セーラの覚悟
「お前が決めればいい」
そう言ってルイスは馬車を降りて行った。
王子の手に触れてしまったことを後悔しながら、ドキドキとした気持ちをひとり残された馬車の中で落ち着かせる。
大鹿様に命を救われたことといい、1日で起きたこととは思えないほどのものばかりだった。
「私が決めていいんだ……」
協力するかどうしようと思った時、ザクが再びドアを開けた。
「セーラ様?」
「あぁっ、すみません。降ります」
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セーラが馬車を降り玄関に入った時だった。
セーラの帰宅を聞きつけたミナが、ドレスの裾を持ち上げて駆け寄ってきた。
「テキーラ! 無事だったのね! どれだけ心配したことか!」
そして使用人達の視線も構わずにセーラに抱きついた。
金色のウェーブかかった髪が揺れ、桃の香りがセーラを包んだ。
「後ろを振り返ったら、テキーラいなくなっているんだもん。あの後、沢山探したんだから!」
「ごめんなさい。あの時、急に眠くなって……」
森の入り口でミナから握られた方の手がヒリリと痛んだ。
爪が食い込んだ部分の跡はもうなかったが、セーラは無意識に手でさすっていた。
(この気持ちは何……?)
セーラの心の中に嫌な雲がかかっていることに気づいた。
いい香りだと思っていた桃の香りが、そうではなくなっていた。
「服もボロボロじゃない! 今日は暇を出すからゆっくり休んで。私には、ばぁやがいるから大丈夫」
「ありがとうございます。あっ、でもお部屋って……」
「そうだったわ! ばぁや、テキーラをお部屋まで案内して」
ばぁやは静かに頷くと、「こちらに」と言い手招きした。
セーラが案内された部屋は、ミナの部屋から離れた日当たりの悪い質素な部屋だった。
部屋には木の机とテーブル、ベッドがあるだけで城の使用人部屋とは思えないほど粗末なものだった。
ミナの部屋を白と表現するならば、セーラの部屋は黒だった。
「シーツとタオルここに置きますね。トイレとお風呂は隣の部屋ですので」
そう言い、ベッドの上に置くとばぁやは部屋を出て行った。
埃の匂いのする部屋の窓を開けると、月明かりが湖に反射して輝いていた。
「ノワ、ここが新しいお家だよ」
疲れて眠りこけているノワをお布団の上に乗せた。
蒸しタオルで汚れた体を拭いてあげると、気持ちよさそうに蹴伸びをした。
その様子を見て、セーラは心から安堵した。
(よかった……起きたらお腹いっぱい食べさせてあげよう)
バスタブに張り付いていた苔を剥がして磨き、お湯を注いだ。
疲れ切った身体で掃除をすることは正直言って辛かったが、雨水に打たれ川の中に入ったことを考えればそのまま寝るわけにもいかなかった。
湯船に浸かると、体の節々から疲れが浄化されるのがわかった。
ベトベトになった赤毛の髪を櫛で梳かし、洗った髪をお団子にしてまとめる。
「今日、とっても大変な1日だった……」
お風呂の中で、ルイスとの会話を思い出す。
「お前が決めればいいかぁ」
村を焼き払うと脅してきたことに対して、これが王族のやり方なのかと考えればルイスはとんでもない王子だと思った。
しかし、なんの考えもなくそんなことをするような人には思えなかった。
(王子をそうまでさせる理由はいったい……何? しかも私を脅してまで、情報を集めようとするということは相当切羽詰まっているんじゃ……)
(でも大鹿様を殺すだなんて……そんなことに手を貸したくない。私とおばあちゃんを助けてくれた命の恩人なのに)
セーラは恩を仇で返すような人間には絶対になりたくなかった。
顔を半分湯船に埋めブクブクと息を唇から出して潜水する。
(どうしたらいいんだろう……)
ブクブクブクブク……ブクブクブクブク……
(ルイスの計画を阻止する? それだと大鹿様の命は救えるけれど……それだけじゃ解決出来てないような……)
ブクブクブクブク……
(かといって、ルイスの言いなりになって大鹿様を殺してしまうのは嫌……)
ブクブクブクブク……
(ルイスはなぜ大鹿様を殺そうとする……?)
ブクブクブクブク……?
(大鹿様の落とす雪の葉っぱ?)
ブクブク?
(あ!)
フゴッ!
「ルイスに協力して、大鹿様を殺す以外での解決法を探せばいいんだ!」
セーラは思わずバスタブの中で立ち上がっていた。
(それなら、もしもの時に私が大鹿様を守れる)
「でも、その前にルイスが大鹿様を殺さないといけない理由を突き止めないと」
セーラはその解決法が見つかるという保証すらないことはわかっていた。
「何もしないのはきっと違う。おじいちゃんだって、奇跡を願ったからおばあちゃんの命を救えたんだから」
セーラの覚悟は決まった。
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