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牡鹿のスープ(ルイス視点)


(遅い、遅すぎる……一体ザクは、何をしているんだ)


ルイスは狩りの準備を済ませて、既に馬車に乗り込んでいた。


「馬車は用意されているが、ザクがおらんぞ……どこに行ったんだ」


人差し指の腹を窓枠に一定のリズムで突き立てながら、ザクを待った。



ザクが小走りで駆け寄ってくる。

上着を羽織り、白い手袋をはずすと口で挟み、茶色の革の手袋をはめるのが見えた。


「……ザク、遅いぞ。補佐が主人より遅れるとは、一体何事だ」


藍色の髪が気持ちばかりか乱れている。


「申し訳ありません、ルイス様。すぐに出発しますので」


頭を下げ、急いで扉を閉めようとするザク。


「今日はいい、それよりもお前が髪を乱すとは珍しいな。直さないのか?」

「! これは失礼しました」


キリッとした眉下の黒い瞳が丸くなる。

はめたばかりの手袋をはずし、髪紐を解いて慣れた手つきで素早く低い位置で結った。

女子さながらの反応と仕草に、城内のメイド達に密かに人気がある男。

それがザクという人物だった。


「ルイス様、よろしいでしょうか?」

「なぜ、わたしに聞く?」

「ルイス様しか、いらっしゃいませんから」

「…………いいんじゃないか?」


ルイスが渋々答えると、ザクは満足したようにニコリと余裕を見せた笑顔を浮かべた。


「ほら、いくぞ」

「はい」


ザクはいつもの余裕を取り戻した様子で馬車の扉を閉めた。


(……ったく、ザクは本当に)


ため息を一つ吐くと、馬が蹄の音を立てながらゆっくりと動き出した。





人気のない森の入り口に着くと、ルイスは猟銃を肩にかけたかと思うとすぐに歩きだす。

ザクもその後を追うようにして、中に入っていった。


「ザク、今朝は何していたんだ?」


草や石を踏みしめながら、ルイスはザクにそれとなく聞いた。


「いや、遅れたことを咎めているのではない。ただ、お前が珍しいと思ったからだ」

「セーラ様をミナ姫様の元に連れていったのです。お歳が近いですし、良いご友人になればと思ってですね……」

「そうか……。お前にも沢山、気苦労をかけるな」

「いえ、私は好きでこの仕事をしているので」

「すまぬな」


そう話している時だった。



ガサガサッ



何かが動く音が右斜め前方から聞こえた。

前を歩くルイスが、手の甲を見せて合図する。

銃口を草むらの隙間を縫うように向こう側へと覗かせる。

音の先に鹿の大きな角が見えた。



パァン!



銃声が森の静寂を切り裂く。



ドサッ



ターゲットが倒れる音がしたのを確認し、二人は近づいた。

ルイスが近づくと、それは大きな角を持った普通の鹿だった。


「普通の鹿か……」


ため息と共に、その声が漏れた。


「また、命を無駄にしてしまったな……」


ルイスが立ち尽くしていると、ザクが牡鹿の元に近づく。

既に息絶え、見開きになったままの牡鹿の瞼を手で閉じた。


「いただきましょう、無駄にはしません」


ザクは小刀を取り出して、手際よくツノを切り落とした。

ルイスの頬に冷たい雫が触れる。


「雨だ……」





2人は洞窟で雨宿りをすることにした。

ザクはさっきの牡鹿の肉を鍋にすることにしたらしく、大きなナップサック式の革のカバンから、鍋やら人参やらの調理器具と野菜を取り出す。

ザクは手際よく、野菜を切る。

そしてさっきの牡鹿の肉を軽快に捌いたかと思えば、新鮮な肉塊へと変えてしまった。

その手捌きは、宝石の原石を磨き上げる加工過程を見ているかのように繊細だった。

両手を組み、ゆらめく焚き火を見つめているルイスの目線を遮るように、木のお椀が出される。

中には丁寧に銀杏切りされた人参と芋、そしてさっきの牡鹿の肉がベールを纏うかのようにスープの中で輝いていた。

一口スープを飲むと、鹿肉から滲み出た艶やかな出汁が水分不足の体の節々に染み渡る。


「うまい……」

「よかったです」


ザクは自分のお椀にスープを注ぎ入れながら満足そうに言った。


「これは?」

「それはパセリです。城で育てたものを持ってきました」


そう言って、胸元のポケットに入れた試験管を取り出す。


「お前にそんな趣味があったとはな」

「もう少し、お入れになります?」


ザクは試験管のコルクの蓋を取って言った。


「いや、わたしは充分だ」

「そうですか……それなら私が」


パセリをササッと入れ、胸元にしまう。


「そうでした! パンがあるんです」


思い出したかのようにそう言って、茶色の紙に包んだバケットを取り出した。


「近くの村に、良い匂いのパン屋があったんです」


ナイフで切り分け、差し出してきたのを受け取った。

香ばしいパンの匂いと、生地の甘い匂いが食欲をそそる。

口に入れると、もちもちとした食感が噛むごとにルイスを楽しませた。

シュワシュワと柔らかい生地は口の中で溶けた。

パンを飲み込む前に、スープを飲む。

この上ない満足感がルイスを包んだ。


「時間がある時、わたしもそのパン屋に連れていってくれ」

「わかりました」


次は、バケットをスープにディップしてバケットを齧る。

さっきとは違うパンの食感に、思わずルイスは頬を緩める。

黙々と食べるルイスを見ながら、ザクはご飯を食べているような気もしたが、構わず食べる手を止めなかった。

外は雷やら、土が崩れる音、木々が倒れる音がして騒がしかった。

完食すると、黙っていたザクが口を開いた。


「外は騒がしいようですね」

「そうだな、じき治るだろう。山の天気は変わりやすい」


「ルイス様……、お考えは変わらないのですか?」

「大鹿様のことか?」


「…………はい」


ルイスはスープの味を流し込むようにコップの水を一口飲む。


「…………わたしの考えは変わらない」



「承知しました……」


そういうと、ザクは静かに片付けを始めた。


外が静かになり、小雨がチラついているくらいになってルイスとザクは分かれた。

ザクは馬の様子を見にいくと言って、今日はもう帰ることを勧めてきたが、わたしはもう少し森を探すと言ったのだった。

きっと馬に人参を与えながら、待っているのだろう。


(ザクのためにも早く見つけて、帰らなければ……)


そう思いながら足元の悪い森を進むと、川の方から波のようなものすごい水の音が聞こえてきた    


読んでくださりありがとうございます。

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