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恐ろしの森へ

ミナとセーラは、セーラの故郷であるココガ村に行くことになった。

「セーラと一緒であれば良いでしょう」と外出許可が降りたのだ。

揺られながら馬車で移動した。

ミナはノワとチェスをして遊んでいる。


「ノワったら、リスのくせに中々いい筋ね」


セーラの前にはガタイのいい大男が護衛のために座っていた。

その男はミナを見るのではなく、ずっとセーラを凝視していた。

無理もない、セーラが城を訪れてまだ数日しか経っていないのだ。


「テキーラ?」


ミナが無言のセーラの顔を覗き込む。


「大丈夫?」

「大丈夫です。もう少しで着きますよ」

「それならよかった! そうだ、これ……食べて」


ミナがレースの白いハンカチを取り出して広げると、中には紅茶のクッキーが数枚あった。

丸い形にピンク色の層と紅茶の層とが分かれている。


「オヤツにって、とっておいたのよ。テキーラ、なんだか元気がないからあげる!」

「ありがとうございます」


ミナは部屋にいた時より、上品に振る舞っていた。

セーラはミナからもらったクッキーの、ピンク色の部分をシャクリとかじる。

桃の香りがふわっと口の中に広がった。


「ピーチティー?」

「そう! 美味しいでしょう?」

「これはミナ様が作ったんですか?」

「そうなの! ばぁやに教えてもらいながらね」

「お上手です!」


セーラはもう一口齧ると、次は紅茶の香りとバターの甘味が口いっぱいに広がった。


「アールグレイです?」

「よくわかったわね! そうよ。ちょっと行儀が悪いけど、これを一口でいただくと……」


ハムっ!

ミナはリスのように頬を膨らませる。その姿はまるで幼い子供のようだった。

馬車が止まり、扉が開けられる。


「もふうぅっ、ふいたの!?(もう、ついたの!?)」


ミナはモゴモゴと口を動かしながら言った。

馬車が止まって、不安そうな表情を浮かばせながら家から出てくる母が見えた。


「着きましたよ」


セーラは御者の一言を聞いて、ゆっくり馬車から降りた。


「セーラ!!」


母が駆け寄り、セーラを抱きしめる。


「心配したのよ!」


セーラをフワリと包んだ母のエプロンから、甘いハニーとシナモンの匂いがした。


「く、苦しい!」


母の温かい抱擁を解いたセーラは、険しい顔をした父の姿を見た。


「お前は心配をかけすぎだ!!」


父は勢いよく手を振り上げた。

セーラはビクリと身体を硬直させる。

振り上げられた手はセーラの頬に優しく触れた。

もぎたての林檎にそっと触るように。


「無事帰ってきてよかった」


セーラは父の目を初めて見た気がした。

深呼吸をして、セーラは口を開いた。


「お父さん。私ね、お城で働くことになったの……」

「そうか、ご迷惑をかけるんじゃないぞ」

「お前は家にいろ」そう言われると思っていた、セーラの予想とは違った反応が帰ってきた。

「行ってもいいの?」

「好きにしろ。お前が決めればいい」


相変わらずにぶっきらぼうな返事だったが、少しだけ父という人間がわかった瞬間だった。

父はセーラの後ろに立っているミナに体を向き直し、挨拶をした。


「ミナ様、今日はこんな田舎にお越しくださりありがとうございます。セーラの父です。この子は世間知らずで、ご迷惑をおかけするかもしれないですが、何事にも一生懸命に向き合う素直な子です。どうかよろしくお願い申し上げます」


そして深々と頭を下げた。


「セーラのお父上、気になさらず顔をお上げになってください。今日は私が無理を言って、セーラに同行させてもらったのです。セーラは私のどうでもいい話を楽しそうに聞いてくださいました。私にとって初めてできた同世代のお友達なのです。だから、お願いですから顔をあげてください」


ミナの言葉に、父はゆっくりと顔をあげた。


「こんな田舎のボロ家ですが、どうかお休みになられていってください」

「ありがとうございます」


ミナは天使のように柔らかく微笑んだ。


母はミナ達をリビングへと通した。

そして、母お手製のアップルシナモンハニーパイを切り分けた。


「美味しいわ」


ミナは一口パイを齧り、お皿に乗せた。


「ごめんなさい、来る前にクッキーを食べすぎたみたいね。それと私には、甘すぎるわ」


そう言って、ティーカップの紅茶を啜った。


「他にお口に合う物を用意いたしましょう」


母がそう言うと、「いえ、すぐに城に帰るのでお構いなく」とミナは言った。


「ミナ様、そろそろお時間が……」


ミナに護衛の男が耳打ちをした。


「分かっているわ」


そしてセーラの父にミナは向き直って、「大鹿様の森へ案内してくださる?」と言った。


「祖父がずっと昔に見たとは言っていましたが……」


父は「どうしたもんか」と言うような困った表情を浮かべていた。


「……会えるかはわからないのですよね、それはセーラから聞いています」


考えていることを予測しているかのように、ミナは話を進める。


「そうでしたら、セーラ。ミナ様を森へと案内しなさい」

「わかりました」


家を出て、セーラとミナ、護衛の男は「恐ろしの森」と呼ばれる森の入り口へと移動した。

馬車が入ることができない、ぬかるんだ泥道を3人は進む。

赤杉の3本生えた大岩の前に到着する。

セーラは本音を言えばこの道の先に行きたくはなかった。

自然と歩幅が短くなるセーラ。


「どうかしたの?」


振り返り聞くミナの言葉に、我に帰る。


「いや、ちょっと……」

「この先なんだよね」

「うん……」


浮かない顔をしたセーラに足先を向きなおし、ミナは静かに近づく。


「テキーラ、お願い!! 連れていって!」


セーラを安心させるように微笑みながら続けて言った。


「私もいるから」


ミナはセーラの震えた手をギュッと握りしめた。

しかし、その笑顔とは裏腹に爪が食い込むほど力が込められていた。


読んでいただきありがとうございます。

励みになりますので、評価、ブックマーク、感想、よろしくお願いいたします。

遅くなって申し訳ありません。

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