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第25話



「明日、11時に南口の花壇の前で待ってますね」

「うん、わかった。楽しみにしてるね!」

「私も……。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ!雨ちゃん」





 それが、かすみさんとした最後の電話。





 次の日、私は約束の時間より30分早く待ち合わせ場所に着いた。あり余る時間中ずっと落ち着かなかったけど、自分の部屋にいるよりはマシだと思った。


 待ち合わせの10分前、遠くから歩いてくるかすみさんに、私の方だけが気づいた。首に巻いたマフラーに左手を添えながら、人混みの中の私を見つけ出そうと、右、左に視線を向けながら歩いている。

 目の前まで来てようやく私に気づいたかすみさんは、左手はそのままに右手を顔の前で小さく振った。


「お待たせー!雨ちゃん早いね!?今日は絶対勝ったって思ったのになぁー」



 冷たい風に頬を少し赤くした笑顔が美しすぎて、決意が揺らぎそうになるほどだった。



「風邪は?本当に大丈夫なの?」

「はい、もうすっかり」



 あの後三日ほど寝込んだ私は、風邪をうつしてしまわないように、家庭教師を一週間お休みにさせてもらっていた。



「よかったぁー、心配してたよ」 

「毎日電話くれてありがとうございます」

「そんなの彼女なんだから当たり前でしょ?」



 かすみさんのセリフに思わず胸がぎゅっとなってしまう。体に力を入れてそれに耐え、私は言葉の代わりに笑顔で返した。



「早速行く?」



 今日は私の提案で、地元の小さな遊園地行く約束をしていた。



「あの、もうちょっと待って下さい。誕生日プレゼント、渡したいから」

「えっ!今日の遊園地デートがプレゼントじゃないの!?」

「それとは別にもう一つ」

「そんなに気遣わなくていいのに……」

「でも、遊園地よりもっといいものですよ。もう少しだけこのまま待ってもらえますか?」

「えっ、うん!なんだろ!?楽しみー!」



 何も知らないかすみさんは、本当に楽しそうにはしゃいでいた。私はその姿を目に焼きつけるように見ていた。



「今何時ですか?」



 腕時計をしているかすみさんに聞く。



「えーっと、10時……59分かな」



 かすみさんは手首を顔に近づけて、正確な時間を教えてくれた。



「……じゃあもう大丈夫かな」



 私のつぶやきに小さくきょとんとするかすみさんを隣に、私は今いる南口の花壇から20メートルほど離れた、正反対の場所にある北口の花壇に視線をやった。




 それに気づいてかすみさんも一緒に私の見つめる先を見る。




 次の瞬間、かすみさんの顔から無邪気な笑顔がスッと消えた。




「あれが、私からの誕生日プレゼントです」

「………雨ちゃん」

「かすみさんが今一番欲しいもの」




 私はかすみさんの顔は見れずに、北口の花壇の前でキョロキョロと辺りを見回すツグミを見ながら言った。



「どうして……?」

「もういい加減、かすみさんをツグミに返してあげようと思って」

「何言ってるの!?私は雨ちゃんと……」

「かすみさん、ごめんなさい。私、かすみさんのことを本当の意味で好きなわけじゃなかった。ただ子供みたいに、ツグミの持ってるものを欲しがってただけだったんです」




 私は嘘をついた。

 かすみさんはきっと、それに気づいていた。



 

「やっぱり、かすみさんにはツグミの方が似合ってますよ」

「そんな……そもそもツグちゃんは私のことなんか……」

「それはかすみさんの思い違いです。ツグミはかすみさんのこと好きですよ、きっと誰よりも」

「……どうしてそんなこと分かるの?」

「妹だからかな」

「………」



 訳が分からないまま呼び出され、待ち合わせの時間を過ぎても現れない私を心配そうに探しているツグミを遠くに放置したまま、ゆっくりと深呼吸をして、私はかすみさんに向き合った。



「……かすみさん、最後に一つだけ、嘘をつかないで答えてもらえませんか?」

「…………なに?」

「かすみさんが本当に好きな人は誰ですか?」




 かすみさんは私をじっと見て今にも泣き出しそうな顔をした。




「もう、いいですから。苦しまなくても」




 私がそう言うと、かすみさんはマフラーを両手で握り、そこへ顔を埋めるように下を向いた。



「……………ツグちゃん」



 喉の奥につっかえたままずっと自分を苦しめていた想いを、かすみさんはやっと私の前で言葉にした。そして、その途端に両手で顔を覆い、泣き出してしまった。




「……ごめん……ごめんね……雨ちゃん………ごめんね……」



「嘘つかないでくれてありがとう」




 

 何度も何度も私に謝り続けるかすみさんに、私は心から思ってそう伝えると、スマホを見ながら待ち続けるツグミに電話をかけた。




「……もしもし?雨?どこにいるの?」

「待たせてごめん、南口の花壇にいる」

「え!?北口って言わなかった?」

「うん、そうなんだけど、南口の方来てくれる?」




 ツグミは電話を切り、人混みを縫ってこっちに向かって歩き出した。すぐに私に気づいたけど、お互いなんのリアクションもしない。目の悪いツグミはだいぶ近くまで来てから、ようやく隣のかすみさんの存在に気がついたようだった。

 その時、一瞬足が止まりかけたけど、それでもそのまま私たちの前までやって来た。



「雨、どうゆうこと?」



 ツグミは、かすみさんとは目も合わせず、私にだけ尋ねた。



「今日、かすみさんの誕生日だよ」

「……それは知ってる」

「だから、ツグミがお誕生日のお祝いしてあげて」

「えっ?」




 私がそう言うと、ツグミはちらっとかすみさんを見た。かすみさんはまるで初対面のように固まって、ツグミのことを見れないでいる。



 私はまだよく分かっていないツグミの左手を取ると、無理矢理に二人分の遊園地のチケットを握らせた。



「かすみさん!」



 私の呼びかけに涙目のかすみさんがゆっくりこっちを見る。




「お誕生日おめでとう!!」




 最後に笑顔でそれだけ言って、私は二人の元から逃げるように走り去った。




 自分の姿が見えなくなる曲がり角まで、全力で走り続けた。曲がり角を曲がったところで立ち止まり、呼吸を整え、そっと顔を出して覗き見る。



 もう見えなくなった私を、二人はまだ探していた。すぐにツグミから着信があったけど無視した。

やがて人混みに紛れながら、ようやく二人は向かい合って話をし始めた。何を話してるかは全く分からない。でも、ツグミを見つめるかすみさんの横顔が恋をしていることだけは、遠くからでも分かった。



 ツグミは頑なな様子で立ち尽くしたままだった。そんなツグミの手に、かすみさんがそっと触れたのが見えた。



 ツグミはそれを拒まなかったけど、まだためらいを消さなかった。かすみさんはそれでもずっとツグミに言葉をかけ続けている。



 微動だにしないツグミの手を、諦めたようにかすみさんが離した時、今度はツグミがそのを握った。






 それを見た時、私の頬を一粒の雫が伝っていった。二人の前で我慢した自分を、誉めてあげたいと思った。





 握った右手の拳でそれを拭うと、私は二人を背にして歩き出した。


















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