花子さん
お久しぶりです。
『2人に提案なんだけど、ここからはカキくんが先頭になるのはどう?』
2階と3階を繋ぐ階段を登っている最中、インカムからユキさんの声が響く。
「どうしてですか?」
初任務でそんなマネをしてもいいのだろうかと思い、理由を聞く。
そもそも僕よりも相手の心を読めるさとりさんの方が100倍適任のはずだ。
『さとりちゃんよりも適任だからよ。さとりちゃん、今花子さんの場所わからないでしょ』
「え、なんでわかったんですか」
『何年一緒にやってるとおもってるの。いつもの倍くらい周囲の警戒に時間かかってるでしょ?』
「あちゃー、バレてたか。そうなんですよ。なんでかわかんないんですけど花子さんの気配が全く感じられなくて。思考も読めないし、場所もわからないんです」
『以前にはそんなことなかったわよね?』
「はい、今回が初めてです」
『わかった。とりあえずここからはカキくんが先頭、さとりちゃんは後ろからサポートの形でいきましょ。何かあったらすぐに私に教えて』
なんでもっと早く言わなかったんだ、という少々呆れたような口ぶりでユキさんが指示を出す。
「「了解です」」
さとりさんが
「せっかくカキ君にいいとこ見せようと思ったのに」
と小声でつぶやきながらも、今後の作戦がまとまったため歩みを進める。
足元にも気を使い、気配を消して、音を立てずに階段を上り終えた。
目標のトイレは図工室の隣のトイレだ。
ここからさらに渡り廊下を渡らなければならない。
「このまま渡り廊下行きますね」
一応さとりさんとユキさんに確認を取る。
『いや、一応横のトイレも見ておこうか』
「ここもですか?」
『念のためよ。花子さんが何人いるかもわからないし、挟み撃ちされたくないでしょ?』
「確かに」
おそるおそるトイレを確認するも、花子さんは見当たらなかった。
『よかった、じゃあそのまま、図工室の隣のトイレまで向かって』
「「了解」」
「着いたね」
図工室横の女子トイレからは、ものすごい濃さの妖気が漏れ出している。
ここが元凶とみて間違いないだろう。
『どう、何か妖怪の気配とか感じる?』
「それが、何も感じなくて、妖気の濃さ的にここで間違いないと思うんですけど......」
『わかった。とりあえず、このトイレの中探索してみて。さとりちゃんの能力が効かない相手かもしれないから気を付けて』
「わかりました、じゃあ僕がこのまま先頭で行きますね」
おそるおそる女子トイレの戸に近づく。
「いきなり攻撃されるかもしれないんで、離れていてください」
さとりさんはうなずき、太刀を構えて攻撃に備える。
戸を開けようと手をかけた瞬間、奥から何かが戸を突き破ってきた。
「な......!」
僕は間一髪で戸から手を放し、太刀を抜く。
トイレの奥から伸びてきた、黒くて細い触手のようなものが数本、飛び出してきた。
うねりながら、さとりさんに標準を合わせる。
数本の触手が束となり、ドリルのような形状へと変化し、彼女の体を貫こうとした瞬間、彼女は体をかがめて躱し、太刀でそれを中央から両断した。
「おりゃあ!」
切断されることを想定していなかったのか、触手はトイレの戸の中へと引き上げていく。
警戒しながら彼女が両断したそれを観察すると、髪の毛の束だった。
「これ、花子さんの髪の毛だよね?」
「多分......?」
『花子さんかどうかはまだわからないけど、とりあえず、私たちに敵対する者がいるってことは確かね。さとりちゃんが心を読めないってことは、話し合いが通じないと考えてもよさそうよ』
「わかりました。じゃあこのままカキ君が前衛、私が後衛で行きます。カキ君も大丈夫?」
「ええ、体の丈夫さには自信があるので」
トイレの戸は、髪の毛に突き破られた衝撃で完全に破壊され、中がはっきり観察できる。
おそるおそる中をのぞくと、赤い服を着た髪の長い小柄な女の子が、宙に浮いていた。
攻撃を仕掛けてくる様子はない、こちらの出方をうかがっているのだろうか。
「うーん、やっぱり、花子さんが何考えてるのかわかんないや」
やはりさとりさんの能力は使えないようだ。
これまでそのようなことはなかっただけに、彼女の声も少し不安げに聞こえる。
「さとりさん、あれ見えますか?花子さんの目」
「目?」
よく見ると、花子さんの目はボタンでできていた。
加えて、手足の皮膚の質感もどこかおかしい。
西洋風のパペットのような印象を受ける。
「人形みたいじゃないですか?」
「確かに。魂がない人形なら、私が心を読めないのも納得だね。でも日本にはこんな人形を作る妖怪なんていなかったよね......?」
『2人とも、考えるのは後にしましょ。まずはこの事件を解決しないと』
そうだ。
最優先事項は、この人形と思われる花子さんをどうにかして、行方不明になっている児童の安否を確認することなのだ。
ユキさんの言葉に従い、戦闘態勢を固める。
先ほどまでと同じ、前衛が僕、後衛がさとりさんだ。
トイレに足を踏み入れると、先ほどと同じく、長い髪で僕たちを攻撃してきた。
おそらく、トイレを自身の縄張りとでも認識しているのだろうか。
行方不明の児童たちも、まさか彼女が潜んでいるとは知らずにトイレに入り、攻撃にあったのだろう。
こちらとしては、この狭い女子トイレでは、大幅に動きが制限され、戦いづらく、できることならもっと広い場所に移動したい。
持参した太刀も、刃渡りが長いため、自由に振り回せない。
僕もさとりさんも、襲い来る髪の毛を切り裂いていくので精いっぱいだ。
