尊い兄妹
「どうしてこうなるのよ!」
ミナは頬がはち切れそうなほどに、限界まで膨らまして文句を言っている。
「いいから着てみなさい。せっかく隣国の皇太子がお前のために選んでくれたんだから」
アザゼルはそんなミナをなだめながら、紫の華美な小包を差し出す。
小包には金色のリボンが巻かれていて、ジャン王子から常時漂ってくるラベンダーの匂いがする。
「もう! ルイスったら、こんなの突き返してくれたらよかったのに!!」
キッとミナの鋭い視線が僕を睨んできた。
こうなったのは、ミナがルイスに「あんたにそんな度胸はないだろうけど」と言われたからだった。
僕はその後すぐに部屋を出ていき、階段の踊り場でうろちょろしていたジャン皇太子に会いに行った。
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ジャン皇太子はルイスの姿を見ると、「なんだお前か」とでも言うように目を逸らした。
「ミナ姫は?」
「あのバカ王子って言いながら、私の部屋に籠っています」
「そうか……」
その言葉を聞くと、ずっと自信ありげな様子だったジャン皇太子の表情が狐の耳が垂れるように一瞬シュンと落ち込んだように見えた。
「これをミナ姫に渡してほしい」
ジャンは小包をルイスに両手で差し出す。
「今年こそ受け取って欲しいんだ。私が手渡そうとすると、脱兎の如くミナは部屋に籠ってしまうから」
「あなたが必要に追いかけまわすことが、原因なんじゃ……」と言いたくなったが、僕はその言葉をグッと飲み込んだ。
誰だって部屋の前で待ち伏せされていたら、そりゃ逃げたくもなるだろう。
「私は「部屋の前で待ち伏せするのをやめて欲しい」との伝言をミナ姫からことづかってきました。お伝えするのはそれだけです」
「ミ、ミナはそれだけしか言っていなかったのか?」
「はい。他には何も」
「約束を、忘れてしまったのかい……ミナ」
ジャン皇太子は意味深な言葉を呟いて口をつぐんだ。
「では、私はこれで」
「待ってくれ! せめてこれだけでも!」
再び小包をルイスに向けて差し出した。
そして頭を下げた。
一国の皇太子という人物が頭を下げるなんて行為は軽率に行なってはいけない。
それくらいのことは城に来て、いく月も経たないルイスでさえわかっていた。
メイド達や従者にこの光景を見られてしまっては、良からぬ噂が広がることが明白な状況であった。
「わかりました。わかりましたから、頭を上げてください」
階段を降り、ジャン皇太子の手から小包を受け取る。
「ミナ姫に渡せば良いのですね。ただし、もう部屋の前で待ち伏せはしないでください」
「ありがとう……!!」
ジャン王子は小包を受け取ったルイスの手を両手で握って、目を輝かせてた。
「俺は今、凄く感動している! 君は、俺とミナとの恋のキューピットなのかもしれないね」
「あはは、そうかもしれないですね」
ルイスは固まっていた頬の表情筋を無理やり動かした。
「俺はとっても忙しいんでな! それじゃ任せたよ! ルイスきゅん! ミナに楽しみにしてるとも伝えておくれ!!」
ミナがバカ王子って嫌がる理由がなんとなくわかった気もする……意地悪で小言が多いミナに少し同情しながら、ルイスは部屋への階段を上がった。
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「へ、変だって言わないでよね……!!」
ウォークインクローゼットの入り口の扉にしがみついて、顔だけ出しているミナ。
その表情は桃のように赤く染まっていた。
「いいからほらっ! わたしとルイスしかいないから……」
「目を閉じなさい! 良いって言うまで開けるんじゃないわよ!」
「「はいはい」」
ルイスもミナの取り扱い方をマスターしたかのように、アザゼルと声をハモらせて返事をした。
「……いっ、いいわよ」
僕は目を開けた。
目の前に立っているミナの姿は、いつもお人形さんのようにフリルが沢山あしらわられた可愛らしい服装とはまた違って、礼儀正しさの中にセクシーさを感じさせる装いだった。
上半身に、白地にグレーの縦ストライプが入ったブラウスと黒地に金のボタンが整列したコルセット風ベストを身につけている。
ベストの下のブラウスは胸元から首元へと立ち上がるように配置されており、クラシックで上品な華やかさをプラスしている。
下半身にはベストに合わせられた黒のショートパンツ、刺繍の入った透け感のあるストッキングの間をガーターベルトが繋いでいる。
ミナに似合うルビーのブローチが胸元に光っており、同じ宝石をあしらったボタンが両袖に付いていてアクセントを出しつつ統一感を演出している。
腰から伸びているレースの縁取りがされたフリル調の白布は、孔雀の尾を閉じたときのように重厚感があり、舞踏会でも着られるような雰囲気もある。
全体的にミナのスタイルが強調される装いは絶対にミナが選ぶものではなかった。
きっとジャン皇太子の好みなのだろう。
黒手袋を付け、ステッキを持ったら完璧だった。
「へ、変じゃない……?」
上目遣いで、モゴモゴと口を動かしながらミナは聞いてくる。
「不思議な感じだけど、とっても似合ってるよ」
「そう」
そっけない返事をしつつ、ウェーブがかった金髪の髪越しに見えるミナの頬は染まっていた。
「やっぱり、あいつの選ぶ服ってミナのかわいいとはちょっと違うのよね……」
そう言いながらミナは太ももに食い込んだにガーターベルトを指でずらす。
ルイスは小っ恥ずかしくなり、アザゼルの方へと目線を逸らした。
「若干、重いし胸元が締めくけられて苦しいけれど、まぁいいや。お兄様はどう思います?」
「いいんじゃないか。いつもと違うが、ミナの可愛いがシックでエレガントな方向にも醸し出されていて素敵だよ」
「お兄様、本当ですか!? ミナ、かわいい??」
「うん。かわいいよ」
「嬉しいです!!」
ぴょんぴょんと跳ねながら踵を上げる様子は、ウサギが前屈みになりながら甘え懐いているように見えた。
「あとはこれかな……、ここに座りなさい」
アザゼルは喜び跳ねている小動物をドレッサー前の椅子に座らせた。
ワインレッドの生地に金のラインの入ったリボンを口に咥え、櫛でミナのウェーブかかった金髪を梳かす。
そして、咥えていたリボンでミナの髪をハーフアップに束ねた。
少しだけこめかみから髪を引き出す。
「よし、完成」
ドレッサーの鏡を見ると、ミナは目を輝かせて喜んだ。
「お兄様! ありがとうございます!! 今日一番に可愛いです!」
ミナは立ち上がり、踊り子のようにくるりくるりと回る。
体を動かすたびに、腰についたフリルと髪がふわりと揺れる。
ミナの表情はお姫様ではなく、ただただお兄さんが大好きで世界で一番幸せな女の子の笑顔を浮かべていた。
嬉しそうにはしゃぐ妹を見るアザゼルの表情もとても穏やかで、僕はこの兄妹には幸せになって欲しいと思った。
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