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アザゼルという少年

振り返った少年の薄桃色の瞳が僕を映す。


「びっくりさせてごめんね。わたしの名前はアザゼル」


炎のような赤髪からは想像もできないような、柔らかく優しい声をしていた。

礼儀正しい振る舞いと目元から、目の前の少年の穏やかな性格が伝わってくる。

妹のミナと同じブロンドの髪色ではないため、パッと見では血の繋がった兄弟には見えない。

しかし、よく見るとうっすら確かに彼の瞳はミナと同じ桃色をしていた。


「僕はルイス……」

「急ですまないが、君に頼み事があるんだ」


「え……?」


「どんなことがあっても、ミナを見ていてくれないか。出会ってすぐの君に、こんなことを頼むのもおかしな話だが……」


「でも、どうして僕に」

「君はこの国の第一王子で、次期国王になりうる人。わたしにはミナを守れない」

「それでも、見守るくらいは出来るんじゃ……」


「それは……」


言葉を続ける前に、アザゼルは口をつぐんでしまった。


「お願いだ!! ただわかったと言ってくれ」


アザゼルはつむじが見えるまで頭を深く下げた。


(何か理由があるのかもしれない……)


「……わかったので、頭を上げてください」


ルイスはアザゼルの頭と同じ高さに腰を屈めた。


「僕は、今日城に来たばかりで王子としての振る舞いも何もわかりません。よければ僕に色々教えてくれませんか」


手で涙を拭き、顔だけ上げたアザゼルの目じりは赤くなっている。


「あ、ありがとう……」

「それとあなたのことをアザゼル兄さんと呼んでもいいですか? 僕のことはルイスと呼んでください」

「そんな! わたしには王子の名を呼び捨てになんて、とても……」

「お願いします」


ルイスの予想外な申し出に戸惑い、アザゼルの瞳は小動物のようにプルプルと揺れた。


「どうしても……ですか……?」

「どうしてもです」


ルイスは嬉しそうにニヒャッと笑う。


「ルイス様がそれでいいなら……」


「あ〜! 今、僕のことルイスって言わなかった!」

「ご、ごめんなさい!」



「…………」



「「ふっ、ふはっ」」

二人は沈黙がおかしくなり、顔を見合わせて笑った。



「ルイス様、お食事の時間でございます」


ドアをノックし、アザゼルが食事の準備ができたことをルイスに告げる。


「アザゼル兄さん、わかりました。すぐに行きます」


アザゼルは第一王子のルイスから兄と呼ばれることに対して慣れないのか、耳が赤くなっていた。


「それと……兄さん、ルイスだってば」


ムスッとした表情をルイスはアザゼルに見せた。


「そう言われましても……」


苦笑いを浮かべるアザゼル。

ルイスはまだ弟として認められるまでには時間がかかることを悟った。


アザゼルの後をついて行き、食堂に入る。

中には既に妹のミナが座っていた。

僕をみるや否や、馬の糞を見るような目で睨んでくる。


(相当嫌われているな……)


「ルイス様、おかけになられてお待ちください。お父上君がいらっしゃいます」

「わかりました」


アザゼルはルイスの席の一歩後ろの壁に立っていた。

静かな食堂には、銀食器やカトラリーが既に並べられている。

メイドたちが手際よく同じタイミングで何やら動き始めた時だった。

木の軋むような鈍い音が響き、扉が開く。


「待たせたな。息子、娘よ」


ルイス、ミナ、アザゼルの父である現国王が入ってきた。

赤いマントを床に引き摺りながら歩き、従者の手を借りながら、一際煌びやかに装飾を施された椅子に腰を下ろす。

前菜のスープが、顔が映るくらいに磨かれた銀食器に注がれる。


「それではいただくとしよう」


王は掌を器の形にして、頭上に掲げ祈りを捧げる。

目を瞑ったまま、祈りを捧げた後に何も入っていない手の器から水を飲むような仕草をする。

ミナも同じように祈りを捧げていた。

薄目で動きを確認しながら、見よう見まねでルイスも祈りを捧げた。

そしてルイスは一番近くにあった、スプーンを手に取った。

インゲン豆の赤いスープを、その小さなスプーンで救って飲む。


(美味しい……)


そう思いながらスープを口に運んでいると、信じられないといった表情のミナがこちらを見ていた。

ルイスと目が合うと、逸らさないまま軽蔑するように首を二回左右に振った。

そして、大きなスプーンでインゲン豆のスープ掬い飲んだ。


(なんだ……)


父の方を見ると、静かに口髭がある人用の特殊な形のスプーンでスープを口に運んでいた。

白い髭に赤いスープがつかないように、器用に飲んでいる。

次に運ばれてきたのはベーコンと卵のキッシュだった。

ルイスは再び一番手前にある大きなナイフとフォークを使って、キッシュの生地を切った。

その時だった。



「もう我慢できませんわ!」



ミナが痺れを切らしたかのように、ヒステリックな声を上げた。


「お父様! どうしてこのような基本もままならないボロ雑巾をお城に迎えたのですか!? せっかくのお料理が台無しです!」


ミナは両手を台にのせ、身を乗り出すかのように立つ。


「ミナ、やめなさい。お食事中ですよ」


国王は料理を見つめたまま、恐ろしいほどに落ち着いた様子だった。


「私! こんなやつと一緒に食事なんかできないです!」

「黙って食べなさい」

「いやです! そもそもどうしてアザゼル兄様には食事が用意されてないのですか!? 本当だったら、そいつが座っている席はもともとアザゼル兄様の……」


ミナが意見を全て言う前に、温和だった国王の稲光が落ちた。



「出て行きなさい!!!」



時間が止まったかと思うほど、国王の一言は重く恐ろしかった。


「ミナは……ミナはただ……!!」


みるみるうちに目に涙が溜まっていく。

唇を噛み今にも泣きそうになるのを我慢しているのがわかった。

ミナは残りの食事にも手をつけないまま、勢いよく食堂を出て行った。

ルイスは気の利くことも言えずに、ただキッシュの硬い生地にナイフの刃を当て続けるばかりだった。

国王はスープを飲み終えると、ため息をついて「食事を続けなさい」と一言を残し部屋を出て行った。

食堂に残された僕の右肩に、後ろからアザゼルが手を置く。

その時に、目の前で起きた出来事を理解できた気がした。



読んでくださりありがとうございます。

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