ミナのクローゼットにしまった秘密
ドンドンドン
木の扉を躊躇なく叩く音でセーラは起こされた。
湯船に浸かっても取りきれなかった疲れが肩にのしかかってきたが、無理やり体を起こした。
「テキーラ! 起きて! 出かけるわよ!」
(……?)
セーラは眠気眼を目で擦りながら扉を開ける。
めかしこんだミナがばぁやとそこに立っていた。
「どこに行くのですか?」
「街よ。あと少しでお兄様の誕生日。うかうかしていられないんだから。53秒で支度しなさい」
ミナは目を煌々と輝かせている。
「わっ、わかりました」
セーラは手櫛で髪を梳かし、顔をさっと水で洗って服を着替えた。
母に昔もらった貝殻から作られたとっておきのリボンを巻き込み、一つの三つ編みにした。
普通の人工的なラメが入っているリボンよりも光が当たると優しく輝くのがお気に入りだった。
その輝きは母の故郷の海の白い砂浜を思い出させる。
そして眠っているノワを置いていくわけにもいかないので、優しくポケットの中にそっと入れた。
「お待たせしました」
「もう! 10秒もオーバーよ」
小言を言いながらミナはスタスタと歩いていく。
今日のミナの格好は、よそ行き用の白いフリルとピンクのリボンのついたまるでお人形のような洋服だった。
ピンク色の薔薇のついたストローハットはミナの顔の小ささをより際立たせている。
飴のように艶のある赤いストラップ付きのエナメルパンプスは、セーラが街で見かけて憧れていた最近の流行りのものだった。
ばぁやが玄関に出ると、ミナの服装に合わせるために作られたチューリップのような白いフリルの日傘を手渡す。
ミナはそれを開くと、ひらりと見せびらかすように一周回った。
「どう? 私の可愛いは今日も花開いてるかしら?」
「はい、ミナ様。今日も儚いお花のようでございます」
ばぁやは拍手をしながら言った。
「…………」
「テキーラはどう思う?」
何も言わなかったセーラに間髪入れずに聞いてきた。
「と、とても素敵だと思います」
「ありがとっ!」
ミナは満足そうな笑みを浮かべる。
天使のように神聖なオーラを放つミナの姿は、早朝から見るにはは眩しすぎるほどだった。
日傘をさして歩き出すミナ。
その後をついていこうとした時だった。
「どうしたの? テキーラはお留守番でしょ?」
「…………え?」
「だから、テキーラは私のお部屋を掃除するっていう大事な仕事があるでしょ?」
ミナはあたかも当然かのように言った。
(確かにお世話係なら当然……)
てっきり、朝から部屋まで起こしにくると言うことは一緒に買い物に行く流れだとセーラは思い込んでいた。
「どうして、私の部屋に……?」
部屋を掃除する仕事であれば、わざわざ主人が部屋までくる必要はないように思えた。
「どうしてって」
ミナは鼻でフッっと笑った。
「主人よりも、お世話係がゆっくり寝ているだなんて許せないじゃない」
「……!!」
セーラは耳を疑った。
ミナの天使のような笑顔は一瞬で小悪魔のようにセーラの目に映った。
「ゴミを一つも残さないでちょうだいね」
ミナはそう言い放つと、パンプスの踵の音を鳴らしながら出て行った。
▼
一人残されたセーラは、掃除道具の場所さえ知らなかった。
遠くからこちらを見ていたメイドの女性たちに尋ねようと話しかけたが、全員セーラが話しかけようとするとそそくさと別の部屋に逃げていった。
やっとの思いで話しかけたメイドは震えた声で、「1階の階段下の部屋……」とだけ答えて走って逃げていった。
(一体なにが起きているの……?)
言われた通りの場所に掃除道具はあった。
はたきと箒を持ってミナの部屋に上がった。
ミナの部屋は城の中心から離れた場所にあったため、部屋に着くまで10分はかかった。
「遠かった……、さてやりますか」
1着しかないワンピースの腕をまくり、掃除道具部屋に置いてあったクリーム色に変色したエプロンをつけた。
セーラはミナの部屋の窓を開け、カーテンが広がらないようにまとめる。
布団やら、クッション、ぬいぐるみをベランダで干し、布団から剥ぎ取ったカバーやシーツは洗濯をした。
そして、クリスタルでできたシャンデリアやベッドの天蓋の隙間、クローゼットの上、カーテンレールの上などあらゆる場所からはたきをかける。
お姫様の部屋というのに思っていたよりも埃がすごく、吸い込まないように布当てをしていたが咳き込んでしまうほどだった。
そして、バケツに水を汲むために炊事場近くの井戸に水を汲みに行き水を運んでいる時だった。
ミナの部屋と同じ大きさのルイスの書斎をメイドたちが掃除しているのが見えた。
セーラが一人で掃除している大きさの部屋を3人がかりで掃除していた。
(……?!)
階段を上りながら大きく揺れて今にも溢れそうになるバケツの水と比例するかのようにセーラの心の水もグワングワンと波打っていた。
(これって、普通なの……?)
水が冷たく、雑巾を絞るセーラの手はすぐに真っ赤になった。
絞った雑巾で家具を吹き上げる。
はたききれなかった埃が床に落ちるのが見えた。
落ちた埃を箒で集めていた時だった。
白いクローゼットの金色の取手にセーラのエプロンの紐が引っかかって扉が開いた。
ドサッと何かが中で崩れる音が聞こえる。
(まずい……)
クローゼットの中身を覗くのは悪い気もしたが、そのままにしても余計怒られそうな気がして、恐る恐る扉を開けた。
そこには下手くそなドレスのデッサンらしきものが描かれた紙と小さな布切れの入った箱の蓋が開きクローゼット内に散らばっていた。
紙には何度も書いては消してを繰り返した跡がある。
「これって……」
セーラは布切れを集めて入っていた箱に入れていく。
クローゼットの奥にも数枚入り込んでいたようだった。
奥の方から取り出そうと敷き詰められた大量のドレスや洋服の隙間に手を突っ込んだ。
手に何かドレスじゃないものがあたる。
出てきたのは小さなブロンドの髪のお人形。
そして人形サイズのトルソーだった。トルソーとは胴体部分だけの立体的な人形のことで、作ったドレスや服の形が崩れないようドレス職人や仕立て屋がよく使うものである。
ブロンド髪のお人形の服は白いドレスがワインのシミで汚れていた。
そしてトルソーにはミルキーピンクのシンプルなドレスに作りかけのレースが半分だけ作られていた。
「これって、ミナ様が作ったの?」
不器用なのか、ミナが作ったと思われるレースは糸のほつれがひどかった。
(このままじゃ、ドレスが完成してもすぐに破れる……)
「でも、勝手に直したらそんな目に遭うか……」
全て元通り、クローゼットの中にしまって扉を閉じて見なかったことにしようとした。
しかし、掃除が終わってもずっとセーラの心の中のモヤモヤが晴れない。
ノワを見た時に可愛いと言い、目を輝かせる様子を思い出す。
「喜んでくれるかな……」
セーラは勝手と知りながら、新しい紙にミナの作りかけのピンクのドレスをベースにしたデザイン案をスラスラと書き出していった。
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