むかしばなし
「ルイスお兄様」
寝室のドアがノックもされずに開かれる。
ブロンドのウェーブがかった髪を結びもせずに、絹の白いネグリジェを着ている幼いミナがひょこりと扉から顔をだす。
膝下まである白い服を着たミナは、まるでてるてる坊主のように愛らしい。
「ご本読んでくださいませんか」
手には絵本と茶色いくまの人形を抱えている。
「また眠れなかったのか……? こんな時間に来てはいけないと何度も言っているのに」
「ばぁやはもう部屋に戻って寝ているから、きっと大丈夫」
ミナは眠りにつけない日はこうしてルイスの部屋にお忍びでもぐりこんでいた。
ばぁやや他のメイド達に見つかると、こっぴどく叱られる。
しかし、こうして来るのだった。
「しょうがないな〜、一回読んだら戻るんだぞ」
ルイスに本を読んでもらえることになったミナは、ネグリジェの胸元についた蝶々結びの赤いリボンを跳ねるように揺らして喜んだ。
「昔々あるところに、お城から出られない哀れなお姫様がいました。お姫様は母親である王妃を幼い頃に亡くし、継室によって育てられました。毎日、嫌がらせを受けていたお姫様は辛かったですが、彼女には夢がありました。それはお姫様としてではなく、自分の洋服のお店を営むことでした。お店の名前は……」
「ラピスラズリ!」
ミナが目を輝かせながら反応する。
「正解。よくわかったね」
「覚えてるもん!」
自慢するようにミナは言った。
「それなら僕が読まなくたって」
「違うの! ルイスお兄様に読んでもらうのがいいの」
「そんなものなのか……」
夢を見るように目を爛々と輝かせているミナを傍に、ルイスは物語を読みながら、城に来た日のこと、兄がいたことを思い出していた。
今はこうして二人は仲良くしているが、城にルイスが来た日、ミナはルイスを「お兄様」だなんて呼ぼうともしなかった。
▼
「ルイス、今日からここがお前の家だ」
大きな手に引かれ、ルイスはお城にやって来た。
ルイスが七歳のことである。
大広間の赤い絨毯の色や、金の壁の装飾品、クリスタルのシャンデリアなど当時のルイスの目には眩しいものばかりだった。
大広間で待つ、桃色のフリルいっぱいのお人形のような少女がこちらを振り返る。
「ミナ、ご挨拶しなさい。お前の兄になるルイスくんだよ」
ジロリと鋭い視線に睨まれ、ルイスの心臓はフォークで刺されたようにキシリと痛んだ。
「違うもん! 私のお兄さんじゃない! 部外者は森に帰ってよ!」
「えっ…………」
ルイスの不安が的中した瞬間だった。
「ミナよ、受け入れるのだ。お前ならわかるはずだろう」
僕を連れてきた大男の手が、桃を愛でるかのように優しくミナの頭を撫でた。
「……だって」
何か言いたげな少女は口を巾着のように尖らせて、ずっとこちらを見ている。
「いいからもう、部屋に戻りなさい」
「わかりました……お父様」
王の言葉に逆らわず、素直に自分の部屋へと帰っていく後ろ姿はどこか寂しげにも思えた。
ミナが部屋を出ていくと、父である王と二人きりになった。
「こちらにおいで」
玉座に座った父が膝の上においでと叩く。
ルイスは今まで会えなかった父にしがみついた。
白く長い髭が頬にあたってなのか、なんだかこそばゆい。
(こんな感覚いつぶりだろう……)
父の膝に顔を埋め深呼吸をして顔を上げる。
すると、王である父の彫りの深い威厳のあるお顔がそこにあった。
見上げ、見つめていると父が僕に話しかけてきた。
「ルイスよ。お前がこの国を導くのだ……」
硬くシワのある大きな手がルイスの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「はい。お父様! 僕、立派な王様になります」
はっきりとしたルイスの返事を聞くと、父は満足そうに微笑んだ。
父が静かに何かを見つめていることに気づいた。
その視線の先を辿ると、ルイスと同い年くらいの少年がこちらを見つめて立っていた。
「お父様、あの子はだぁれ?」
「あれは、お前の兄だ」
「え……?」
ルイスは、その時目の前が真っ白になった。
城に来る時に話をされていたのは、妹であるミナのことだけだったからだった。
「あの者にはお前の身の回りの世話をさせる」
「でも! お兄様なら……!」
ルイスは浮かない顔をし、俯いている少年の表情が気になった。
「わかったな」
「はい……」
しかし、幼かったルイスはその少年のことについて何も聞くことができなかった。
「疲れただろう。もう今日は部屋で休みなさい。あの者に案内をさせよう」
広間を出て、ルイスは少年の後ろを離れてついていった。
白い廊下はその時まるで目的地がないかのように永遠にも思えた。
兄と言われた少年の歩幅にあわせて、一定の距離をあけて歩く。
「……」
少年は急に立ち止まったかと思うと、クルリと振り返った。
読んでくださりありがとうございます。
励みになりますので、評価、ブックマーク、感想お願いいたします。




