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第7話

 



 数日後、怯えていた家庭教師の日がやって来た。



 チャイムが鳴り、いつものように玄関まで迎え出る。



 なぜかツグミは、かすみさんが家庭教師として来る時には絶対に迎えに出ては来なかったので、幸い三人での対面は免れた。



「雨ちゃん、こんにちは」


「こんにちは」



 こないだ泊まりに来た時とは違って、今日のかすみさんは地味な印象の服装だった。



 いつになくお互い真面目に、まるで進学塾のように授業が進んでいく。



 あの夜のことを意識して気まずさに身構えていたけど、かすみさんがいつもと何も変わらなくて安心していた。



 やっぱり目が合った気がしたのは勘違いだったんだ。



「あ!雨ちゃん、教科書に落書きしてるー!なにこれ?」


「これは……ドラえもんとアンパンマンを 掛け合わせた、ドラパンマンです」


「なにそれ! 雨ちゃんてほんとおもしろーい!」



 たわいもないことで涙目になりながら大笑いするかすみさんを見て、私の予想は確信に変わっていった。



「あーもう、雨ちゃんに笑わされて集中力途切れちゃった。ちょっと休憩にしようか?」


「はい。じゃあ、お茶とお菓子持ってきますね! 今日お母さんいないから」


「え!いいよ、いいよ!気にしないで!」



 私はかすみさんの遠慮に構わず、リビングへ行きアイスティーと、お母さんが用意してくれていたクッキーをお盆に乗せて部屋に戻った。



 扉を開けようとすると、隣の部屋からツグミが出て来た。



「出かけるの?」


「うん」


「かすみさんに挨拶してかなくていいの?」


「別に」



 その会話が部屋の中まで聞こえたらしく、かすみさんが扉を開けて出てきた。



「ツグちゃん、お出かけ?」


「うん」


「誰かと約束?」 


「まあ」


「……そうなんだ」



 心なしか、かすみさんがツグミを睨むような目で見た気がした。



「なんか二人すごい楽しそうじゃん」  



 ツグミが少し馬鹿にしたような言い方で言う。



「楽しいよねー!雨ちゃん?」


「あっ……はい」


「じゃあ、雨のことよろしくね」



 ツグミがそう言って玄関へ向かって歩き始めた時、ツグミの体から着信音が鳴った。



 靴を履きながら電話に出るツグミの後ろ姿を、かすみさんは見張るように見ていた。



「もしもし?……今行くから。……うん、もう少しだけ待ってて」



 ツグミは電話の相手と話しながら、振り向くことなく出て行った。



「あっ!ごめんね!雨ちゃん」



 我に返り、私が飲み物とお菓子を乗せたお盆を持ち続けていたことに気づいたかすみさんは、慌てて私の手からそれを受け取った。



「わー!すごい!美味しそうなクッキーだね!私、チョコチップクッキー大好きなの!」


「なんか、近所のパン屋さんで売ってるやつらしいです」


「パン屋さん?そうなんだ!」



 部屋に戻ると、かすみさんはクッキーを食べて幸せそうな顔をしていたけど、無理をしているのがよく解った。



 ツグミが誰かと会う約束を一つしていただけで、この人はこんなにも心に傷を負ってしまうのかと思い知る。



 そんなかすみさんを見ていると、胸が苦しくなって、私の方が元気を無くしてしまった。



「雨ちゃん?どうかした?」


「いえ……」


「そうだ、その後好きな子出来た?」



 ………またその話か。




 私はなんだか虚しくてヤケになり始めていた。



「……好きな人、出来ましたよ」


「え!そうなの!?突然だね!聞いておいてびっくりしちゃった!」


「……本当は少し前からずっと気になってて……」


「そうだったんだ!どんな人なの?」


「……少し年上で……やさしくて……でも、まだよく知りません……」


「高校の先輩?」


「もういいじゃないですか。恥ずかしいし」


「えー!もっと聞きたかったのにー」



 かすみさんはふてくされるように言った。



「でも、上手くいくといいね!」



 そのくせ聞き分けよくすぐに引き下がってそれ以上突っ込んでこない。私への気遣いもあるけど、普通にそこまでの興味がないんだろう。



 上手くいくといいなんて、そんなこと言わないで欲しい。きっとツグミには絶対に言わない言葉だ。




 私が、否定したいくらい好きになり始めてしまっている相手はあなたなのに……




 なのにあなたは私に向かって優しく微笑みながら、頭の中では違う人を想ってる。




 ツグミのことを……。





「ツグミとかすみさんて、どんな友達なんですか?」



 よせばいいのに、私は二人の関係をもっと探りたくなった。



「どんなって?」


「なんか、かなり仲が良さそうだなって思って。かすみさん、そんなに近いわけでもないのにしょっちゅううちに来るし」


