つむじ
リンゴがルイスの頭に直撃する。
「!!」
ルイスの眠気を強制的に覚ますようなタイミングだった。
頭がガクッと傾き、目元が白髪の雲の中に埋もれる。
彼のトレエードマークである銀のスクエアメガネが、勢いで芝生の上に落ちた。
そんなことを気にも留めない様子のノワは、リンゴの上で呑気にお腹を狸のように大きく膨らましている。
「だ、大丈夫ですか……?」
セーラは恐る恐るルイスの顔を伺いながら、彼のメガネを拾って渡す。
ゴゴゴゴゴゴゴ……と雷が落ちる前の不機嫌な黒い空のようなオーラが彼の周りに見えた。
顔を俯かせたままで、黙り込むルイスの雷がいつ落ちてもおかしくない状況にセーラは息を呑む。
「ご、ごめんなさい!! 私のリスが」
セーラは緊張で喉がキュッと閉まり苦しかったが、「何か言わないと」と必死に考えて出た精一杯の言葉だった。
ルイスはセーラの差し出したメガネに左手を伸ばす。
「…………」
無言で差し出された掌に、セーラはソッとスクエアメガネを置いた。
その時だった。
「…………っふ、ふはははははは」
顔を伏せたままルイスは突然、豪快に笑い出してまるで悪役のような声でこう言った。
「王子であるわたしに、こんなことをしてタダで済むとは思うなよ……」
その言葉はセーラには恐ろしく聞こえた。
「ごっ、ごめんなさい!!!」
セーラは謝罪の気持ちを込めて勢いよく頭を下げた。
とんでもないことをしてしまった自覚が出てきて、目に涙が溢れそうになった時だった。
トントンと、頭のつむじを人差し指で突かれる。
「!?」
セーラは驚きのあまり顔を上げ、両手で頭を押さえた。
「…………」
無言でこちらを見ているルイスと目があう。
するとニヤッと笑って、「つむじんじんじんじん〜」と彼は言った。
ルイスは悪戯っ子の少年のような表情をし、掌を自分の頭に当てて皿洗いをするかのように右手を時計回りに動かす。
「え?」
「…………」
ポカンとしたセーラとルイスは数秒間見つめ合う。
すると恥ずかしそうに「なぜ笑わない……」と言った。
「は、はぁ」
セーラの反応が思った通りのものではなかったのか、ルイスはノワの頬を人差し指で撫で始めた。
「こうすれば笑顔になるとザクは言っていたんだが……」
「…………」
「っふ、ふははっ」
セーラは思わず笑ってしまった。
ルイスはセーラのどこか元気のない表情を見て、笑わせてくれようとしたことに気づいた。
それはあまりにも不器用なやり方だった。
「ありがとうございます。でもルイス様、それはきっとザクさんに揶揄われていますよ」
ルイスはハッとした表情を浮かべると同時に、「ザクのやつ……」と小さく呟いた。
「でも元気は出ました!」
するとルイスは「そうか」と一言満足そうに言った。
そして、小さくため息を吐いてからルイスはセーラの持つ半分に裂かれたリボンを凝視して言った。
「ミナが迷惑かけたみたいだな……」
「あっ、いえ。私が悪いんです! ミナ様の大事なものに勝手に手を出ししまったので」
「やはりそうか。あいつはわがままで横暴だが、ただ……自分の好きに一生懸命なだけで、根から悪いやつではないんだ」
ルイスは座り直してメガネをかけると、こちらに身体を向け落ち着いた声で昔話を話しはじめた。
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