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冬海の鐘楼  作者: 北のなまら
第1章 海楼に魅する石
3/4

3.艦橋にて

 大正浪漫に憧れて、異世界を足したらどうだろう。

そしてミステリーという考えからの妄想書きです。

時代的な整合性はあまり気にせずに読んでいただけると有り難いです。

 足早に船内を進む若い船員の背中を追いかけながら、複数の階段と通路を抜けて途中、関係者以外立入禁止の柵の前に来たところでやっと立ち止まった。私はあまり体力に自信がある方ではないが、いま呼吸が乱れている理由はおそらく船員から発せらせている緊張感にも似た焦りのせいだろう。火急の訳があるに違いない。


 「一体何があったんですか。理由を聞かせて下さい。」


せめて事前にわかる範囲で説明して貰わなければ心の準備の仕様が無い。


 「すみません。詳しい話は自分も聞かされていないんです。自分はこの先の船橋室まで御二人を急いで連れて来るように指示されただけなので、詳しい事は船長から説明があると思います。」


取り付く島も無いとはこの事だろうか。

開けられた柵を通り抜けて、またしても足早に進み船橋扉の前に着くと、呼吸を整え船員は扉を開けて入っていった。


 「失礼します。お呼びしていた二人を連れて参りました」


促されるままに入室する私達に船橋の面々は緊張した表情を向けると、若い船員は辺りを見回してから「それでは自分はこれで失礼します。」と挨拶をして退室した。


 「突然お呼び立てして申し訳無い。私がこの連絡船"夕鶴(ゆうづる)丸"を預かる、船長の竹田です。」


 帽子を取り会釈をする彼は、白髪の混じる髪と見事な顎髭をたくわえた中年の熟練船乗りといった感じであったが、その表情は些か焦燥を覗かせていた。


 「失礼とは思いましたが、乗船者名簿を見させていただき、貴方達の素性を確認させてもらいました。御二人は軍属の身という事でよろしいですか。」


私の服装を見て少し訝しんだ素振りを見せたが、直ぐ様隣りの彼が応じる。


 「はい、私は帝国陸軍技術審査部所属の矢方(やがた)時二郎中佐であり、こちらは同所属の白上行雄少尉です。如何様(いかよう)な理由があって我々は呼ばれたのか。」


 一歩前に出た彼の軍人然とした振る舞いに船長は頷き、安堵の表情を見せ「事態を説明します」と、私達を地図の広げられた台へと案内した。

 所々色褪せている地図上には、この船を表している青い駒が置かれており、他に黄色い駒が少し遠くに置かれているのが分かる。

私の考えが正しければ、その方角には大規模な積乱雲が発生している場所のはず。


 「まずはこちらを見て下さい。電信室にて受信した内容を記したものです。」


渡された紙の最初の文は「ワガカンハ ザショウシ コウコウフノウ シキュウ キュウエンヲ モトメル」という救難を報せるものであり、その後の文には数字の羅列が続く、おそらくは座標だろう。


 「受信した内容はこれだけですか。所属や人名、船名などは無かったのでしょうか。」


 「それだけです。その内容だけが繰り返し発信されているのです。」


船長が地図に視線を落として、「その座標がここに」と黄色い駒に指先を向けた。


 「その場所は、この船が迂回する原因になった積乱雲が発生している方角ですよね。今から向かう事は可能なんですか。」


 「救援に向かうとなれば可能です。ただし、天候が悪いので早くても一時間ほど掛かるといったところでしょう。」


しかし、と船長は言葉を続ける。


 「乗員の命を預かる身としては、船籍不明の船の為に危険を冒してまで行くべきではないと、私は考えておりまして。」


 「そんな、救助に行かないと、見捨てると仰るのですか。」


私が言い終わるのと同時に、中佐が口を開く。


 「船長の考えに賛同する。」


予想外の言葉に私は耳を疑ってしまった。

出会ってから今まで行動を共にしてきた私の目には、義に厚い軍人という印象を彼から感じていたからこそ、救援に応えるだろうと考えていたからだ。

 しかし、胸を撫で下ろした様な雰囲気の人達に向かって彼は言う。


 「この悪天候では、木乃伊(みいら)取りが木乃伊に成りかねない。しかしだ船長、貴殿らの説明には(いささ)か不明瞭な点がある。」


不明瞭な点、という言葉に船長の目が泳ぐ。


 「貴殿らは航海の熟達者だと思うのだが。何故その様な者達が救助の可否(かひ)について、我々の様な部外者の意見を必要としているのかが分からないのだ。もしや、後ろ暗い事情などあるまいな。」


 「滅相もありません。私達に隠し事などありはしません。」


慌てて否定する船長は艦橋の乗員を見渡し、押し黙ってしまったが、暫くして地図を眺めていたもう一人の人物が痺れを切らしたかのように声を上げた。


 「()()があるんです。」


 細身の外見にこけた頬、眼鏡にルウプタイの男は困った顔で私達に話し始める。


 「自分はこの船の航海士を担当している谷原です。話の腰を折って申し訳ありませんが、船長を筆頭に悪意を持って貴方達を呼んだ者は此処には一人もいません。」


 「その根拠を説明してもらえるのだろうか。」


少し棘のある言い方で中佐は返したが、航海士は淡々と言葉を続けた。


 「船乗りと言われる職業の者達は、皆一様に信心深くなるのですよ。それは長い航海の中で危険を出来る限り避け、生き延びる能力と言っても差し支えないものです。」


彼は眼鏡の汚れを胸ポケットから取り出したハンケチで拭き取り掛け直すと、私達を見据えて言った。


 「最近、島民達の間で話題に挙がる話があるのですが、それは"嵐の海からの呼び声には気を付けろ"と言うものです。船乗りではない方々からすると、たかが噂話と思われるでしょう。」


皮肉めいた表情をして、彼は話を続ける。


 「電信室からの報告、嵐の中の座標、船籍不明。これらは私達の胸中で警鐘を鳴らすには十分な要因なんですよ。だからこそ、この状況では中立の立場にある軍人の方々に意見をもらおうとした訳なんです。」


中佐は暫く考え込むと、納得した顔で船員達を見回した。


 「承知した。今までの無用な疑いを掛ける非礼の数々、赦していただきたい。」


彼が軽く頭を下げるのを見て「分かって頂けてなによりです」と、船長も頭を下げた。

 お互いの(わだかま)りも解けた所で、私は気になっていた事を航海士に聞くことにする。


 「ちなみに、先程の噂話の詳しい話を聞きたいのですが。」


航海士は少し眉を(ひそ)めて答える。


 「すみません。私達はこの地域の出身という訳では無いので、詳しくは知らないのです。ただ、貴方達を連れて来た船員は藍ヶ島の出身と聞いています。彼なら何か知っていると思いますよ。」


 「名前は何と言う方ですか。」


 「"織田(おだ)"です。この時間ならラウンジに居るはずです。」


 「分かりました、探してみます。」


中佐に目配せをすると彼は頷き、船長達に向き直った。


 「では、他に用が無ければ、我々はこれで失礼したいと思うのだが宜しいか。」


艦橋の面々は納得した様子で頷き「ご協力に感謝します」と、私達が退室するのを見送る。

 艦橋室を後にして今一度ラウンジへと、織田という青年を探しに向かうその道中に、私は中佐から不穏な言葉を聞いた。

 

 "彼等は嘘を吐いている"


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