「ごめんね……お邪魔ばっかりして」


「違います!そうゆうことじゃなくて!ただ単純に、普通友達同士ってそんなにも頻繁に会ったりするのかな……って思って。小中学生なら分かるけど、2人とも大学生だし」


「じゃあ雨ちゃんには私とツグちゃんが普通じゃなく見えるんだ?」



 かすみさんは、まじまじと私を見て言った。



「そう言ってるわけではないですけど……すみません」



 私が困った表情を浮かべると、かすみさんはくすっと笑った。



「ううん、いいの!雨ちゃんの言ってることは当たってるから」


「……え?」


「……雨ちゃん、見てたよね?あの夜、ツグちゃんと私がしてたこと」


「あっ、あの……」



 私はあまりの驚きにごまかす術もなく、言葉に詰まってしまった。



「私とツグちゃんは友達じゃないの。 恋人同士なの。……一応はね」



 なんとなく解ってはいたけど、かすみさんの口からはっきりと断言されると、想像以上に色んな感情が私を襲った。



「一応って……?」


「付き合ってるは付き合ってるけど、きっと好きなのは私だけだから」


「どうゆうことですか?」


「ツグちゃんには他に好きな子がいるから」


「ツグミがそう言ったんですか?」


「ツグちゃんはそんなこと言わないけど、見てるとそうなんだろうなぁって。ほら、好きな人のことってなんとなく解っちゃうものでしょ?」


「……でも!そうだとしたら、そんなのひどいじゃないですか!」


「そんなことないの。私はそれを分かってて、ツグちゃんの心の隙間に自分から入り込んだんだから」


「かすみさんから?」


「うん。ツグちゃんとは同じサークルで出会ってね、でも関わりはほとんどなくて、挨拶し合うくらいの関係だったんだけど、なんでかな……気づいた時にはもうツグちゃんで心がいっぱいになるくらい好きになってたの。どこにいてもツグちゃんのことばっかり目で追っちゃって……」



 かすみさんの話が進むほど私は辛くなるだろうと分かっていたけど、静かに黙って聞いていた。



「そのうちもっと近い存在になりたいって欲が出てきたけど、いつも人に囲まれてるツグちゃんには、近づくだけでもすごく時間がかかったんだ。それでもなんとか1年の終わり頃にようやく二人で話せるまでになって、2年に上がってすぐかな、ツグちゃんの隣にはいつも同じ子がいるのをよく見るようになったの。その子は1コ下の新入生でね、同じサークルでもないのにツグちゃんとすごく仲良さそうに話してて……。私が一年かかったツグちゃんとの距離を、一ヶ月もしないであっとゆう間に縮めてた。しかもその子といる時だけ、ツグちゃんはすごく自然に笑ってた。その時、あぁきっとツグちゃんはこの子のことが好きなんだろうなって思ったの……」



 悔しいけど、その時のかすみさんの気持ちが私には痛いくらいよく分かった。



「でもね、しばらくしたら意外にも、その子は別の人と付き合い出したの。ツグちゃんの隣がまた少しだけ空いた時、私は今しかないかもしれないって勇気を出して、ツグちゃんに告白した……。そしたら、ツグちゃんはその場ですぐにいいよって言ってくれて、それで付き合うことになったんだけど……」


「……ならもうその人のことは本当に吹っ切れたんじゃないですか?だから、かすみさんと付き合ったんだろうし」


「そうだったら嬉しいけど……どうしても私の中では、あの時のツグちゃんは告白してきたのが誰だったとしても断らなかったんじゃないかって不安が消えなくて……」


「なんでですか?」


「どうしてだろう……。今もたまに二人が一緒にいるところ見るんだけどね、今でもツグちゃんは私には絶対見せない顔でその子と笑ってるの。……だからかな」


「……かすみさん………」


「……さっきの電話もその子なんじゃないかな。きっと今頃2人で会ってるんだと思う」


「どうして止めないんですか!?だとしたら浮気じゃないですか!」


「止められないよ、ツグちゃんから気持ちを聞いたわけじゃないし。表面上は可愛がってる後輩と遊んでるだけだから、浮気とは言えないし……」


「ツグミ、最低ですね」


「ごめんね!妹の雨ちゃんにこんなこと話したら、ツグちゃんの陰口みたい!雨ちゃん優しいから、つい愚痴みたいにこぼしちゃった。忘れて!」


「かすみさん!私!」



 ツグミへの怒りとかすみさんへの想いが内側で破裂しそうに膨らんでいた。



「なあに?」



 今一番苦しいはずのかすみさんは、そんな私を包み込むような潤んだ瞳でじっと見つめてくれた。



「いえ……あの、私はいつでもかすみさんの味方ですから」



 本当に言いたいことは言えない。叶わないのに悲しくなるだけだ。



「ありがとう」



 今にも溢れてしまいそうな涙をこらえて微笑むかすみさんが、私はただただ愛おしくて仕方なかった。













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