民に噂されたルイスが初めて感謝の気持ちを述べた瞬間だった。
ルイスは手に長い木の棒を持ち、歩く方向の草の群れをかき混ぜるように動かしていた。
「ルイス様は、妹様想いなのですね」
「……まぁ、そうなのか」
いつもはっきりしているルイスの反応とは思えないほど、歯切れの悪い返事だった。
「あのう……一つ質問良いでしょうか?」
セーラはルイスの顔色を伺うように、言葉をかけた。
「いいだろう」
「どうしてルイス様がこんな森にいらっしゃるのですか?」
「…………」
静寂と共に風がセーラとルイスの間を吹き抜けていった。
「大鹿様を殺すためだ」
(………!?)
ルイスの言った言葉がセーラには信じられなかった。
「どうして……!!」
「お前には関係のない話だ!」
厳格ながらもさっきまで冷静で、気品のある話し方とは一変して、ルイスの放った言葉の節々にただならない感情がこもっていることがわかった。
ルイスはその言葉を言い放つと、そこから先は一切何も言葉を発することはなかった。
森を抜けると、ルイスの補佐であるザクが馬車の側で待っていた。
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