しかも、これだけ切っているにもかかわらず、相手の髪が減っているように感じない。
おそらく、無限に生成できると考えていいだろう。
「このままだとジリ貧だよ!!」
「僕、このまま突っ込みます!援護お願いしてもいいですか?」
「え?まじで?」
「まじです」
このままだと、人形本体に傷さえつけることができない。
しかし、彼女も疲れているのか、攻撃のスピードが落ちているように思える。
今なら、対処しつつ前進することは不可能ではない。
とりあえず、一撃食らわせて、相手の出方をうかがいたい。
「わかった、ユキさんもいいですよね?」
『ええ、やってみる価値はあると思うわよ』
「じゃあ、行きますよ!」
先頭の僕は、自分に当たりそうな攻撃だけを処理し、一歩ずつ歩みを進める。
残りはすべてさとりさんに任せているが、たぶん大丈夫だろう。
あの人、強いし。
人形との距離が2~3メートル程度にまで縮まった。
ここからなら、一瞬で人形の足元にまで距離を詰めて、斬れる。
「さとりさん、一瞬だけ防御任せます」
「おっけー、行っといで!」
顔の前に太刀を構え、思い切り地面を蹴る。
髪の毛が絡みつこうと、無視して突っ込む。
浮いている彼女の真下まで距離を詰め、確かな手ごたえと共に、太刀を振るう。
「おりゃあぁぁ!」
刃は彼女に届き、足を切断した。
切断面から血が出ることもなく、斬った際の感触も、綿を切ったような感覚だった。
実際、地に落ちた彼女の足は、皮膚から靴に至るまで糸で編まれたようなものであった。
「ないす!!あっ......」
さとりさんの声に一瞬気を向けた瞬間、僕の体は髪の毛に巻かれ、トイレの外に投げ飛ばされた。
それと同時に、トイレのあらゆる便器から溺れるほどの大量の水があふれ、さとりさんも、退却を余儀なくされた。
「ごめん!大丈夫!?」
投げ飛ばされ、壁に派手に叩きつけられた僕に駆け寄る。
「大丈夫です。すみません......一撃は与えたんですけど、とどめまでは......」
『いいのよ、一撃でも与えられただけで十分』
ふがいない僕に、優しく慰めの言葉をかけてもらった。
「ごめんね、気をそらすようなこと言っちゃって。本当に怪我とかない?」
「はい、体は丈夫なので」
一応これでも、鬼なのだ。
人間や、ある程度の妖怪と比べても、体の丈夫さなら負けはしないだろう。
多少は痛かったが、骨を折ったりするほどの怪我ではない。
『とりあえず、次の手を考えましょう。カキ君が足を切断してあの反応ということは、ある程度のダメージは与えられているはず。さとりちゃんが心を読めなかったりと、不安なところはあるけど、斬り続けていれば倒せるはずよ』
「そうですね、ここで休んでいても仕方ないし、もう一度行きましょう。さとりさんも、もう動けます?」
「うん、私は大丈夫!まだまだ動けるよ!」
『じゃあ、もう一度カキ君が前衛、さとりちゃんが後衛で行きましょうか。水浸しになってるから足元気を付けてね』
「「はい!」」
おそらく2人で集中して戦えば、花子さんに負けるということはないだろう。
少しづつでもいいからダメージを与えて、体力を削らないと。
水浸しの廊下を進み、再び花子さんの待つ、女子トイレへと向かう。
ここからでも、花子さんの殺気を感じる。
僕が足を切断したことで、激怒しているのだろう。
トイレの陰からおそるおそる中をのぞくと、花子さんはこちらを見るようにして、トイレの奥にたたずんでいた。
校舎の老朽化に加え、先ほどの大量の水による攻撃により、トイレの壁は崩壊していた。
男子トイレとの壁がなくなった分、戦える場所は広くなり、太刀も振りやすくなったが、それは花子さんからの攻撃も多方面から浴びせられるようになったことを意味する。
伸縮性と鋭さを持ち合わせた長髪の動きは、容易には予測できない。
そして驚くことに、切断したはずの彼女の足は、再び胴体に繋がっていた。
「再生能力か......」
「並みの妖怪じゃ、こんなことできませんよね」
「しかも、さっき斬ったばっかりだもんね。まだ何か隠し玉があるかもしれないし、気を付けるよ」
「はい」
僕は自信を奮い立たせ、もう一度、トイレに足を踏み入れる。
それと同時に、硬い髪の毛の束が、真正面から僕の体を貫こうと襲い掛かる。
間一髪のところで避け、後ろまで伸びた髪の毛を、さとりさんが両断する。
その後も息をつく暇もなく、360度あらゆる方向から攻撃が続く。
最奥から一歩も動かず、攻撃を続ける花子さんへと足を進めようとするが、攻撃のスピードが速く、その場で捌くことしかできない。
さとりさんと背中合わせになり、2人で対処せねばならないほどの猛攻だ。
「どうしましょう。このままだと花子さんに攻撃を与えるどころか、こっちの体力が先に尽きちゃいます」
「......」
この状態で攻撃を捌いていても埒が明かないと思い、さとりさんに声をかけるが、返事がない。
攻撃を捌くのに夢中になっているのだろうか。
「さとりさん?聞こえてま......」
「ごめんカキ君!少しだけこの場任せてもいい?」
もう一度声をかけようとしたその時、さとりさんが焦ったかのように口を開く。
『ちょっと、いきなりどういうこと!?』
僕が驚きの声を上げる前に、ユキさんが、信じられないという感情をあらわにする。
「話してる時間ないんです!5分、いや、3分で戻るんで!ごめん!」
そう言い残すと、さとりさんは走ってその場から去ってしまった。