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第12話



 しつこい私は、それでもまだかすみさんに会いたかった。どんなに気まずくても、どんな顔をしたらいいか答えが出なくても、次の家庭教師の日を待ちわびた。


 完全に拒まれたあの日から四日後、胸を高鳴らせ目覚めると、ちょうどそのタイミングで家の電話が鳴った。何かを感じて寝癖のままリビングへ急ぐと、すでにしっかりと身だしなみを整えたお母さんに、あと一歩のところで受話器を取られてしまった。


 仕方なく私はすぐ横に立って、電話相手の正体をお母さんの受け答えから暴こうと試みる。よそ行きの声色で、相手を気遣うような言葉を贈って受話器を置いたお母さんは、『今日はお休みさせて下さい』というかすみさんからの電話だったと私に言った。かすみさんは体調を理由にしていたらしいけど、私は嘘だと思った。


 もしかして、もうかすみさんは二度と来てくれないんじゃないか……?それどころか、もう私に会うつもりがないんじゃないか……?その日から苦しみの種がもう一つ増えた。


 三日後にやって来る次の家庭教師の日に、その答えが出る。そのカウントダウンをするように一秒一秒刻む秒針の音がうるさくて、耳を塞いだ。


 お腹の空き過ぎで体の中からゴォゴォと大きな音が鳴っても何も食べる気がしなかったし、一ヶ月前から予約していた大好きなマンガの新刊が届いても読む気にならなかった。


 そうやって廃人のようにかすみさんのことだけをただひたすら浮かべながら、三つの夜を越え三つ目の朝が来た。


 遅く寝たのに早く起きて、カーテンの隙間から外を見る。今日は雨だ。



 きっと今日も来ない……。

 そんな気がしていた。



 窓越しに雨降りの空を見上げながら、私のことを想ってはくれないかすみさんを想っていた。



 昼が過ぎ、約束の時間間近になった。まだ電話は鳴らない。それでもまだ信用出来ない気持ちが消えなくて何もしないではいられず、気をそらそうと考えた私は、こないだ届いたマンガを手に取って無理矢理に読んでみた。だけど、いくらページをめくってもマンガの内容は一切入ってこなかった。




 あと15分……




 普通に考えれば、この時間まで連絡がなければ予定通り来てくれるはず。かすみさんは連絡もなしに休むような、そんないい加減な人じゃない。それは分かってるのに、本当に来るのかまだ不安でいっぱいのまま、役に立ってくれなかったマンガを棚に戻そうと立ち上がったその時、




 ピンポーン……




 家中にチャイムの音が鳴り響いた。




 かすみさんが来た?!

 でも、家庭教師の時間にはまだかなり早い……。ぬか喜びはしたくない。宅配便の可能性が高いと自分に言い聞かせながら、私はマンガをベッドの上へ放り投げて玄関に向かった。


 ドアスコープから外を覗く。扉の前には、少し緊張した面持ちで髪を耳にかき上げるかすみさんがいた。




 その仕草に息を飲み見とれた。




 我に返り扉を開けると、かすみさんは何もなかったようにいつもの笑顔で笑ってくれた。


「少し早かったかな?」

「いえ、全然……待ってました」




***




 部屋に入ると、腰を下ろす間もなくかすみさんはしおらしく謝った。


「前回はごめんね、お休みして……」

「もう来てくれないのかと思いました」

「……正直、その方がいいんじゃないかってすごく悩んだの。……そしたら体に支障が出て体調崩しちゃって……ごめんね」


 かすみさんは嘘をついていたわけじゃなかった。疑ってしまった私の胸を罪悪感の針がチクっと刺した。


「色々考えたんだけど、でもやっぱり、私から雨ちゃんの家庭教師辞めるなんて言い出すのは無責任過ぎるって思って……」

「私がいけないんです!もう好きだなんて言わないって言ったくせに……約束破ってごめんなさい。もう本当に二度と言いませんから、もう辞めるなんて言わないで下さい!」

「………もう言わないよ。ありがとう」


 かすみさんはそう言って、私の頭をやさしくなでてくれた。


 これでまたかすみさんといられる。願いが叶ったはずなのに、それと引き換えに、もうその手に触れることは絶対に出来ないんだと思うと、体の中から涙が沸き上がってくるのが分かった。それが体の外へ出てきてしまう前に、私は自分から切り替えた。


「先生、今日もお願いします!」

「うん!」


 そうして、一週間ぶりの授業が始まった。



 余計な会話などせず、目を合わすこともない時間。私にはそれでも掛け替えのない時間だった。以前より笑い合うことはなくなったけど、笑顔じゃなくてもかすみさんを見ているのはやっぱり好きだった。


 授業中、ノートの上で偶然に指と指が当たってしまうと、かすみさんはとても申し訳なさそうに謝った。そんな時、私はそのままその手を握りしめてしまわないように必死だった。


 私たちが真面目に勉強会を重ねている間、ツグミの部屋には例の女の子がちょくちょく訪ねてきた。その様子に感づくと、かすみさんはやけに私に明るく振る舞った。

 私にはそれが何よりも悲しかった。








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